「映画面白かったですね」
「今年一番の名作だったかもしれないな!」
琴音ちゃんが選んでくれた映画は最高に面白かった。そんな一言ではまとめられないほどの出来だ。とくに爆発シーンは今でもまぶたの裏に残っているほど衝撃的で大迫力だった。
笑いあり涙ありの超大作だった。涙ぐんでしまったのは内緒にしたい。でも語りたい、この感動を!
「あのスパイが裏切るなんて驚いちゃいましたよ」
「だよな! それでいて男らしい最期……。くぅ~、しびれたぜ」
「祐二先輩泣いてましたもんね」
「はっ!? いや泣いてないしっ」
ていうかこっち見てたのかよ。泣き声は出して……ないよな?
とくにロマンチックな展開にはならなかったが楽しめたのでよしとする。
外に出れば日が暮れていた。大人のデートならこれからディナーでも、と誘う場面かもしれないが、残念ながら学生の俺達はここでおひらきである。
「琴音ちゃんの家はここから近いの?」
「駅からは近いですよ。こことは別の駅ですけど」
電車通学をしているのか。暗くなる時間まで付き合わせて悪かったかな。
「暗くなったし送るよ」
「え、いいですよ。バイトしてたら帰りが遅い時間になるのはいつもですし」
と、言われてもだなぁ。
「知っているかい琴音ちゃん」
「はい?」
「彼女を家に送り届けるまでがデートなんだぜ」
俺はキメ顔でそう言った。キラリと歯が光ったに違いない。
……またやっちまった。
格好つけたくなるのって俺の悪い癖だ。むしろ病気? あー……、男はみんな格好つけたいもんだろ? 俺が特別そうじゃないと信じたい。
後悔するならやるなって話だが、それを判断するよりも先に口から出るんだからどうしようもない。
「ふ、ふふ……」
きょとんとしていた琴音ちゃんだったけど、俺の言動にツボったのか小さく肩を震わせる。
我慢しようとはしてくれたが、耐えきれなくなったのか口を開けて笑う。自分の顔に熱が集まってくるのが感じられてしまう。
「なら、お言葉に甘えて祐二先輩に家まで送り届けられちゃいますね。よろしくお願いします」
琴音ちゃんは笑いがおさまってからぺこりと頭を下げる。
「お、おう。任せろ」
可愛い彼女からのお願いであれば、胸を叩いてうなずくのが彼氏ってもんだ。
電車に乗って琴音ちゃんの家へと向かう。それほど遠くはない。電車ならそれほど時間はかからなさそうだった。
話題は先ほど観た映画のことばかりだった。語る時間が足りないと思っていたし、家まで送るのはそういった意味でも良い判断だったと確信する。
映画ってとてもいいデートスポットじゃね? 電車の中、琴音ちゃんと語り合っていると本当にそう思えた。
「あっ、ここで降りますよ」
彼女としゃべっていたらすぐに目的の駅に到着した。
時間を忘れそうだったね。我ながら充実しちゃっている。これがリア充か……。
駅から琴音ちゃんの家までは十分ほどらしい。
街灯に照らされた夜道を進む。すぐに住宅地へと入った。
「ここまででいいです」
琴音ちゃんがぴたりと足を止める。
「あたしの家、そこの曲がり角の先なので。ここまでで大丈夫です。祐二先輩、送ってくれてありがとうございました!」
それからお礼とともに頭を下げられた。
なんて礼儀正しい子なのだろう。親の顔が見てみたいね。
「そっか。じゃあここでお別れか」
琴音ちゃんの親はあの曲がり角の先にある家にいるのだろうか。
別に本当に親の顔が見たいわけじゃないし、琴音ちゃんだって俺を親とは会わせたくはないだろう。だからここまででいいって言っているんだろうし。
俺は琴音ちゃんの恋人だ。でも、それは脅した結果の関係でもある。
今のところ、琴音ちゃんに嫌悪感が見られないのは感情を隠すのが上手いからなのか。それか俺の存在が心を揺さぶるほど大きくはなかったか。期間限定だと笑顔で耐えるつもりなのか。それとも……。
「今日は本当に楽しかったですっ。祐二先輩、またデートしましょうね」
天真爛漫な笑顔が、俺の心に晴れ間をのぞかせてくれた。
「ああ、またデートしような」
俺も笑顔で答える。これぞ彼氏彼女って感じじゃないか。思わずにやける。
「何をしているんだ琴音?」
男の声だった。
背中から聞こえた声。振り返ればスーツ姿の中年男性がいた。
身長は高め。背筋が伸びておりバイタリティに溢れてそうなイメージを抱かせる。整った顔は自信に満ち溢れていた。
パリッとしたスーツは高級そうだ。男の全身からエリートなオーラを感じられる。そう感じ取れるのは俺だからか。
外見と琴音ちゃんを呼んだ時の声。判断材料は充分だ。
この人、琴音ちゃんのお父様だ!?
覚悟も何もしてない場面でのご対面。俺は何を言うべきなのか、何も出ねえってっ。まずい、頭が真っ白になりそう……。
「お、お父さん……」
やはりお父様か!
琴音ちゃんの言葉で確信を得られた。えっと……ご、ごあいさつでもした方がいいのか?
「ほ、本日はお日柄もよく──」
「まったく、こんなところで遊んでいるからお前はいつまで経っても彩音のようにはなれないんだ」
藤咲父は俺を素通りして琴音ちゃんの前に立った。
「早く帰りなさい」
いや、琴音ちゃんの前で立ち止まることもなく歩いて行った。曲がり角を曲がって藤咲父の姿が見えなくなる。
……え、何あれ?
娘の彼氏に一言もなかったぞ。俺が琴音ちゃんの彼氏だって認められてない説はあるが、それならそれで「貴様は娘とどういう関係なんだ!」とブチ切れるところじゃないの? もしかして漫画の見過ぎだった?
「ゆ、祐二先輩っ」
琴音ちゃんに呼ばれて意識が戻る。いきなり彼女の父親が出現して動揺していたみたい。
「あたし帰りますので……、今日は本当にありがとうございました!」
「ああ。気をつけてな」
「すぐそこなのに気をつけるも何もないですよー」
あはは、と琴音ちゃんは笑いながら帰っていく。
しかしその笑顔は、さっきまでのものとは種類が違っていたように見えた。