空が茜色に染まる時刻。
ゲームでひとしきり盛り上がった俺と琴音ちゃんはのんびりお茶をしていた。
まったりタイムは憩いの時間。時間をただ無為に消費する贅沢を味わっていた。
「それでその子は実験の日だって忘れていてですね。あたし達は準備がまったくできていなくて大ピンチだったんですよ。先生に気づかれる前に他の子から協力してもらってですね」
無為に、じゃないな。琴音ちゃんが楽しそうに雑談をしてくれていた。
話すのは学校のこと友達のこと。特別なことなんてない普通の日々ばかりだ。オチを期待してはいけない。
相槌を打つ。楽しそうに話す姿を見ているだけでこっちまで楽しくなる。内輪ネタばかりなのでそれしか楽しむ方法はない。
「でも、そんなピンチもお姉ちゃんならあっという間に解決するんでしょうね。祐二様ならわかりますよね? お姉ちゃんと同じクラスですもん」
俺は相槌のうなずきを返すかどうか迷った。
姉を持ち上げる妹。それが普通かは知らない。俺には兄妹とかいないし。もしいるのなら褒めて称えて敬ってほしいものだ。
でも、知らなくても違和感を覚える。
「琴音ちゃんってさ」
「はい?」
「お姉さんのこと好きだよね」
「はいっ。自慢の姉ですから」
心からの笑顔。嘘には思えない。
でもなぁ。どうしても前に問い詰められた時のことを思い出してしまう。
琴音ちゃんに「あたしのお姉ちゃんのこと、好きなんですか?」と尋ねられたことがある。
その時は否定したし、彼女も信じてくれたようだった。
でも琴音ちゃんにとって姉の存在は地雷なのだろう。そう俺には見えたし、彼女もあまり姉の話題は出してこなかった。
けれど、最近になって「お姉ちゃん」と口にする回数が増えた。
これ見よがしな釣り針に思えた。だからあえて反応してこなかった。
だがここまでくると、釣り針は釣り針でも、俺が考えていたものではなかったのかもしれない。
「俺は藤咲さんよりも琴音ちゃんの方が好きだ。前にも言ったけど藤咲さんにラブの感情はないからな」
「え?」
いきなりの宣言に琴音ちゃんが目を丸くする。こういうこと言うの思った以上に恥ずいわ。
自分から口にすることだ。嘘はない。本当だ信じてくれ! と必死になればなるほど怪しまれる気がする。信じてもらうためにも、常に冷静さは必要だ。
「今日は楽しかった。髪を切ってもらって琴音ちゃんには美容師の才能があると思ったし。料理は美味しかったし、いっしょにゲームができて楽しかった」
クラスメートだとしても、藤咲さんとはこんな風に楽しめなかっただろう。そもそも遊んだことないし。
琴音ちゃんが俺の彼女になってくれたから知ることができた。琴音ちゃんと遊ぶのは楽しい。そんなちょっとしたことがわかって嬉しかったのだ。
「……でも、お姉ちゃんだったらもっと楽しかったかもしれませんよ?」
おずおずとうかがってくる。その目は今までの琴音ちゃんになかった目だった。
やっぱりか……。
お姉ちゃんのことが好き。琴音ちゃんの言葉に嘘はない。
でも、他人に向ける感情が一つとは限らない。
「それ、俺が否定しても信じないやつだろ?」
「そ、そんなことは……」
そんなことあるんだよなぁ。今の琴音ちゃんを見ていれば俺にだってわかる。
彼女は姉という存在に屈服してしまっている。それも心から。生半可な傷じゃない。
琴音ちゃんはいい子だ。そして明るい子だ。
そんな彼女がこれほどまでコンプレックスを抱いているのは、周りに原因がある。親とか友達とか、適当で近い人達だ。
彼女がいい子だからこそ、周囲の声に耳を塞ぐなんて真似ができなかったのだろう。
まあその辺の詳しい話はしてくれないだろう。恋人っていっても脅してできた偽物の関係だ。しかも期間限定。
……そういや、その期限もあと一か月なんだよな。
「そうだ!」
ぽんと手を叩く。琴音ちゃんがビクッて身体を震わせた。ごめんね、驚かせちゃった。
あと一か月で俺と琴音ちゃんは彼氏彼女の関係を終える。
可愛い女子とお付き合いするだなんてこれっきりになるだろう。なら思いっきり傷痕残しちゃってもいいんじゃないかって、無責任な男子は思ってしまうのだ。
「琴音ちゃんにわからせてやろうじゃないか」
「な、何をですか?」
怪しげな笑いを零す俺に琴音ちゃんは引き気味だ。その反応地味にショック。
だが負けずに右手を天に向ける。人差し指を突き出すのも忘れない。
「琴音ちゃんが天下無敵のお姉ちゃんだと思い込んでる藤咲さんを、俺がぎゃふんって言わせてやる!」
学園のアイドル藤咲彩音。俺の彼女のため……犠牲になってくれ。