昼休み。「話がある」という白鳥に連れられて、屋上で二人きりになっていた。ちゃんと昼飯は食った後なので、腹の虫はぐっすりお休み中である。
学園ものの屋上って高確率で開放されているよな。前世の高校は立ち入り禁止にされていたので、ちょっと新鮮な気分になれた。景色が良いなー、風が気持ち良いなー。
うん、満足した。……もう帰ってもいいかな?
「勉強を教える件だけれど、私の家でも良いわよね?」
「よろしくありません」
白鳥はなぜか胸を張って自信満々に提案してきた。間髪を容れずにお断りすると、信じられないとばかりに目を見開いていた。
「な、なんで……。私の家よ? 郷田くんが可愛いと認める私の家に来れるのよ? こんなチャンスに飛びつかないなんて信じられないわ」
こいつは自分をアイドルとでも思っているのか? 急に見せられた大層な自信にドン引きである。
「信じられないのはこっちだ。年頃の女子が親しくもない男子を家に上げるかよ。常識を考えろ、常識を」
「郷田くんに常識を説かれるとものすごくショックだわ……」
胸を押さえてよろよろとふらつく白鳥。ショックを受けたと表現したいんだろうが、手で押さえられたお胸が大変なことになっている。年頃の男子にとっては毒でしかない光景だ。
強力な磁力でもあるのか、視線が吸い寄せられてしまう。それを歯を食いしばって耐える。
「勉強を教えてくれるのはありがたいけど、別に白鳥の家じゃなくてもいいだろ。図書室とか、他にまともな候補があるだろうよ」
こちとらあまりメインヒロインと距離を縮めたくはないのだ。白鳥が俺に抱いている借りを返すまでは構わないが、それで誤解されるような事態になっては大変だ。
「図書室は人の目があるわよ」
「そんなに多くはないだろ? ちょっと勉強を教えてもらうくらいならそこで良いんじゃないか」
「郷田くんは学校の図書室を利用したことがあるの?」
「いや、ないけど」
郷田晃生の記憶でも図書室に行ったという経験はなかった。図書室と不良ってイメージに合わないもんな。
白鳥はふぅとため息をついて、やれやれと頭を振った。その態度にちょっとイラッとした。
「もうすぐ中間考査があるでしょう。図書室で勉強する生徒は大勢いるのよ。そんなところに郷田くんが現れたとしたら、勉学に励むみんなの迷惑になるわ」
ひどい言いようである。しかし否定もできないのが、郷田晃生という存在の有害さだ。
それにしても図書室は人気の学習スポットだったのか。不良のいる学校だけど、真面目な生徒は多いんだろうね。
「じゃあテストが終わった後でいいよ」
「は? 何を言っているの郷田くん。テストに対するやる気が感じられないのだけれど?」
白鳥が笑顔で圧をかけてきた。笑顔は威嚇なんだって、何かで聞いた気がするなぁ。
というか説教された。「もっと将来を考えて」だとか「コツコツがんばらないと、きっと後悔するわ」だとか言われてしまった。お前は俺のオカンかよ。
……言い直そう。とても優等生らしいお言葉をいただいた。本物の郷田晃生には馬の耳に念仏と言いたいところだが、彼女の言葉を聞いているのは俺だ。
「はい、がんばって勉強に取り組みます……」
「よろしい」
寝取り野郎の胆力を持たない俺は、白鳥の圧力に屈した。それを見た彼女は満足そうに笑う。笑顔の種類って意外と多いんだなぁ。
まあ転生して初めてのテストに不安がなかったといえば嘘になる。
俺の不安を解消するのと同時に、白鳥が引っかかっている借りとやらを返させる。一石二鳥と思えば、提案にのること自体は悪い選択じゃない。
ただ、やっぱり白鳥の家に行くのは抵抗がある。これを本当にチャンスだと思うなら、俺はとっくに悪役寝取り野郎として生きる道を選んでいた。
「そもそも彼氏がいるくせに他の男を家に上げても良いのかよ?」
「純平くんのこと? 彼とは別れたわよ」
「……は?」
白鳥があまりにもあっさりしたものだから、一瞬聞き違いかと思った。
おい、ちょっと待て。けっこうな爆弾発言を耳にした気がするんだけど?
俺の焦る内心を肯定するかのように白鳥は続ける。
「純平くんとの関係は、元々断り切れなくて流されてしまっただけだから。自分の心と向き合うためにも、一度関係をリセットしようと思ったの」
「いや、でも……嫌いじゃないんだろ?」
「幼馴染だもの。嫌ってなんかいないわ。ただ、私も思うところがあったのも事実よ。私の本当の気持ちを確かめるためにも、純平くんとは距離を置いた方が良いと思った。それだけよ」
おいおいおいおい!? 俺の知らないところで原作乖離起こしているんですけど?
白鳥日葵は、もっと野坂純平に対して一途だったはずなんだが……。原作では郷田晃生にピー(自主規制)されても、その一途な気持ちはなかなか折れなかった。だからこそ心が屈した時はものすごい衝撃を受けたものである。
もちろんこれが現実である以上、原作通りに進むとも言い切れない。だがしかし、彼女の心情の変化が俺のせいだとしたら、さすがに責任を感じてしまう。
「もしかして、俺のせいか?」
「……そんなことないわ。だから郷田くんがそんな顔しないでよ」
俺がどんな顔しているってんだよ。何かを耐えるような顔をしているのは白鳥の方だ。
「私と純平くんのことはいいじゃない。それよりも郷田くんのことよ。これから中間考査まで一緒に勉強をがんばるわよ」
「お、おう」
流されるまま返事してしまった。押しに弱い自分が憎らしい。
だけど、このまま流されてばかりもいられない。
白鳥が現在フリーだということは、二人きりになったら間違いが起こってもおかしくないってことだ。最近下半身が暴走気味になっているし、俺の意志で抑え切れるかは微妙だ。
「白鳥、お前の家で勉強を教わるのに、一つだけ条件がある」
主導権を引き寄せるために、俺は彼女に一つの提案を口にした。