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16.おや? 金髪ギャルの様子が……

 氷室の様子がおかしい。

 いつも休み時間になる度に無駄話をしてくる奴だってのに、今日は朝から大人しい。心ここにあらずというか、ぼーっとして授業にも身が入っていない様子だ。……授業をまともに聞いていないのはいつものことか。


「おーい氷室ー。授業終わったぞー」

「はっ。あ、晃生……」


 声をかければ反応はする。だけど俺の顔を見ると悲しそうに目を伏せてしまった。なぜに?

 昨日の勉強会で頭を使いすぎたか? だとしても俺を見て悲しそうにする理由がわからない。

 もしかして、俺との学力の差に落ち込んでしまったのだろうか? 同じレベルだと思っていた奴が自分よりも遥か先を行っていると知った時、けっこうショックを受けるものだ。

 その気持ちならなんとなくわかるぞ。うんうん、仲の良い奴が遠い存在になった気がして落ち込むよなぁ。


「大丈夫だぞ氷室」

「ふぇ?」


 氷室の頭をぽんぽんと撫でてやる。俺と彼女の仲なら、これくらいはコミュニケーションの範疇だ。


「俺は遠くに行ったりしない。氷室の傍にいるからな」

「~~っ!?」


 たとえ学力に差があろうとも。俺と氷室は一緒だ。一緒に勉強会してもらわないと困るからな。主に俺の理性のために。


「ほ、本当に?」


 氷室の目がうるうるしている。クラスで唯一の不良仲間が離れてしまったらと思うと、不安で仕方がなかったのだろう。


「ああ、本当だ。だから心配するな」

「じゃ、じゃあ白鳥は? 晃生にとって白鳥はどういう……」


 ん? 今の話の流れでなんで白鳥の名前が出てくるんだ?

 返答に迷っていると影が射した。


「私が、どうしたのかしら?」

「し、白鳥……さん」


 気づけば、白鳥が俺たちの席の近くに来ていた。

 なんだか氷室が白鳥を恐れているように見える。昨日は割と仲良さそうにしていると思ったのだが。

 氷室の目が俺に向く。その目は不安げに揺れていて、今にも泣き出しそうな子供のように思えた。


「別に大したことないぞ。昨日は白鳥の家で勉強会をして疲れたって話していただけだ。なあ氷室?」


 事情はよくわからないが、とりあえず誤魔化してやることにした。氷室にアイコンタクトで話を合わせろと合図する。


「そ、そうっ。アタシあんなに頭使ったの初めてだったから。すっごく疲れちゃったっていうか」


 俺の意図が通じたらしく、氷室が大げさなくらいぶんぶんと頷く。頭を振る度にサイドテールが揺れた。


「そうなの? だったら今のうちに慣れていた方がいいわ。これから受験もあるのだし、それまでにはしっかり勉強できるようにがんばりましょうね」

「……」


 氷室の目は死んでいた。優等生と不良って相容れないよね。

 つまり俺と白鳥も相容れないはずだ。学力に差はあっても、俺も氷室並みに勉強したくないタイプである。


「いや、俺たちがそんなに勉強できるわけねえだろ。そこまでしなくても困らない程度でいいんだよ」

「え? 勉強して困ることなんて一つもないわよ」


 うーん、正論なんだけど話が合わねえなぁ。噛み合っていないというかさ。こちとら転生したばかりというのもあって受験勉強の苦しさを思い出したくないんだよ。


「それに──」


 白鳥の顔が近づく。透き通った肌がよくわかるほどの距離。髪の匂いなのか、とても良い香りがした。

 じゃなくて! なんでいきなり俺の耳元に顔を寄せてきてんの!?


「困っているなら私に言って? みっちりと丁寧に、教えてあげるわ」

「っ」


 否応なく色気を感じてしまう。せっかくエリカのおかげでスッキリしていたってのに、下半身にまた熱が集まりそうになる。

 これがエロ漫画ヒロインの実力か。……って、白鳥は誘惑する役じゃなかっただろっ。


「ダメッ!」


 ぐいっと腕を引っ張られて、白鳥から離れた。

 見れば、氷室が俺の腕を抱えるようにして引っ張っていた。密着したせいで彼女の豊満な胸が俺の腕で押し潰されている。

 しかも、氷室が大きい声を出したせいで教室の注目を浴びてしまう。


「晃生はその……、アタシと遊ぶのに忙しいから! ほら、晃生が真面目に勉強ばっかするわけないでしょ? だから白鳥さんと一緒に勉強ばっかりしてらんないのっ」


 氷室は「う~」と唸る。まるで威嚇している犬みたいだな。


「そう? 郷田くんは氷室さんが思っているよりも勉強ができる人よ。それに、遊ぶのなら私でもいいでしょう?」


 白鳥はそう言って、あろうことか氷室とは反対側の俺の腕を引っ張った。しかも氷室と同じように抱きしめるようにしてだ。幸せな感触が腕を伝わって脳に送られる。

 え、何この状況?

 俺を取り合う二人の美少女。字面だけ見ればとても羨ましい状況なのに、どう対応していいかわからなかった。


「え、何? どういうこと?」

「な、なんで日葵ちゃんが郷田くんにくっついているの?」

「さ、三角関係か!? 修羅場なのか!?」


 ざわっざわっ。教室がざわめく。空気が波打つように感じられて、俺の焦りが募る。

 やばいぞ。このままではクラスの連中が誤解してしまう。こういう時どうすれば正解なんだ?


「何やっているんだ日葵!」


 そこへ現れたのは野坂だった。おおっ、救世主よ!

 トイレにでも行っていたのか、教室に戻って来た野坂はずかずかと近づき、白鳥を俺から引き剥がしてくれた。さすがは主人公。マジ感謝!


「うわっ!?」


 白鳥の引っ張る力がなくなったことでバランスを崩してしまう。別にこけるわけではなかったが、氷室が咄嗟に俺の身体を抱きしめて支えてくれた。


「あ、晃生……」


 氷室が安心したみたいに息を吐く。ほっとしている彼女を見ていると、自然と手が伸びて金髪の頭を撫でていた。

 撫でてから「何やってんだ俺!?」とセルフツッコミしたくなった。だけどこれは郷田晃生の意識からの行動ではなくて、俺自身の意思だった。


「えへへ」


 まあ氷室も喜んでいるし、問題ないだろう。気のせいかサイドテールが犬の尻尾みたいに揺れているように見えた。


「ああーーっ! 何をするのよ純平くんっ!」

「それはこっちのセリフだ。教室で何やってんだよ。悪ふざけするのもいい加減にしろ」


 言われて白鳥は教室を見渡す。みんなから注目されていることに今更気づいたようだった。恥ずかしくなったのか頬が朱色に染まる。


「なんだ、ただの悪ふざけだったのか」

「郷田に対してまで悪ふざけできるって、白鳥さんすごいなぁ」

「日葵ちゃん……。心臓に悪いことしないで~」


 野坂の乱入で教室の空気が弛緩した。


「くっ、今回は私の負けよ」

「勝ち負けとかあったのか?」


 白鳥は悔しそうにしながら席へと戻った。それからすぐに休み時間終了のチャイムが鳴ったのであった。


「晃生ー。もっと撫でてー?」

「だから授業始まるつってんだろうが!」




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