琴音ちゃんが作ってくれた昼飯を完食した。あの特大オムライスを全部食べられたことは我ながら快挙である。久しぶりに自分を褒めてやりたいと思ったね。
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「えへへ、お姉ちゃんにも褒められたことがあるから自信あったんですよ」
腹をなでなでしながら食休みしていた時である。琴音ちゃんはこう宣言した。
「食器を片付けたら、次は掃除をしたいと思います!」
と。
念のため言っておく。俺は琴音ちゃんに掃除をしてくれ、なんて頼んだ覚えはない。
彼氏にサービスしたいとは言っていたが、これは方向性が違うのではないか? メイド服を着ているもんだから家事をしなければ落ち着かなくなっているのかもしれない。服に着られているとはこのことか。うん、違うね。
俺はおもむろに席を立つ。
「祐二様?」
不思議そうにする琴音ちゃんの背後に回る。ここまで接近しても彼女は逃げる素振りすら見せない。
やはり警戒心が足りていないようだな。
「きゃうっ!?」
琴音ちゃんの両肩に手を置いた。驚いた声を漏らして身体が跳ねる。彼氏だからセクハラじゃないもん。
メイドプレイは楽しい。敬われるのは正直気に入っている。
しかし、彼女は本物のメイドではないのだ。彼女は彼女で、今日は髪を切るという名目で、家デートの日なのだ。
「後片付けは俺がやります。それから家の掃除はしなくていいよ」
「で、でもっ」
彼女の肩に置いている手に力を込める。立ち上がろうとした琴音ちゃんは諦めて力を抜いた。
「洗い物終わるまでテレビでも観て待っててよ。な?」
「……はい」
キッチンで洗い物をする俺。ソファーに座ってテレビに目を向けている琴音ちゃん。さっきとポジションが逆になった。
「……」
「……」
さっきとポジションが逆になっただけ。なのに無言でいるのが気まずいと感じるのはなんでだろう。
テレビで流れているのは再放送の番組のようで、芸人達が面白いことを言っている。それを見ている琴音ちゃんに反応はない。ここからじゃあどんな顔をしているかもわからない。
「琴音ちゃん琴音ちゃん」
「なんですか?」
洗い物が終わったので声をかける。振り向いた琴音ちゃんの表情はにこやかだった。
「ゲームで遊ぼうぜ」
※ ※ ※
ゲームは基本一人でやるものだ。
わざわざ友達を招いてやるものでもない。今はオンラインで遊べる時代である。つながった人達を友達カウントしてもいいのかな? 俺めっちゃ友達多くなるよ。
唯一の友達である井出を招いたことがある。だが格ゲーで俺をボコボコにしたので出禁にした。ゲームは友情を試される。いや違うな、ゲームに友情を持ち込んではならないのだ。
「何がいいかな?」
「か、簡単なのでお願いしますね」
自信なさそうな反応。あまり経験がないと見た。
女子だもんな。ガチゲーマーでなければゲームで険悪になることはないだろう。ゲームの本質は楽しむことなんだからね。
さて、何にしようか?
持ってるのは一人用のものが多いからな。格ゲーは論外。ゲームとはいえ恋人と殴り合うとかどんなコミュニケーションすればいいかわからなくなる。
「おっ、これとかどう?」
「あっ、それならやったことありますよ」
手に取ったのは世界一有名なゲームキャラがレーシングカートで遊ぶゲームだ。操作はシンプルだし、プレイしたことがあるならとっつきやすいだろう。
琴音ちゃんと並んでコントローラーを握る。
おおっ、これものすごく恋人っぽくない? 和やかにゲームを楽しむ男女。幸せオーラを放てそうだ。
ゲームスタート。俺は赤い帽子のおじさん。琴音ちゃんはキノコ頭のキャラを選んでレース開始だ。
各キャラが一斉にスタートする。
ロケットスタートできずに真ん中あたりでうろうろする俺。琴音ちゃんは俺のすぐ後ろだ。
「アイテム取りました! えーっと、使うボタンは確かこれでしたよね」
言いながらポチポチ指を動かす琴音ちゃん。彼女のキャラが走っている画面で不穏なものが見えた。
「あ」
琴音ちゃんのキャラが緑こうらを出した。しかも三個。
その緑こうらが間を置かず全弾発射される。射線上にいたのは俺だった。よけることができずすべて命中した。
俺の横を琴音ちゃんのキャラが悠々と走り抜ける。
「えっと……ご、ごめんなさいっ」
「あ、あはは……。いいよいいよゲームだからね。よーし、負けないぞー!」
申し訳なさそうに頭を下げる琴音ちゃん。そうしながらもコースアウトせずに走っている。
別にこんなことで怒ったりしない。だってこれそういうゲームだしね。アイテム使って相手を蹴落とすのは常識なのだ。
気にしてはいないが順位を落としてしまった。逆転を目指してアイテムを取りにいく。
ゲットしたのは赤こうら。すぐに次のアイテムが取れそうなので全弾発射した。
「あ」
俺が放った赤こうらはキノコ頭に着弾した。思ったよりも琴音ちゃんとの差が広がってなかったみたい。
「ご、ごめんな……。わざとじゃないんだよ」
「あ、あはは……。ゲームですから気にしてないですよ……あはは……」
また順位が入れ替わる。ちょっと手が汗ばんできた。
気にせずトップを狙おう。レースゲームだが琴音ちゃんと争いたいわけじゃない。
しかし、俺と琴音ちゃんがアイテムを使えば使うほど、お互いを傷つけ合うという不毛な展開が続いた。逃れられない運命なのかってくらい何度も続いた。
「……」
「……」
結果、無言でレースに集中する俺達がいた。空気はとっくに張りつめている。
もうただのゲームではない。ゲームではあるが遊びではないのだ。これは真剣勝負である。
最終ラップ。
「スターゲットです!」
「それはやめて!」
ゴール直前。無敵モードになった琴音ちゃんが追い上げてくる。バナナの皮を持っているが、無敵となった彼女には無意味だ。
「いっけええええぇぇぇぇぇぇーーっ!!」
「くるなああああぁぁぁぁぁぁーーっ!!」
ゴールを目前にして、俺は宙を舞った。
「……」
「……」
静寂。ゲームのBGMが聞こえるが、今この時は静寂に感じられた。それはきっと琴音ちゃんも同じだろう。
しばらくお互いに無言になっていた。でも、気まずくも張りつめてもいない。
俺達は充実感で満たされていた。このやり切った感、超気持ちいい……。
「琴音ちゃん」
「祐二先輩」
俺と琴音ちゃんは見つめ合う。メイドモードが崩れるほど本気を出し切ったのだろう。俺はそんな彼女をたたえたい。
「ありがとう。いいレースだった」
「こちらこそありがとうございます」
俺と琴音ちゃんは握手を交わした。手の熱と汗がすべてを物語っていた。
ちなみに総合順位は俺が四位、琴音ちゃんが三位であった。コンピューターって強いよね。