「……」
「……」
ちびちびとアイスコーヒーを飲む藤咲さんの顔は赤い。赤面ってやつだ。
それにしてもここの喫茶店のアイスコーヒー美味いな。普段からコーヒー飲まないし、最近口にしたといえばメイドカフェのものだが、それでも良いものなのだろうとわかる。
コーヒーを楽しむ俺。優雅な時間を過ごすのもいいが、そろそろ何かしゃべってくれないだろうか。こちとら友達少ない陰キャなんだから気を利かせてほしいものだ。
「……」
内心を読まれたわけではないだろうが、アイスコーヒーに口をつけたままの藤咲さんに睨まれた。赤面したままだから怖くないけどな。
別に注意されたわけじゃないけど、藤咲さんが大声を出したタイミングで店主のおじいちゃんが来たからな。優等生の彼女にとってはそんなことでも痛恨の極みだったのかもしれない。相手が気にしてないんだから気にしなくてもいいのにね。
さて、少しだけ余裕を取り戻したものの、依然ピンチなのは変わらない。
藤咲のお姉さんに妹との交際を詰問されている。
姉だからなんだってんだ! と、強気に出られたらよかったんだけど、残念ながら付き合った理由を問い詰められたら終わりだ。妹さん脅しちゃいましたー、なんて言ってみろ。俺の身がただでは済まない。
「あの、さ」
表情を引き締めて口を開く。
藤咲さんは恥じらいがまだ抜けていない。よく考えればこれはチャンスだ。
あのままの勢いで厳しく追及し続けられたら何を口走ってしまうかわかったもんじゃなかった。焦ってあることないこと言ってしまうのが俺だ。そこんとこは自分が一番よく知っている。
だから先手を打つ。
「俺、琴音ちゃんのこと好きなんだ。本当に本気で好きなんだよ」
声がちょっと震える。でも、なんとか言い切れた。
藤咲さんに琴音ちゃんと付き合っていること自体を隠すことはできないだろう。それを誤魔化す方がかえって不信感を増幅させてしまう。
ならば交際している事実は明かす。できるだけ気持ちを込めて言い切ってやればいい。
一番知られてはならない事実から目を逸らせるために。この場合は俺が琴音ちゃんを脅したこと。つまり琴音ちゃんがバイトしていることも隠さなければならない。
藤咲さんの口ぶりから、たぶんそれは知らないと思う。クラスでも陰キャグループに属している俺と可愛い妹が付き合う。気に食わないのはきっとそれだ。
「俺が琴音ちゃんと釣り合わないのはわかってる。それでも好きになった。彼女に好きになってもらおうとがんばって……今、琴音ちゃんの厚意で彼女になってもらってる」
どれだけ言ったところで、今の関係を引き裂かれてしまうかもしれない。
「琴音ちゃんにチャンスをもらったんだ。夏休みが始まる前まで。それまでの期間まで俺と付き合って、判断してほしいって」
だが、ここで足掻かなくてどうするというのだ。
「頼む。姉として怒る気持ちはわかる。それでも、約束した期間まで何も言わず待ってくれないか? ……お願いします」
そう言って、頭を下げた。
「……」
藤咲さんは黙っていた。頭を下げたままだからその顔はうかがえない。
できるだけ気持ちを込めて言えたはずだ。なんか恥ずかしいこと言った気がするが、それこそ気にしたら負けだ。
「じゃあ」
ついに藤咲さんが口を開いた。椅子に座ってるのに、緊張で膝が震える。
「このメイド服はどういった理由で琴音に着せたのかしら?」
それな。
いや、メイド服に関しては俺は無関係である。つーか琴音ちゃんが勝手に身につけたのだ。
頭を上げる。藤咲さんの目は冷ややかだった。さっきまで恥ずかしそうに顔を赤くしてたってのにね。そっちの方がよかったなぁ。
「それは……」
琴音ちゃんが持ってきて自分で着たんだよ! と、本当のことを話して信じてもらえるだろうか?
あの冷ややかな目は、俺が無理やり琴音ちゃんにメイド服を着せたのだと疑っていない。俺が「無実だ!」と叫んだところで、嘘だと断じるだろう。
それに、琴音ちゃんがメイド服を着てご奉仕するのが趣味ってことは、さすがに姉には知られたくないと思う。けっこう琴音ちゃんの趣味盛っちゃってるけどさ、メイド服を所持していることは秘密のはずだ。
ふぅ、とこれ見よがしに息を吐く。藤咲さんの眉尻が上がったのが見えた。
「……わかった。白状するよ」
「何を白状するのかしら?」
嘘や誤魔化しは許さないといった眼差しを向けられる。まあこれから口にすることは嘘や誤魔化しなんだけどな。
「そのメイド服……。俺が琴音ちゃんにプレゼントしたものなんだよ」
「は?」
うん、あのメイド服は俺が琴音ちゃんにプレゼントしたもの。そう自分に言い聞かせる。
「俺、メイドさんが好きなんだ。だからメイド服を琴音ちゃんにプレゼントした。ああ、でも安心してほしい。彼女は受け取っただけで着てはいないから。ただ俺の気持ちを持ってくれていただけなんだ」
我ながらやべえ奴になってしまった。
メイド好きと言って彼女にメイド服をプレゼント。こんな押しつけ、すぐにでも破局案件である。
だが、これで琴音ちゃんとメイドというキーワードは一致しなくなった。むしろ俺とメイドの関係が強固なものになっちゃったけどな。
「なら、なぜ琴音はこのメイド服を洗濯に出したのよ。新品で着る気もないのならそんなことしなくてもいいでしょ?」
ごもっとも。
琴音ちゃんも洗濯するのならこっそりしてくれたらよかったのに。
おかげで、俺は一線を越えてしまうはめになったよ。
「実はそれ、新品じゃないんだ」
「え、どういうこと?」
ゴクリと喉を鳴らす。男は度胸だ!
「そのメイド服、俺のお古なんだよ!」
藤咲さんがフリーズした。他人が固まったの初めて見た。
「俺はメイドさんが好きすぎてメイド服を買ってしまった。それだけじゃあ満足できなくて……その、着ちゃった」
精いっぱいの可愛さを込めて言い切った。
その瞬間、藤咲さんがガタガタと音を立てて椅子ごと後ずさる。その反応、かなりショック。
口をパクパクさせる藤咲さん。金魚のマネかな?
彼女の色白の肌が青くなったり赤くなったりと忙しい。感情が激しく行き交っているのが見ているだけでわかった。
「あ、あああ、あなたって人はっ!」
「まあまあ、お姉ちゃん落ち着いてよ」
またテーブルを叩こうとした藤咲さんの手を、誰かの手が止めた。
亜麻色の髪がツインテールでサラリと流れている。その人物は藤咲さんに似た顔立ちをしていて、でも違っていた。
いきなり現れたのは話の当人。ニッコリ笑顔の琴音ちゃんだった。