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9.暴れん坊になりませんように

 青春を目指したい俺。しかし教室の状況を考えると、前途多難と言わざるを得ない。

 相変わらず俺に対するクラスメイトのイメージは悪いようだった。笑顔を心掛けたり、雑用を引き受けたりと努力はしているのだが、彼ら彼女らの恐れが消える様子はない。むしろ何か企んでいるんじゃないかと疑われている様子。見た目は肉食獣だけど、中身は草食動物なんですけどね。


「氷室ー。俺はどうすれば良いと思う?」

「むしろみんな余計に怖がってるっぽいもんね。晃生の笑顔、アタシもちょっと怖いって思うし」

「え、マジで?」

「……ごめんね」


 あ、謝るなよっ。それマジの反応だから。優しくない真実になっちゃってるから!

 郷田晃生の強面がいけないのだ。なんだよこの凶悪面は。俺だって一般人だったら顔を逸らしたいよ。

 人間、見た目って本当に大事だったんだな。転生したからこそ、その残酷な事実を思い知らされた。


「氷室は優しいな。こんな凶悪面の俺と仲良くしてくれてさ」

「アタシは別に、顔とか関係ないし……」


 照れているギャルってのも可愛いな。原作では郷田晃生の命令に逆らえなかっただけで、根は悪い子じゃないのかもしれない。


「よっこいしょ」

「晃生ジジ臭ぁーい。どっか行くの?」

「ちょっとトイレ」


 休憩時間が終わりそうな時に尿意を催すのってなんなんだろうね? 自分の膀胱ながらタイミングを考えてもらいたい。おかげで早歩きでトイレに向かうことになった。


「あ」


 トイレに入ろうとしたら、ちょうど出てくる男子とばったり。もちろん運命の出会いでもなんでもないので、ぶつからないように互いに立ち止まる。


「ど、ども」

「おう」


 なぜか会釈してから横を通り過ぎる男子。でもその気持ちはわかるぞ。不良に遭遇するととりあえず頭下げちゃうよね。マジでごめん。


「というかさっきの……」


 横を通り過ぎたのはクラスメイトの男子だった。俺が一番扱いを気をつけている男子でもある。

 野坂純平。原作主人公で、寝取られる男。常に可哀そうな状況に立たされ、作中での絶望顔は印象的だった。

 漫画でわかっているつもりだったけど、なんの特徴もない中肉中背の男子だ。ああやっていきなり遭遇すると一瞬誰かわからない程度には特徴らしい特徴のない男である。


「安心しろよ。お前が不幸になる展開はねえから」


 小さく呟いてからトイレに入った。野坂の目が赤くなっていたのが気になったけど、何かゴミでも入って目を洗っていたのかもな。

 トイレや風呂の度に自分が竿役なのだと自覚させられるが、少なくとも他人の彼女を寝取るために使おうって気はない。

 ここはエロ漫画の世界だ。けれど、今は確かな現実世界だ。空想ならともかく、現実には限度ってもんがある。


「ただ、発散する方法を考えないとな……」


 ここが現実だとしても、俺が郷田晃生というエロ漫画の竿役には違いない。

 竿役だけあって精力が強いのだろう。気を抜いたら股にぶら下がっているモノが大きくなって困る。トイレだけでも大変なほどに。

 自分で処理するだけでは収まり切らないほどの欲望が溜まっていく感覚。臨界点を越えてしまえば、俺の意思とは関係なく暴走してしまうのではと恐怖を覚える。


「これ、世界の意思とかじゃないだろうな?」


 原作の流れに戻るように。そんな神の手が伸びているのではと邪推してしまう。転生している以上、そうではないと言い切れない。

 そう思うほどに、獣欲が暴れ始めているのを感じていた。


「頼むぜ息子。暴れん坊になってくれるなよ」


 言い聞かせてもしょうがないんだろうが、願わずにはいられなかった。リアルで寝取り野郎になってしまったら、俺はまともに外を歩けるかどうか自信がない。


「あっ、郷田くん」

「白鳥?」


 トイレを出ると白鳥に遭遇した。下半身事情を考えると嫌なタイミングである。


「何よ。私と顔を合わせるのが嫌なの?」

「そんなこと言ってねえだろうが」

「顔に出ていたわよ」

「……マジか」


 凶悪面のくせに隠し事もできないのか。ポーカーフェイスってやつを学んだ方がいいのかもしれない。

 ため息を押し殺して教室へと戻る。当たり前のように、白鳥が俺の隣を歩く。


「おい」

「何?」

「なんで隣を歩くんだよ?」

「同じ教室なのだから当たり前でしょ。それとも何? 私だけ別のところから行けって言うの?」


 そういわれると何も言い返せない。教室までそんなに距離がないし、しょうがないのか?

 相変わらず俺とまともに話ができるのは氷室と白鳥だけだった。

 氷室は友達だから良いのだが、白鳥は別だ。原作の修正力が働いて間違いが起こってもおかしくない。下半身の制御が効かなくなっている今、一緒にいるだけで不安だった。

 今だって腕が触れ合うだけでドキドキする。男を誘う匂いをしているし、チラチラと俺をうかがう様子があざと可愛い。制服越しでもわかるほどの肉感的な身体は理性を焼き殺しそうで、真っ直ぐ彼女を見られなかった。

 エロ漫画のメインヒロインは伊達じゃない。やはり安全策を取って、白鳥日葵とは距離を離すべきだろう。


「ねえ郷田くん」

「なんだ?」


 内心でドキリとしながら、平静を装った。下心が顔に出てやしないかと不安が膨らむ。


「後で話があるから。少し時間をちょうだいね」

「え? ちょっ」


 白鳥は先に教室に入ってしまった。クラスメイトの目を思うと追及はできない。


「なんなんだよ……」


 ため息をつきたい気分だ。白鳥が何を考えているのかわからない。不良生徒に構ってばかりいたって仕方がないだろうに。

 チャイムが鳴る前に席に着く。そんな俺に注がれる強烈な視線。目立つから見られるのは仕方がないかと、違和感を覚えながらも気にしないフリをした。


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