春。俺は大学生になる。
受験勉強をこれでもかとがんばった。俺があそこまで勉強することは、たぶんもう一生ないことだろう。
「合格おめでとうございます! 祐二先輩はできる人だって、あたし信じてました!」
大学に合格が決まった時、琴音ちゃんは心から喜んでくれた。そしてたくさん褒めてくれた。
今までの苦労を思い出して、彼女の言葉で一気に涙が溢れてきた。俺……本当にがんばったよなぁ。
遊びたいのを我慢して、つらい勉強に力を振り絞って、せっかくできた彼女とイチャイチャするのを強靭な精神力で抑え込んできた。
「でも……もう全部終わったんだ! 受験戦争から解放されたんだ! 俺は自由になったんだ!!」
大声を上げずにはいられない。それだけ俺の欲望は抑圧されてきたのだ。
「そんなわけで琴音ちゃん。思う存分遊び尽くそうぜ」
「はい♪」
春休み。すべての呪縛から解放されたこの時期に遊ばずしてどうしろってんだ。
やっと彼女とイチャイチャできる。その事実が俺を高ぶらせた。灰色の学園生活はもう終わったんだ!
※ ※ ※
亜麻色の長い髪をツインテールにした少女。可愛らしい猫目にその辺の女子が可哀そうになるくらいの小顔。体つきはスレンダーで美しさを感じさせる。
俺には勿体ないくらいの美少女だ。だけど、それが俺の彼女、藤咲琴音なのである。それがたった一つの真実だった。
「お待たせしました祐二先輩」
「別に待ってないぞ。俺も今来たところだ」
春らしいコーデに身を包んだ琴音ちゃん。いや、俺におしゃれのなんたるかを語れるほどの知識はないんだけどね。
重要なのは琴音ちゃんがとっても可愛いってこと。俺の後輩ではあるが、おしゃれに関してはレベルが違いすぎた。
「今日はどこに行くんですか?」
琴音ちゃんが小首をかしげながら尋ねてくる。ツインテールがさらりと揺れた。髪の毛サラサラだなぁ。
「どこって決まってるわけじゃないけど、とりあえずこの辺店が多いからぶらぶら歩いてみようよ」
「つまりノープランってことですか?」
「気張らない自然体。それが彼氏ってもんでしょうよ」
「なるほど。祐二先輩の自然な姿って格好いいですもんね」
普通に納得されてしまった。しかも当たり前のように褒められた。この娘は俺を上機嫌にさせてどうしようってんだろうね?
琴音ちゃんのパッチリした目が俺を見つめる。な、何かな?
「手、繋ぎますか? それとも腕を組んでみます?」
「お……。まるでカップルのような提案」
「あたし的にはベストカップルのつもりですけどね」
琴音ちゃんの提案に、しばらく固まってしまう。それを適当なことを言って誤魔化した。
仲睦まじい男女が手を繋いだり腕を組んだりする。そういう恋人の仕草をテレビなり漫画なりで見てきた。
でも、見覚えがあるからって、実際にできるかどうかは別問題だ。
恥ずかしい。しかし興味はある。これが恋人を持つ者の苦悩ってやつか……。
「じゃあ、う、腕とか組んでみちゃう?」
苦悩した結果、俺は恥ずかしさに勝った。顔が熱いけどな。
「組んでみちゃいましょう。ふふっ、嬉しいです」
可愛らしい笑顔を向けられて浄化されそうになってしまう。琴音ちゃんは聖属性だったのか……。
腕を差し出してみる。琴音ちゃんは飛びつくようにして俺と腕を組んでくれた。
おおっ、後輩美少女に密着されちゃったぞ。恥ずかしいのを我慢して欲望を口にしてよかった。本当によかった!
二人で歩き始める。歩幅は同じで、心地良いペースで歩くことができた。
「うおっ!? すげえ美少女……っ」
「あの娘可愛いー」
「むっ……私のアンテナが反応しているだと? あの少女をスカウトするべきだと訴えておるわ……!」
……なんか、あちらこちらから視線を感じる。
横目で周囲をうかがってみる。なんだか老若男女問わずいろんな人から見られているようだった。
耳を澄ませてみれば、どうやら琴音ちゃんがあまりにも美少女だから騒いでいるようだな。
ほほう。自分の彼女が褒められるってのは気分が良いもんだな。彼氏の俺も鼻が高いぜ。
俺は胸を張って琴音ちゃんをアピールするように歩いた。ほら、みんなが注目している美少女は俺の彼女なんだぜ!
「なんであんな美少女があの程度の男と腕を組んでいるんだ……!」
「美女と野獣……。ううん、美少女とモブね。全然釣り合ってないわ」
「家族か? それにしては顔が違いすぎるか……。恋人だとしたらセンスが疑わしいな」
……なんか、俺ってディスられてない?
いやまあ、俺と琴音ちゃんは見た目釣り合わないと思うけどさ。けどさぁー……そういうこと言わなくてもいいじゃないかよ……。
少なからずショックを受けてしまう。背筋を伸ばす力すら湧いてこない。
「祐二先輩」
「ん?」
琴音ちゃんの瞳が俺の顔を映す。真っすぐな視線が、俺を捉えていた。
「あたし、祐二先輩が大好きですよ」
そう言って、琴音ちゃんは大胆にも俺に唇を重ねたのだ。
俺達に注目していた周囲の連中が唖然としたのがわかった。
唇が離れる。琴音ちゃんの真剣な表情が、真っすぐ俺に向けられていた。
「祐二先輩はどうですか? あたしのこと、どう思ってます?」
嘘を許さないとばかりの真っすぐの言葉に、俺は自然と頭を縦に振っていた。
「俺も……琴音ちゃんが大好き」
「よしっ! それでいいんですよ!」
満足そうに笑う琴音ちゃん。さっぱりとした彼女の笑顔はとにかく可愛かった。
いつの間にか俺の背筋は伸びていた。琴音ちゃんが傍にいてくれるだけで自信が湧いてくる。
もう周りの言葉は気にならなくなっていた。俺が気にしていたいのは琴音ちゃんだけなんだからな。
さて、俺達のデートは始まったばかりだ! 再び二人で歩き始めるのであった。