郷田晃生はどんな奴かと尋ねられたら、俺は迷わず「危険人物です」と答えるだろう。
学校でも有名な不良。悪いうわさが絶えない男子で、その凶悪な顔とガタイの良さもあってかみんなから恐れられていた。
そんな郷田と、二年に進級したクラス替えで同じクラスになった。
「うわっ、マジかよ……」
それを知った時の感想がこれだ。道端で犬の糞を踏んだ時の何百倍も気分が悪い。それは俺だけじゃなく、同じクラスになってしまった全員が思うところだろう。
「今年も純平くんと同じクラスね。うふふ、一緒になれて良かったわ」
「あ、ああ。俺も日葵と同じクラスになれて嬉しいよ」
このクラス替えで唯一良かったことと言えば、幼馴染の日葵と一緒のクラスになれたことだった。
日葵は可愛くて頭が良くてスタイルも最高だ。幼い頃はただの遊び相手くらいにしか思っていなかったけど、成長するにつれて美しくなる彼女に、俺はいつしか恋していた。
そして、高校生になった今ではただの幼馴染の関係に収まっていなかった。
「なあ日葵、今度デートしよう」
「うん、良いわよ」
俺たちは恋人同士になっていた。幼い頃から抱いていた思いが成就したのだ。日葵も、俺と同じ気持ちだったのだろう。
何度もデートを繰り返し、恋人としての距離を縮めていた。仲を深めた男女が行き着く先は、年頃を考えれば決まっているだろう……。
「よし、今度日葵を部屋に誘って……俺も大人になってやる!」
そうやって一人でこっそりと決意している時だった。
「オイ、邪魔だ。どけ」
「あっ、ご、ごめん」
人に道を譲るという思いやりが一かけらもないのだろう。我がもの顔で廊下を歩く郷田を、俺は端に寄って避けた。
郷田さえいなければ最高のクラスだったのに。あいつが傍若無人に振る舞う姿を見ていると、せっかくの決意に水を差されたような嫌な気分になった。
◇ ◇ ◇
失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗したーーっ!!
日葵を俺の部屋に誘って、初体験を試みた。だがこんな時に限ってムスコの調子がすこぶる悪かった。
いつもは元気すぎるほどだってのに……。この重要な本番でピクリとも反応しないだなんて思ってもいなかった。まさかの事態に焦ったって仕方がないだろう。
「あ、俺おっぱい大きい女の子が苦手なんだ」
焦りに焦った結果、苦し紛れにそんなことを口にしていた。
嘘にもほどがある。本当は大きいおっぱいが大好きだ。だから日葵のメリハリのあるスタイルが最高だと思っている。その証拠に、数え切れないほど日葵をオカズにしてきたのだから。
やってしまった……。こんなこと言うつもりなんかなかったのにっ。そう思っても後の祭り。
「そっか……。ごめんね、私の胸が大きいせいで……。純平くん、その気にならないわよね……」
涙で頬を濡らしながらも、日葵は俺を責めることはなかった。
それがより一層俺の罪悪感を刺激して、どう慰めればいいのかわからなくて、俺は何もできなかった。
◇ ◇ ◇
日葵は外見も素晴らしいが、中身も優しくて思いやりのある女の子だ。
「私たち別れましょう。今は少し距離を置いた方がお互い冷静になれると思うの」
まさかそんな優しい日葵から別れを告げられるなんて思いもしなかった。俺にとってはあまりにも突然なことで、頭が真っ白になってしまった。
どうしてこうなった? いや、初体験を失敗したことが原因だとわかっているんだ。あの時のことは思い出したくなくて、触れないようにしていた。それで接し方がぎこちなくなってしまった。
たぶん俺のそんな態度を感じ取ったからこそ、日葵は別れを切り出したのだろう。彼女は俺の些細な変化にも気づいてしまう。だからこそ距離をとった方が良いと判断した。
時間が経つにつれて、日葵の思いやりが染みてくる。
「情けないな……」
日葵に気を遣わせてしまった。別れを告げられるまでそんなことにも気づかなかった自分に腹が立つ。
せっかく落ち着くための時間をもらったんだ。ムスコとしっかり相談して、今度こそ初体験を成功させるために緊張に打ち勝とう。
──そう思った矢先のことだった。
「よう野坂。白鳥の家で勉強会しようって話になったんだが、お前も来ないか?」
なんで郷田が日葵の家に行くって話になっているんだ?
信じられなかった。だって相手はあの郷田だ。見境なく女を食っているってうわさの不良なのだ。
日葵だって知らないわけじゃないだろう。でも優しい日葵なら不良に手を差し伸べてもおかしくないとも思えた。あいつは優しいから。幼馴染だからこそわかってしまうのだ。
「い、行く!」
とにかく日葵を守らなければと思った。俺がいれば、郷田だって簡単には日葵に手を出せないはずだ。
……そんな俺の心配は杞憂だった。思いのほか勉強会は和やかに終わったからである。
日葵の家を出て、郷田たちと別れ際のことだった。
「野坂、今日はありがとな」
いきなり郷田に礼を言われて面食らった。人に感謝する奴とは思いもしなかったから。
「俺みたいな奴と一緒に勉強してくれて嬉しかったぞ。クラスのみんなは俺を怖がっていたからな。もしかしたら野坂は来ないんじゃないかって思っていたんだ。来てくれて本当にありがとう」
郷田らしくない言葉の数々。本当に郷田か? 信じられない気持ちがあったけれど、そもそもまともに言葉を交わすこと自体あまりなかった。
「ああ、わかってる。野坂が白鳥を大切にする限り、俺はあいつに悪いことをしないよ」
「絶対だな。俺が傍にいれば、日葵に手を出さないんだな?」
「もちろんだ。だから絶対に守ってやれよ」
「言われるまでもない!」
話の流れでこんなことを言ってしまった。
郷田相手にあんなこと言って大丈夫だったのかという不安。それにも増して気恥ずかしさが顔を熱くさせて、俺は走り去ってしまった。
でも、あいつのおかげで日葵への気持ちを再確認できた。
俺は日葵が好きだ。優しくてしっかり者な彼女を、今度は俺が守れるようになりたい。昔から、そう思っていたんだ。
「郷田の奴……。うわさ通りの奴ってわけでもないのか?」
見た目や粗暴な態度で悪いイメージが膨らんでいただけで、想像していたよりも穏やかな奴だった。
「だからって、警戒を緩める気はないけどな」
郷田晃生がどんな奴かと尋ねられたら。迷わず「危険人物です」と答えるのだけは勘弁してやろう。
その日、郷田に対する俺の認識が少しだけ変わったのであった。