確か原作開始は高二の夏休み前。郷田晃生に襲われた白鳥日葵は弱味を握られ、夏休みという長い期間をかけてじっくり堕とされていく、という展開だったはずだ。
現在は高二の五月。原作開始までまだ間があったはずなのに、すでに白鳥と野坂の彼氏彼女の関係は解消されてしまっていた。
これでは寝取り展開になるわけがない。いや、寝取るつもりはなかったんだけど……。
俺が手を出さない限り、二人の恋がまっとうに成就するかと考えていたのに。どうしてこうなった?
「「「「…………」」」」
放課後。場所は白鳥の家。もっと詳しく言えば白鳥日葵の自室である。
そこにいるのは男女四人。白鳥はもちろん、勉強を教わるという名目で俺。それから氷室と野坂がいた。
原作の役割でいえば、寝取られヒロインと寝取り悪役。それから主人公と悪役ヒロインというカオスなメンバーだ。それを知っていると和やかにいられるわけがない。
しかし、これは現実だ。実際は寝取り展開なんぞ発生していない。そもそも主人公カップルがすでに破局している。
それなら優等生に勉強を教わる不良二人と平凡な男子という組み合わせでしかない。うんうん、集まって勉強会するだなんて学生らしいよね。……考え方を変えたところでカオスなメンバーなのは同じなんだけども。
「ねえ晃生。なんでこんなとこにアタシを呼んだわけ?」
俺の隣に座っている氷室が小声で尋ねてきた。ちなみに俺の右隣に氷室、対面に白鳥、その隣に野坂がいるという配置だ。
「優等生様が勉強を教えてくれるってんだ。そのチャンスのおすそ分けだよ」
「アタシが勉強できないって知ってんだよね?」
「できないとしないは違うだろ。それに赤点になったら面倒だ。ちょっとくらい勉強しなきゃとは思うだろ?」
「ま、まあ。ちょっとくらいは……」
「どうせ一人じゃ何もしねえんだ。だったら一緒にやろうぜ」
「晃生と一緒に……。そ、そこまで言うなら仕方ないなぁ」
氷室は納得したようだ。エロ漫画だったからまともに勉強シーンが出ていたわけじゃないけど、郷田晃生の知識が氷室羽彩をアホだと言っている。若い頃の勉強は大切だと思うんだよ、うん。
正面を見れば、白鳥が不機嫌そうに俺を睨んでいた。
その目は「どうしてこうなった?」と言っているようで。俺は居心地悪くなって目を逸らした。
氷室と野坂を勉強会に誘う。それが白鳥に出した俺の条件だった。
だって女子の部屋で二人きりとかあり得ねえだろ。下半身が暴走して責任取れない事態になったらどうする。エロ漫画設定がどう働くかわかったものではない。ただでさえ最近暴れん坊気味なんだから。
だから氷室と野坂を誘う提案をした。その二人くらいしか声をかけられないと思ったから。白鳥が「郷田くんって思っていたよりもヘタレ? それともじらしているだけなの?」と聞き捨てならないことを呟いていたが、あえて無視した。
最悪どちらか一人でも良いと思っていた。氷室は俺が誘えば来てくれるだろうと考えていたが、野坂もあっさり了承してくれるとは予想していなかった。
野坂は白鳥と別れたばかり。だから気まずくて断るかもしれないと思っていた。
けれど、俺が声をかけたのがかえって良かったのだろう。大好きな幼馴染の家に、悪いうわさの絶えない不良男子が上がりこもうとしている。男なら見て見ぬふりができない状況だ。
「よ、よし。それじゃあ試験勉強がんばろうぜ」
「……そうね」
とっても不機嫌そうに、白鳥が返事した。
表面上は穏やかに勉強会が始まった。野坂はずっと無言のままだが、勉強は真面目に取り組んでいるようだった。氷室もとくに騒いだりすることなく、案外ちゃんとしている。
「郷田くん、そこはこの公式を当てはめれば良いのよ」
「なるほど」
一緒に勉強してわかったことは、白鳥は本当に学力が高いということだ。
さすが優等生と言われているだけのことはある。質問をすればすぐにわかりやすく噛み砕いて教えてくれる。
ちなみに野坂は平均くらいの学力かなといったところ。氷室は……ちょっとがんばらないと赤点の壁を越えられないかもしれないね。
郷田晃生の元々の学力は平均よりちょっと上くらいだ。あれだけ竿役としてハッスルしておいて、これくらいの学力があれば充分すぎるだろう。今は俺の知識もあるし、今回の中間考査くらいの範囲ならなんとかなりそうだ。
「あー、もうっ。疲れたぁ~」
勉強を始めてから一時間半。ついに氷室が音を上げた。
氷室にしてはよくがんばった方だろう。テーブルに突っ伏す彼女の頭を撫でて労った。
「よくがんばって勉強したな。ここで休憩にしようか」
「晃生? ……えへへ、アタシがんばったでしょー」
集中してばかりだったから気が抜けたのだろう。氷室の表情が緩む。笑うとちょっと幼い感じになるんだな。
「っ!」
白鳥の目がちょっと怖い……。だらけるのは許さないってことですか?
「あー、やばっ。ねえ白鳥さん、トイレ借りてもいい?」
「え、ええ。階段を下りて右の突き当たりがトイレよ」
「ありがと」
氷室が部屋を出た。部屋に充満していた緊張が少し軽くなった気がする。白鳥の表情も少し緩む。
残されたのは俺と白鳥と野坂。カオスなメンバーという状況は変わらない。主に俺の存在のせいなんだけどね。
「野坂はわからないところとかなかったか?」
「え、俺? うんまあ、少しだけ……」
「わからないところは白鳥先生が教えてくれるぞ」
「そ、そうかな」
野坂が横目で白鳥を見る。彼女は気づかない振りをしているのか、とくに反応しなかった。
これはすぐによりを戻すのは難しそうだな。よほど根に持っているのだろう。女心は繊細だ。
でも、男心も繊細だってことをわかってほしい。落ち込む野坂を眺めていると、そう思わずにはいられない。
何かフォローでもした方がいいかと口を開きかけた時だった。
「ねえ郷田くん。氷室さんって、もしかして郷田くんの彼女なの?」
白鳥が俺を真っすぐ見つめながら、そんなことを尋ねたのである。