「祐二先輩、今日のプールの時間にお姉ちゃんと勝負したそうですね?」
「……はい」
水泳の授業が終わって昼休み。
日常化しつつある琴音ちゃんとのお弁当タイム。ほのぼのした時間になるはずだったのに、問い詰められるような声色で冒頭のセリフが飛んできた。
つーかなんで知ってんの? 別のクラスどころか別の学年なのにさ。
「なんでまたそんなことしたんですか?」
「つい、出来心で……」
「もしかして、ここ怒るところです?」
「怒らないで。むしろ甘やかしてほしいな」
「甘やかす……」
琴音ちゃんは考える仕草の後、俺の頭をなでなでしてくれた。あれ、これ甘やかされてるの?
やべえ、なんか照れる。
「あの、もういいですよ……」
「そうですか? あたし先輩のこと上手く甘やかせていましたか?」
「うん」
これはうなずくしかない。甘やかされているというか、ただただ甘かったです。
「それで、なんでお姉ちゃんと勝負したんですか?」
話がループしてしまいましたね。絶対に「はい」しか選べない選択肢に違いない。
仕方がない。諦めて息を吐いた。
「学園のアイドルに勝てば周りの女子が俺にメロメロになるだろうとね」
「その結果はいかに?」
あ、ツッコミなしですか。
「……見事な敗北でした」
そう、結局藤咲さんとの水泳勝負は、俺の負けで幕を閉じた。
よく考えなくても俺そんなに運動得意じゃなかった。二十五メートルのタイムはひどいものだったし。対する藤咲さんは水泳部からスカウトされてそうなタイムだった。
「……わざわざクラスの人達がいる前で勝負なんてしなければよかったのに。メッセージがきた時、あたし自分の目を疑いましたよ」
「メッセージって、藤咲さんから?」
「いえ、別の人からですけど」
どうやら琴音ちゃんのコミュニティはけっこう広いらしい。そのメッセージの内容までは知りたくないが。
「あたしの顔が広いというより、ほとんどお姉ちゃん絡みですけどね」
俺が何か言う前に、琴音ちゃんが笑った。
彼女が笑いながら何かを言う前に、今度は俺が先を取る。
「俺が負けたのは藤咲さんがすごかったからじゃない。俺がダメだったからだ! 実は俺、水泳は苦手なんだよ!」
「は、え?」
胸を張って言い切った。負けた時こそ胸を張れ精神である。
「次は俺の得意分野で勝つ。それがダメなら藤咲さんの苦手分野で勝つ」
「それ、格好いいと思いますか?」
「格好いいとか悪いとかは考えてない。何をして勝とうが負けようが、俺の評価は変わらないからな」
相手は学園のアイドルだ。負ければ周りから笑い者にされるし、勝っても良い感情は向けられないだろう。他人からの言葉だが、容易く想像できる。
今、評価を気にするべき相手は目の前の女の子だけだ。
琴音ちゃんの姉は超人ではない。たとえそうだとしても、引きずり下ろしてでも凡人にして、琴音ちゃんに自分だって負けてないと思ってほしい。何もかもを負けているだなんて思ってほしくない。
だって琴音ちゃん、いい子なんだもん。
そんないい子が自分のためだけの勝負なんかするわけがない。なら凡人代表の俺が藤咲さんを叩きのめしてやれば、琴音ちゃんも「お姉ちゃん大したことなーい」と鼻で笑ってくれるに違いない。……性格的にあり得ないな。
「祐二先輩が何を考えているかわからないですけど、悪目立ちはしないでくださいね?」
「おう」
「本当にわかってるのかなぁ」
わかってるって。陰キャだからすぐに忘れられる存在。つまりコンテニューはすぐできるだろう。
しかしどうしよう。運動で勝てる気がしない。男女の差でなんとかなると思ってたんだが、自分の能力の低さを舐めていたようだ。
俺でも完璧超人の藤咲彩音に勝てる。それさえ証明できれば勝負方法はなんでもいい。
勉強はダメだ。学年トップクラスの藤咲さんに、追試を言い渡されるレベルの俺じゃあ勝負にもならない。ハンデがあっても勝てる気がしない。
だったらどうするか。うーん……。
「まあいいです。それよりお弁当食べましょうか。早くしないとお昼休み終わっちゃいますよ」
「だな」
この間オムライス作ってもらえたし、と。ダイエットメニューからの脱却を期待しながらオープン!
「今日は身体のために野菜多めにしてみましたっ」
野菜多めというか、野菜オンリーだった。色鮮やかといえばなんだかいい感じに聞こえる不思議。
「琴音ちゃん……お米は?」
「あっ、忘れちゃいました」
「あっ」じゃねえよ! こんなドジっ子はいらねえよ! 「てへっ」っておま……可愛いなあオイ!
食物繊維たっぷり(炭水化物抜き)の弁当を完食した。なんだか日に日に身体がスリムになっている気がする。油物が恋しくなった。
※ ※ ※
俺が藤咲さんに勝負を挑んだのがどう作用したのだろうか。
「会田くん、放課後……少し付き合ってほしいのだけれど……いいかしら?」
と、藤咲さんにアプローチされてしまった。運命の歪みが怖いよ。