突然だが俺には一人だけ友達と呼べる存在がいる。
友達が一人とか少なすぎね? とか、友達は量より質だとか、友達の定義はどこから? だとか、そんな話は置いておく。悲しいし不毛だからな。
そいつと日曜日に遊びに行く予定があった。どこにでもある普通のこと。友人との約束だ。
「それをドタキャンとかあり得ねえ……」
しかも現地集合だったため怒りも倍増である。せめて家を出る前に連絡してくれていれば……。いや、それでも怒るが。百回謝るまで怒るが。
そんなわけで、現在地は最寄り駅から何駅も離れた駅前。視界に広がるのはいくつものビル群。
買い物がしたいってことで、俺の尻ポケットの中にある財布には軍資金がたんまりあった。もちろんその友人におごるつもりは一かけらもなかった。
「このまま引き返すのもなぁ……」
時間厳守の俺。時刻は午前十時を過ぎたところ。帰宅するにはあまりにも早すぎた。
それに、このまま帰るのもなんだか悔しい。本当に時間を無駄にしたのだと認めるようなものだ。
恨み言はまた後日、本人にぶつけるとして。せっかくなのでぶらり一人旅でもしようかと気持ちを切り替える。
ゲームや漫画を物色するというルートを辿る。趣味全開の店を回るというのは楽しい。
一人でも楽しめる男。これもある種のエコではなかろうか。
それでも、できればワイワイ騒いでいたかったものだ。それは一人ではできないことで。今日はこんな日になるはずじゃなかった。
「メイドカフェ……」
そんな単語が目に入り足を止めた。
メイドカフェじゃなくても、普通の喫茶店にすら入ったことがない。優雅にコーヒーブレイクする金があったら漫画の一冊でも買いたい。男子高校生の切実な叫びだ。
まあそんな叫びは友人がいればこそ。俺はそこそこ持ってる男だ。甘やかしてくれる親万歳。
誰かに合わせて「金がない」と口にする必要はない。ここは一人でしかできないことをやってみようではないか。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
可愛いメイドさんに笑顔でお出迎えされて、圧倒されてしまった。
想像の三割増しくらいメイド服がフリフリしていた。スカートの丈は短めで、ニーハイソックスにより絶対領域を生み出していた。極めつけに猫耳カチューシャ。完璧な装備である。
しかもメイドさん一人一人のレベルが高い。可愛い娘ばかりで緊張してしまう。男心は純情なのだ。
メイドさんに席へと案内される。白を基調としながらもパステルカラーが散りばめられた店内は、まるで夢の世界のようだと思わせた。
ふわふわした気分で着席する。案内してくれたメイドさんが何やら説明してくれる。店のルールや禁則事項っぽいが、緊張のしすぎか左から右へと素通りしてしまう。
ニッコリ笑顔のメイドさんに何かを渡される。どうやらメニュー表のようだ。気づいた時にはメイドさんがいなくなっていた。いや、俺がぼーっとしてただけだ。
「ふぅ……」
息を吐いて緊張をほぐす。
友人に裏切られ荒んだ心。その心を癒やすため全身全霊を込めてメイドさんに甘えるつもりだった。
はじめてのメイドカフェ。ただ席に案内されただけで意識を刈り取られた。なんたる破壊力か。
「メイドっていいなぁ……」
鼻の下が伸びていたことに気づき、慌てて表情を引き締める。ご主人様らしくあらねば。そう、ご主人様らしく!
「おかえりなさいませ、ご主人様……か。なんて良い響きなのだろう……」
表情を引き締めたところで、頭の中が切り替わったわけじゃない。
非現実的な空間に、非現実的なメイドさん。ご主人様と呼ばれ笑顔を向けられる。それだけでどれほど幸せになれることか。
正直、これほどの破壊力があるとは思っていなかった。右ストレートをもろにもらった気分。ノックアウトされるのって気持ちいいね。
メニュー表に視線を走らせる。なんだかファンシーなネーミングセンスのものが並んでいる。それがしっくりくるのだから素晴らしい空間である。
軽く食事でも……おっ、メイドさんとゲームができるのか。ふむふむ、写真をツーショットでとか……テレるなぁ。
ニヤけ顔を引っ込めて手を挙げる。
「すいませーん」
これで合ってる? 心配にしていたが、ツインテールのメイドさんがこっちに気づいてくれた。よかったー。
「はーい、お呼びですかご主人さ……ま?」
不自然に言葉が区切られた。
なぜかと思って顔を向ける。恥ずかしさを我慢し、メイドさんの顔をまじまじと見つめた。
「あ」
声が漏れる。意外な人物を前にして、あごがパカリと開いてしまったのだ。
「あ……あ、あの……」
亜麻色のツインテール。それとやや吊り目。猫耳がよく似合うメイドさんだ。
見覚えがある女の子。そりゃそうだ。彼女とは最近会ったばかりなのだから。
藤咲さんの妹。もう関わりがないだろうと思っていた後輩少女が、目の前でメイドをやっていた。