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第25話 姉妹って難しそうだ

 琴音ちゃんの登場で場がしんと静まり返る。

 喫茶店に流れるBGMだけが時の流れを教えてくれる。店主のおじいちゃんは穏やかな表情で俺達を眺めていた。いやそんなに見つめないでくれよ。


「こ、琴音? なぜここにいるの?」


 なんとか再起動を果たした藤咲さんが疑問を口にする。それ俺も気になる。バイトはどうしたよ?


「お姉ちゃんと祐二先輩がいっしょにいるところを見ちゃったからかな。お姉ちゃんこそ、先輩と二人っきりで……どういうつもり?」


 琴音ちゃんはニッコリ笑顔だ。表情は何も変わっていない。

 なのにどうしてだろう? 空気が張り詰めた感じがするぞ。


「あまり他人に聞かれたくない話だったからよ。琴音が考えているような心配は一欠片もないわ」

「あたしの考えって何? あたし、お姉ちゃんに祐二先輩の話をそれほどしていないと思うんだけど」

「それでもわかるわよ。私は琴音の姉なんだから」

「あたしはお姉ちゃんの妹だけど、お姉ちゃんの考えまではわからないよ。あたしと祐二先輩が付き合ってるってわかっていて、どうして二人きりになるの?」


 お互い声を荒らげているわけじゃない。声の大きさだけなら静かなものだ。

 なのにヒートアップしていくのはなんでだろうね?


「あのさ」


 声をかけたら姉妹同時にばっと俺を見た。ちょっと怖かった。


「藤咲さんが問題にしてるのは俺自身だろ? 妹と付き合ってる男として認められない、みたいな」

「そこまでは、言っていないわ……」


 でも態度がそう語っているんだよなぁ。

 まあ可愛い妹がどこの馬の骨ともわからん奴を彼氏にしたとなれば気にはなるか。俺、藤咲さんと三年間同じクラスなんですけどねー。


「私はただ……、琴音も会田くんも変わってきたと思った。それは良い意味でね。楽しそうにお弁当を作っている琴音を見られて、私嬉しかったもの」

「お姉ちゃん……」


 ケンカでもしそうな雰囲気だったが、どうやら持ち直したようだ。

 なんて、考えたからいけなかったんだろうね。

「でもね」と、藤咲さんはまたまた眉尻を吊り上げた。


「メイド服はダメよ。しかも自分で着たものを琴音にプレゼント? あり得ないわ!」


 ごもっとも。これは言い訳できないな。

 琴音ちゃんとメイドの関係を引き剥がすためとはいえ、我ながら変な設定をつけてしまった。確かに俺だって可愛い妹がいたとしたら、自分が着用したメイド服をプレゼントするような相手には任せられない。


「メイド服? プレゼント?」


 こてんと首をかしげる琴音ちゃん。

 しまった。琴音ちゃんはさっきの話聞いてなかったんだ。せっかく俺の身を犠牲にしたってのに、余計なことを口にされては無駄になってしまう。

 俺は琴音ちゃんにアイコンタクトを送る。俺に合わせろ、と目力を込めて送信した。


「ふうん」


 琴音ちゃんの視線が、テーブルの上に置いてあるメイド服に向けられた。


「ねえお姉ちゃん。あたしの大事なものを勝手に持ち出して。誰も怒らないって思った?」

「え?」


 あれ、また空気が張り詰めてきたぞ?

 ゆっくりとした動作で、琴音ちゃんは藤咲さんに向き直った。いつの間にか、彼女から笑顔が消えていた。


「お姉ちゃんがあり得ないって思うものでもね、あたしにとっては大事なものなの。しかも勝手にあたしの彼氏に何か吹き込もうとして……。あたしが本当に怒らないとでも思った?」

「それは……」


 琴音ちゃんすげえ。あの藤咲さんを圧倒してやがる。

 琴音ちゃんに腕を掴まれ引っ張られる。立てばいいのか? 立ちますけど力強くないか?

 よっこらせと椅子から立ち上がると、彼女に腕を組まれた。大胆な行動にドキドキが止まらない。

 目の前の藤咲さんはドキドキどころか、心臓の鼓動を止めたのかってくらい完全に停止してしまった。なんだか恋人を寝取った気分。いや、二人は実の姉妹なんだけどな。


「祐二先輩はあたしの彼氏だよ。あたし達のことはお姉ちゃんには関係ないの。口出しする権利なんてどこにもない」


 腕を組まれたまま引っ張られる。うん、今度は歩けばいいんだね。


「自分のことは自分で決められる。それくらいのこと、あたしにだってできるの。いつまでも手のかかる妹じゃないんだから」


 藤咲さんは黙ったまま妹の言葉を聞いていた。その表情は悲しそうで、寂しそうだった。


「……祐二先輩はね、みんなが何をやっても敵わないって思っているお姉ちゃんにだって勝負を挑んじゃうんだからね。そこまでしてあたしの味方でいてくれる人なんて、お姉ちゃんが思うほど、いないよ」


 その言葉を最後に、俺は琴音ちゃんに引っ張られるまま店を出た。

 残された藤咲さんのことが気になるのもそうだが、アイスコーヒーの代金を払っていなかったことがそれ以上に気になった。

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