サラサラの亜麻色の長い髪をツインテールにした後輩。健気で可愛くて、とても繊細でたくましい、俺の彼女。
それが藤咲琴音である。
最初は、美少女と付き合う思い出が作れたらいい、そんな程度の軽い気持ちだった。わりとゲスな考えである。
だが、実際に付き合ってみたら楽しくて、彼女との日々を捨て去るのが惜しくなってしまった。なるほど、恋人を作ってリア充になりたがる奴が多いのも納得だ。
「……」
黙って琴音ちゃんの返事を待つ。
たぶん十秒も経っていないってのに、もう心が焦ってしょうがない。
男は忍耐が大切だ。焦る男はみっともない。明鏡止水の精神だ!
そんな内心が読まれたのか、琴音ちゃんがくすりと笑う。
「……メイドカフェでバイトして気づいたんですけど、あたしって人が喜んでくれることが好きなんですよ」
メイドとして働いた琴音ちゃん。
彼女の接客に心がこもっていることは知っている。何度も通って見てきたからな。他の客の要望に笑顔で応えていたのを見てもいた。ちょっと嫉妬心が芽生えてしまってもいた。
琴音ちゃんのご奉仕精神は本物だ。きっとバイトしている時はわだかまりとか何もかもを忘れていたに違いない。そう思わせてくれる笑顔だったから。
「でも今は、誰も彼もじゃなくて、祐二先輩が喜んでくれるのが一番です」
「えっと……」
「だから、ですね……」
少しだけ言い淀み、でも次の瞬間にははっきりと言ってくれた。
「こちらこそ……これからも恋人として、よろしくお願いしますね」
琴音ちゃんが満面の笑顔になった。彼女自身、とても嬉しそうだ。
「い、いいのか?」
「はい?」
琴音ちゃんはとてもいい子だ。俺には勿体なさすぎるほどに。
そう考えると今さらながら不安が押し寄せてきた。
「正直俺は琴音ちゃんに釣り合わないと思う……。顔がいいわけじゃないし、得意なことだってない……。琴音ちゃんならもっと、脅しなんかもちろんしないすげえいい男が言い寄ってくるだろうし──」
「なんでそこで自信なさげなんですか!?」
いや、だってさ……。わかるだろ? いやわかんねえか。俺だって繊細だってことだ。
本当にいいのかなって。脅迫から始まった関係だし。間違った関係からは正しい答えは出ない気がしてきたんだよ。
「祐二先輩はいつも通りでいいんですよ。当たり前の顔をして変なことを言う。普通に恥ずかしがられるとこっちまで恥ずかしくなるじゃないですか」
「は、恥ずかしがってなんかないわっ」
恥ずかしがってはいない……が、複雑な男心をわかってほしいものだ。
琴音ちゃんはじーっと俺を見つめて、ぽん、と手を叩いた。
「そっか。祐二先輩には脅しが必要なんですね」
「え、何言って──」
琴音ちゃんは元運動部である。つまり身体能力が高いのだ。
純粋培養の帰宅部である俺に勝ち目なんぞなかった。もう反射速度が全然違っていたね。
「ていっ」
そのかけ声と同時に終わっていた。
琴音ちゃんは素早く俺に接近した。そして、かけ声とともに唇にふにゅんと柔らかい感触が広がった。
さらにはパシャリッとシャッター音。琴音ちゃんの手にはスマホがあり、写真を撮られたのだと理解する。
「……え?」
琴音ちゃんの顔が離れていく。……顔?
接近していた琴音ちゃんの顔。唇に当たった柔らかい感触。そしてシャッター音。この三つのヒントで謎はすべて解けた!
「俺……キスされちゃいました?」
「……しちゃいました」
真っ赤な顔の琴音ちゃん。彼女の初々しい反応が事実だと教えてくれた。
「証拠もバッチリです!」
見せられたスマホの画面には、俺が琴音ちゃんにキスをされた瞬間がくっきり映し出されていた。
油断しきった俺の顔。そして真っ赤な顔で目をつむっている琴音ちゃんの顔。なんともまあ、締まらないファーストキスである。
「こ、これを誰かに見せられたくなければですね……ああ、あたしの彼氏になってください!」
まさかの脅迫だった。
よく考えなくても脅しにはなっていない。この写真に俺にとっての不都合は何もない。
なんとも脅し下手な彼女だ。まあ、そういうところも好きなんだけどな。
「ああ、これからもよろしくな。俺の彼女」
彼女の手を取って、満面の笑みを浮かべて言ってやった。もう笑顔が止まらなかったね。
琴音ちゃんは真っ赤な顔のままで、恥ずかしそうに、でも嬉しそうにしてくれた。
「はいっ。祐二先輩……大好きです!」
本当に可愛くて健気で繊細でたくましい女の子だ。
彼女が琴音ちゃんだったから、俺はこの幸せを大切にしたいと心から思ったのだ。