オリエンテーション合宿の当日。俺達は長い道のりをバスで進んでいた。
一泊二日の合宿だ。目的は集団行動を通じて協調性を高めることである。これによって新たな高校生活を適切に迎えるための手助けとなる、というような説明をしていた。
みんなまだまだクラスメートとの距離感を掴みかねている状態だ。この合宿を機に親睦を深めればと思う。
「トシナリトシナリ。あれ、あれを見て。なんだかすごく独特な形をしているの」
行きのバスではクリスが俺の隣の席に座っていた。窓にへばりつくようにして景色を眺めている彼女はなんとも楽しそうである。
日本語を話せるようになり、文化も勉強していたらしいのだが、実際に目にする本場の景色は違うようだ。何を見ても楽しそうに反応するクリスは微笑ましかった。
一度目は爺ちゃんの田舎、二度目はピアノコンクールの会場。その出会いがそのままクリスが日本を訪問した回数となる。
そして高校に進学して、またまた日本に訪れた。彼女にはまだまだ目新しいものはたくさんありそうだ。
宿泊施設に到着して荷物を下ろす。体操服に着替えて改めてクラスごとで集まった。
オリエンテーション合宿を行う場所は自然溢れる山の近くだった。場所を知った時、小学生時代の林間学校の記憶が呼び覚まされて、俺と瞳子は黙りこんでしまったものである。
「おおーっ! 女子の体操服姿が眩しいぜ!」
そういうこと大声で言うなよ。同じA組の下柳くんがはしゃいでいたので距離を取らせてもらった。
「それ、女子に聞こえたら大変やで。しもやんが嫌われたいっていうなら構わへんけど」
「やべー、口閉じとこ。助かったぜ一郎」
「まあ手遅れやとは思うんやけどね」
佐藤からあだ名で呼ばれているだと? 俺だって呼ばれたことないのに……。
下柳くんも佐藤のことを「一郎」って名前呼びだし。高校で始めて会ったはずなのに、なんで二人はあんなにも仲良しなんだ。
出席番号が近いからとよくしゃべっているのは見かけていたが。それにしても相性が良かったからかなんなのか。ちょっと仲良くなりすぎやしませんかね?
くっ、これじゃあ男子の友達ができていない俺がひがんでいるみたいではないか。決してそんなことはないぞ。佐藤に仲良しの友達ができた? けっこうではないか! 俺も高校での友達を早く作ってやるのだ! ……クリスは元から友達だったのでカウントされません。
女子も少しだけ男子に遅れてから全員集合した。
「これ、恥ずかしいわ……」
クリスが顔を赤らめる原因になっているのは着用した体操服にあった。
女子の体操服はブルマである。小学生の頃は何とも思わなかった子でも、高校生にもなれば足の付け根までさらされるブルマに恥ずかしさを覚えてしまう女子がいた。クリスに至ってはブルマを履くのは始めてのようだった。
彼女の日本人とはまた違った白い肌がさらされている。脚が長いこともあり、その美しいスタイルは目を惹いた。
クリスはシャツの裾でブルマを隠そうとしている。そんな姿が却って見つめてはいけない色気を発していて思わず目を逸らしてしまう。
「おおーっ!」と男子どもから何とも嬉しそうな声が広がった。こんな反応を見てしまうと葵と瞳子が心配である。二人は大丈夫だろうか。
それにしても恥ずかしがっているクリスが見ていられない。男子連中もあからさま過ぎる視線を向けるのがいけないのだが。
クリスへと集中している視線を塞ぐために体を割り込ませた。これまたあからさまにがっかりした空気を出してくる。気持ちはわからんでもないが、自重しろ男子!
「あ、ありがとうトシナリ」
これで少しは恥ずかしくなくなっただろうか。がんばれクリス、とアイコンタクトで伝える。今は恥ずかしいだろうからすぐに逸らしたけど。
「ルーカスさん、女子はこっちだから行こう」
「はい、わかったわ」
美穂ちゃんが気を利かせてクリスをつれて行ってくれた。あとは任せておこう。
クラス数が多いこともあって大きく二つに分かれることとなった。A組からE組までが山でウォークラリーを行い、F組からJ組までが施設のホールで説明会を受けるようだ。
ウォークラリーを行うとのことで各グループに別れた。男女別で五、六人のグループだ。
「なあなあ、高木って言ったよな。お前クリスティーナちゃんと仲良いみたいだけど、知り合いなわけ?」
ウォークラリー中、同じグループとなった下柳くんが話しかけてきた。ちなみに佐藤も同じグループである。
「うん、小学生の頃からの友達だよ」
「あんなかわいい子と友達になってるなんて運の良い奴め。クリスティーナちゃんもすげえ懐いてるしよ。なあ高木、俺と友達になろうぜ。高木といっしょにいればクリスティーナちゃんとお近付きになれそうだ」
うん、すごく素直な奴だな。
少しは言いたいところはあるのだが、俺にとってもクリスにとっても良い申し出なのかもしれなかった。お互いもっとほかのクラスメートとも交流を持った方がいいだろう。
「わかった。よろしくな下柳くん」
「くん付けとかいいって。好きに呼んでくれていいけど堅苦しいのはなしな」
カラカラと笑う彼はとても好青年に見えた。欲望が漏れているのを抜きにすれば良い奴なのかもしれない。
このグループで下柳は中心となっていた。盛り上げ役を任せてしまっている状態だ。そのおかげで他の男子とも仲良くできたと思う。
「でさ、入ったサッカー部には同じ一年に本郷って奴がいてよ。こいつが中学で全大優勝してMVPになったとかいうとんでもねえ選手なんだよ。もっと強豪校に行けただろうに、なんでうちに来たのかってみんな言ってるぜ」
「本郷くんは僕らと同じ中学やから知ってるで。昔からサッカーが上手かったんや」
「マジか!? どんな奴なんだ? 弱点とか教えてくれよ」
山道を歩き始めて一時間以上は経っているのに下柳は元気だな。ずっとしゃべりっぱなしだ。さすがは運動部といったところか。それにずっと付き合っている佐藤もわりと体力があるのだが。
チェックポイントを確認してコース地図と照らし合わせると、ゴールまでの道のりはまだ続いていそうだった。歩き通しで他の男子は疲れを見せている。
「下柳、少し休憩しないか?」
「休憩? いらないだろ。ゴールまでこのまま一気に行こうぜ」
俺の提案に下柳は首を横に振る。まあ運動部のお前は体力に余裕はあるんだろうけどさ。
グループのみんなと話してみたが、中学の時に運動部だったのは俺と下柳だけである。運動部じゃなかった佐藤は余裕を見せてはいるが、他の連中まで体力があるわけじゃない。
「せめて水分補給はしておこう。夏場じゃないからってこれだけ歩いていたら汗だってかいているだろうしさ」
「なんだよ。柔道部だったわりには軟弱だな」
む……。いや、下柳の言いたいことはわからなくもない。俺だって中学の柔道部の練習では途中で水分補給なんてさせてもらえなかったからな。
だからってそれをみんなに強制させなくてもいいと思うのだが。飲み物を持って行くのは許可されているし、もちろん飲んではいけないルールなんてない。
「俺は高木に賛成ー。ちょっと休もうぜ」
「僕も喉渇いたー。歩いてばっかりはしんどいって」
他の男子も賛同してくれた。佐藤も俺の意見に乗ってくれたので多数決で休憩することとなった。
「まったくしょうがねえ奴等だな。休憩がてら俺がためになる話をしてやろう」
休憩中でも元気だな。その間に俺も水分補給させてもらう。運動部だからこそ大事なことなのだ。
男子でも疲労の色を見せるウォークラリー。こういう体力のいるイベントで毎回心配になってしまうのが葵のことである。
結局中学時代も葵の体力が向上することはなかったからなぁ。こればっかりは本人も諦め気味だし、彼女には体力がなくても得意なことがたくさんあるから俺も別にいいかと思っている。
でも、学校生活ではこういった強制参加イベントがある。無事にゴールできるといいんだけど。
「それでだな、我らがA組にはクリスティーナちゃんが目立ってはいるのだが、他にもかわいい女子がいるわけよ。俺のおすすめは望月ちゃんだ。守ってやりたいオーラが半端じゃないぜ。あとは見た目だけなら赤城ちゃんかな。俺はああいう何考えてるかわかんねえ無口系とは合う気はしないけどな」
それにしても下柳のためになる話って女子のことかい。まあ思春期真っ只中な高校男子にはためにはなるのかな? みんな興味津々に聞いているし。
「あっ、男子だー。ねえねえ、チェックポイント行けた?」
下柳の話が途切れるタイミングを待っていると、クラスの女子グループに追いつかれた。思った以上に休憩していたようだ。
「チェックポイントは見逃していないぜ。見せてみ? 教えてやるからよ」
嬉しそうだな下柳。女子とお近付きになりたい彼からすればいい休憩になったのかもしれない。
ウォークラリーが終われば今度は説明会だ。学生としての心がけやら、我が校の理念やらというありがたいお言葉をけっこう長い時間に亘って聞かされた。運動後とあって、大半の生徒がぐったりしていたというのは、きっと気づいてはいないんだろうなぁ。
最後は校歌の練習をして終了となった。時間があるからって何回も練習した。なんだかウォークラリーよりも疲れた気がする。
日も暮れてきて夕食の時間となった。
クラスごととはいえ、男女別々の席である。ウォークラリーでいっしょだったのか、クリスは美穂ちゃんと楽しげにおしゃべりしていた。美穂ちゃんはほとんど聞き手になっていたように見えたけれども。
「ここの飯は美味いな!」
「しもやん零しとるで。服についとる」
「うわっ! やべーシミになっちまう!」
食事時でも騒がしい。でも騒がしい方がみんなしゃべりやすくなるのかも。実際、あちらこちらで楽しそうな笑い声が聞こえている。
俺も同じテーブルのクラスメートと会話した。部活や中学でのあるある話をして盛り上がった。
ちょっと不安があったものの、俺もクラスに馴染んでいけそうで安心した。もしかしたらこういう感情はみんないっしょなのかもな。
夕食が終われば入浴の時間である。それも終われば肝試しの時間だ。
クラス数が多いので、肝試しは五つのコースに分かれることとなっている。俺達A組はB組といっしょに五つ分かれたうちの一つのスタート地点に集まった。
「これからくじ引きをして男女のペアを作ってもらう。二人きりになるからといって男子は変なこと考えるなよ。紳士であるようにな。先生との約束だ」
鮫島先生が肝試しのルールを説明してくれた。
男女のペアで決められた道を進む。折り返し地点に先生がいるのでチェックをしてもらい、帰ってくるといったものだ。
一本道ではあるし、とくに脅かし役なんかもいなさそうだ。夜にみんなで楽しむというのが重要なのだろう。
「次は高木だな。ほれ、早くくじを引け」
「はい」
くじを引くと十四という数字が書かれていた。同じ番号の女子とペアになるのだ。
「十四番の人誰だー?」
みんながくじを引き終わったので聞いて回る。俺の声に反応して、一人の女の子が手を上げた。
「はいはーい。十四番は僕ですよー」
近づいてきた女子はぴしっとかわいらしく敬礼をした。
「望月梨菜です! 高木くん……ですよね? お相手よろしくお願いします!」
あどけない笑顔を向けてくるのは、下柳がかわいいと推していた望月さんだった。