結果から告げよう。琴音ちゃんの散髪技術は高いレベルにあった。
左を向く。それから右を向く。もう一度左を向いて確認した。横断歩道を渡ろうとしているわけじゃないのであしからず。
「いつもより俺が格好よく見える!?」
琴音ちゃんに髪を切ってもらい、鏡で確認した俺の感想である。
「祐二様はいつも格好いいですよー」
「棒読みの誉め言葉ありがとうな!」
いや、しかしこれは冗談抜きに格好いい。
もさもさしていた俺の髪。それがなんということでしょう! 琴音ちゃんに切ってもらうとあらスッキリ。いい感じのスポーツマンヘアーになった。
サッカー部とかにいそうだ。うちのサッカー部の連中がどんな髪型しているのか知らんけど。
髪型が変わると気分が変わるってのを初めて実感した。いつもただ短くするだけだったからな。そこにおしゃれは存在しなかった。
「気に入ってもらえたのならよかったです」
鏡で何度も確認している俺を見て、琴音ちゃんが満足そうに息をつく。
俺の髪を切る琴音ちゃんは真剣そのものだったからな。鏡越しでもわかる。あれは本気で俺の髪型を考えてくれていた目だ。
形を整えるだけだなんてとんでもない。ちょっとやそっとでは身につかない技術だと、素人の俺は思う。
「切った髪の毛ついちゃってるでしょうし、シャワー浴びてくださいね。あたしはその間にお昼ご飯作りますよ」
「男にシャワー浴びろだなんて……琴音ちゃん大胆じゃない?」
「そ、そんなこと言ってないじゃないですかっ!」
そんなことってなんだろうなー? 俺まだ未成年だからわかんなーい。
まあお言葉に甘えさせてもらおう。触った感じ、切り残しはなさそうだが、切られた髪の毛が頭についてるみたいだしな。
浴室でシャワーを浴びる。頭を洗うとさらにスッキリする。
彼女がいる家で、裸でシャワーを浴びる俺……。
冗談めかして言ってみたが、けっこう緊張するシチュエーションだ。さっきまで頭触られたり顔が近づけられたりしてたし……。女子への免疫力のない男子には心臓に悪すぎる。
ま、まあ俺が変なことをするわけがないか。信用してるぞ俺の理性!
ざっと頭が綺麗になったことを確認した。よし、こんなもんだろ。
リビングに戻ると片付けが終わっていた。床に落ちていた髪の毛は一本たりとも見当たらないし、椅子や姿見など用意したものは元の位置に戻されていた。
「あっ、祐二様お帰りなさい。今お台所借りちゃってます」
琴音ちゃんは奥のキッチンにいた。メイドモードで料理中のようだ。
「まだ時間がかかりますから、テレビでも観て待っててくださいね」
これは、手伝う方が失礼になるのだろうか?
自分の家で人が料理してるってのは落ち着かない。テレビの前のソファーに座ってはみたが、やっぱり落ち着かない。
食欲をそそるいいにおい。つられて腹の虫が鳴った。
時計に目を向ければもうすぐ正午だった。道理で腹が減ってるわけだ。
「……」
黙って待っているだけだと余計に落ち着かない。とりあえずテレビをつけてみた。昼のテレビなんて面白そうなのはやってないか。
ソファーに身体を預けて適当にテレビを眺める俺。キッチンからは琴音ちゃんが料理している音が聞こえる。
まったりとしながら思う。この状況、新婚っぽくね?
可愛い彼女ができた。それだけでも夢のシチュエーションだってのに、家で昼食を作ってくれている。ちょっと前までは考えもしなかった状況だ。
「祐二様、もうすぐ出来ますからね」
「ああ」
夢。まさにこれは夢だ。
夢ならいつかは覚めてしまうわけで。その期限は刻々と迫っていた。その期限を決めたのは俺自身である。
食卓に並べられたのはオムライスと野菜スープだった。とくにオムライスは特大とも呼べるほど大きい。あれ、いつものダイエットメニューは?
見ているだけでふわふわの食感がわかる黄色。まさに黄金の輝きである。
「では祐二様、何か書いてほしいものはありますか?」
ニッコニコのメイドな琴音ちゃん。その手にはケチャップがあった。
なんだかデジャヴ。オムライスにメイド服……。俺が初めてメイドカフェに行った時に見た光景だ。
あの時よりも自然な表情で、彼女は俺を見つめる。
なんでこう、健気というか……優しい子なんだろうね。
「じゃあ──」
口を開いて要望を伝えた。
琴音ちゃんは目を丸くして、それから恥ずかしそうにうなずいた。
「では、いきます!」
気迫のこもった声。彼女の顔は真っ赤になっていた。
オムライスにケチャップの赤い文字が書かれる。やっぱり綺麗な字だ。
「ど、どうですか!」
「うん。いいんじゃない」
「ありがとうございます!」
前よりも自然になった笑顔を俺に向けてくれる。感謝するのは俺の方だっての。
オムライスには「大好き」と大きな文字で書いてもらった。
脅迫から始まった関係なだけに彼女の口から言わせるのは忍びない。せめて冗談っぽく文字で。これくらいは許してほしい。
「いただきます」
前よりも、このオムライスの形を崩したくないと思った。
だが琴音ちゃんが見ているしそういうわけにもいかない。
覚悟を決めてスプーンを持った。琴音ちゃんが作ってくれたオムライスは、前にメイドカフェで食べたものより何倍も美味しかった。