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15.悪役の意識

 俺の人格が現れたことで、郷田晃生の意識は消滅した。……そう思っていたのだが、どうやら違うらしい。


「女を寄越せ! 女を襲わせろ! 女を滅茶苦茶にしてやる!」


 ……などといった暴力的な欲望が、下腹部が熱くなると強くなるのだ。おそらく郷田晃生の残滓のようなものなのだろう。

 女性とエッチな関係になるのはむしろ望むところではある。だからって犯罪行為までする気にはなれない。この辺の常識は俺の意識の方が強くて助かる。

 他人が、それも漫画の悪役キャラが好き勝手にするのは構わない。俺もフィクションだからと楽しみながら読んでいた。

 でも、ここはフィクションではなく現実で、今は俺が郷田晃生だ。お天道様の下で笑って過ごすためにも、絶対に犯罪者だけにはなりたくなかった。


「本当にエリカには感謝だな」


 朝になって目が覚めると、エリカがいなくなっていた。

 夢だったかと落胆しそうになるが、ベッドにまだ温もりが残っている。この生々しい温かさが、確かに彼女と交わった証だった。


「ていうか、あんな綺麗な人とヤッちゃったんだよなぁ……」


 思い出すのはあの甘美な時間……。あんな美人とあんなことやこんなことをしてしまったのだ。

 エリカは自分から郷田晃生に抱かれに来た。俺は本能に抗えず、彼女と交わった。

 あのままでいたら俺はどこかで暴走していただろう。それほどに切羽詰まった状況だったのだと、エリカとの情事の後だからこそ気づけた。

 下半身の熱に冒されてまったく理性が働かなかった。本能のままエリカの身体を貪ってしまった。

 そんな俺を彼女は許してくれたのだ。自分はセフレだから気にしなくて良いと、俺を気遣ってくれた。


「お互い都合の良い存在でいましょう。晃生くんも最初そう言っていたじゃない。ね?」


 ぼんやりとした記憶の中で、エリカはそんなことを言っていた。

 彼女のおかげで下腹部の熱が引いた。そのおかげで郷田晃生の残滓が小さくなったし、俺は罪のない女性を襲わずに済んだ。


「甘やかされてばかりもいられないよな。せめて迷惑をかけないくらいの自制心は身につけないと」


 今度エリカにはお礼をしよう。彼女から誘ったとはいえ、救われた感謝は伝えたい。

 スマホで時間を確認すると、そろそろ学校に行く時間になっていた。学生もつらいぜ。


「ん? メッセージか」


 スマホにメッセージが届いていた。相手は白鳥だ。何気に初めてだな。

 メッセージの内容は他愛のないものだった。「勉強会楽しかったね」とか「今度は二人きりでみっちり教えてあげるわ」などといった感じ。どうやら昨晩に送られたものらしいが、いろいろあったからまったく気づいていなかった。


「ったく。寝取り野郎に近づくんじゃねえっての」


 何を勘違いしているのか、白鳥は俺と距離を縮めたくて仕方がないらしい。

 たぶん不良が捨て犬を拾うみたいな、そういうギャップを感じたのだろうが、それは一時の感情でしかない。

 冷静になれば自分の行動に羞恥心が込み上げてきて悶えることになるはずだ。若さゆえの間違いは、しなくてもいいならしない方がいい。


「悪い、今起きた。久しぶりに頭使ったから帰ってすぐ寝ちまったぜ。と、こんなんでいいか」


 適当に返信して登校の準備を始める。


「お?」


 返信してすぐにスマホにメッセージが届いた。早くない?


『よく眠れた?』

「爆睡した、と」


 またすぐにメッセージがきた。


『それは良かったわ。また学校で会うのを楽しみにしているわね』


 楽しみ、か。なんだか大げさに聞こえるのは俺だけか?

 さっさと支度を済ませて家を出た。遅刻しないように走る俺は、どこからどう見ても真面目な学生である。


「ヒッ!?」

「おい目を合わせるなっ」

「怖いよママー!」


 道行く人々に怖がられてしまった。……全部この凶悪面が悪いんだ。


「おはよう郷田くん。あら、なんだか元気がないわね?」

「まあ、寝起きだからな」


 もうすぐで学校が見えてくるというところで、白鳥に会ってしまった。

 実は待ち伏せしていたなんてことはないよね? けっこう遅刻ギリギリの時間だったから、登校中に白鳥と会うとは思っていなかった。


「爆睡するほど疲れていたんだものね。私のメッセージに返事がないからどうしたのかと心配していたのよ?」

「まああれだけ勉強したのは久しぶりだったし。やっぱり勉強会なんて俺らしくないよな」


 だからもう勉強会なんてしなくていいぞ。そういう意味を込めてみたが、白鳥は俺に顔を寄せて「だったらもっと勉強教えてあげなくちゃね」とか言い出した。気持ちって言葉にしないと伝わらないものだよね。

 というか距離が近い。自分の胸の大きさがわかってないの? ちょっと当たってるんですけど……。


「郷田くんがらしくないと言ったら、私とホテルに行った件はどうなるのよ? 全然イメージと違ったのだけれど」

「ことあるごとにそのことを持ち出すのやめてくれる? 誰かに聞かれたらどうすんだよ」


 白鳥は茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべた。オイ、誤魔化すんじゃねえよ。

 ため息をつく。本来は白鳥の弱味のはずなのに、なんで俺の方が困ることになっているんだろうね?

 まあ中間考査が終わるまでの辛抱だ。白鳥の言い分である、借りを返すために勉強を教える。それさえ無事に済めば、彼女は俺に関わる理由を失うだろう。

 後は野坂が白鳥との関係を修復する。ただそれを待つだけでいい。


「つーか白鳥は眠れたのかよ? ちょっとクマできてるぞ」

「えっ、嘘!? やっ、これは……別に郷田くんが私のメッセージに既読もつけないから不安で眠れなかったわけじゃなくて……っ」

「何言ってんだ?」

「~~っ!」


 白鳥が顔を真っ赤にして俺の腕をポカポカ殴ってきた。全然痛くないけど理不尽。

 そんなこんなしながら、俺たちは遅刻することなく学校に辿り着いたのだった。


  ◇ ◇ ◇



「晃生と白鳥が……ホテルに行った?」


 さっきの会話を聞いている奴がいたことを、この時の俺はまだ気づいていなかったのであった。

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