小学校を卒業し、中学校も卒業した。現在の高校に入学するまでに俺の予測していなかった変化が起こっていたりする。
逆行したこともあっておぼろげながらも未来を知ってはいたのだが、その未来が俺の知識とかい離してきているのだ。
それは葵と瞳子の変化、もあるのだけど、それ以上に大きな食い違いが起こっている。
例えば葵のお父さん。俺達が中学生の時に経営している企業が大躍進した。
それに伴って宮坂家はかなり裕福な家庭となった。大きな家に引っ越すかという話がちょっとだけ出たらしいのだが、葵が猛反対してその話はすぐに立ち消えた。あくまでそうできるだけの余裕ができたという話である。
「小さい頃から俊成くんが葵を支えてくれたから安心して仕事に集中できたんだ。君には本当に感謝している」
誰が見ても成功者となった葵のお父さんにそんなことを言われるとかしこまってしまう。結果を出したのはおじさんなんだから俺に感謝だなんて何もないでしょうに。
そんなこんなでダンディーな社長は今も成功者であり続けている。葵も立派な社長令嬢となったのだ。
ただ、目立ってきた企業は葵のお父さんのものだけではなかった。
俺の記憶にない会社が有名企業へとなったものがいくつかあった。わかりやすく表れたのはテレビのCMである。一つや二つなら「こんなのもあったかな?」で済ませられるのだが、何度も続くとさすがに記憶との食い違いに気づく。
こうなってくると少しだけ期待していた株で稼ぐなんてやり方はリスキーに思える。すべてが前世とは違うわけではないが、どう変化していくのかは読めなくなっていた。
生活に影響が出るわけじゃないが、知っている世の中がかい離するというのは不安にもなる。どんな状況になっても対応できる力を養うためにも、前世というアドバンテージに頼り過ぎるのはよくないのだろうが、変化の理由が知りたいとは思ってしまう。
なぜこんなにも変わってきたのだろうか? バタフライエフェクトというには俺の影響力なんてそこまでではないと思うんだけどな。
しかし、葵と瞳子の未来を変えてしまったことには違いない。これだけは責任を持って認めている。認めるも何も俺が変えようとして変えたのだから。
二人が前世でどんな未来を辿っていたのかは知らない。知りようがないし、今さらそれを考えたって仕方がない。
前世よりも幸福に、なんて比べようがないことは言わない。今は葵と瞳子を大切にしていければいい。難しく考えずにそう思うことにしている。
ただまあ、そのためにはこれからどうしていくかを考えないといけないわけで。
高校生にもなれば具体的な進路を考えなければならない。というか前世を経験しておきながらまだ決まりきっていないのかと自分に突っ込みを入れたくなってしまう。
ここらで自分の能力についておさらいでもしようか。
まずは学業。小学生時代はトップを走り続けていた俺だったが、中学ではテストの点数は高得点でありながらもトップではなくなっていた。そういえば前世では中学で躓いた部分が多かった気がする。
それでもけっこうがんばったんだけどな。成績は上がっているわけで。トップであり続けるなんて本当に大変なんだなと実感させられた。
次に運動面。前世では中学くらいから不良になる子が出始めるとわかっていたのもあって、武道を学びたかった俺は柔道部に入部した。中学ではそういう部活は柔道と剣道しかなかったので、素手でできる柔道部を選んだのだ。
自分の身を守る以上に葵と瞳子を守りたかった。とはいえ腕っ節にものを言わせてやろうだなんて思ったわけじゃない。だが俺が強いとわかっていれば、そう簡単にケンカをふっかけられることはないだろう。
小学生の時に走り込みや水泳をやっていたのもあり、最初から基礎体力はついていた。早い段階から技を教わったりして随分としごかれたものだ。
あまりのしごかれっぷりに、それをやり遂げた俺に対して先輩方から賞賛された。柔道部の先輩方に気に入れられたからこそ、俺にケンカを売ってくる者は少なかったのだろう。
そんなこともあって強くなった自信はあるのだけど、全国の広さも知ってしまうと俺もまだまだなのだと思えてしまう。
ならばと、勉強や運動以外で何か得意なことはないだろうかと考える。
これまでに葵と瞳子といっしょにいろいろなことを経験してきた。前世よりも確かにできることは増えている。
例えば瞳子のお父さんから整体を習っていたりする。
おじさんはいくつか店を持っており、けっこうな売れっ子整体師だったりするのだ。俺も柔道で悪くしてしまった体を治してもらったものである。
実際に体験してみるとこんなにも効果があるのかと驚いたものだ。そのこともあって興味を持った俺は、瞳子のお父さんに整体を教えてもらえないかと頼み込んだのだ。
最初は渋い顔をされたものだったのだが、何度も頼んでいると根負けしたように了承してくれた。
「ただし時間が空いた時だけだからな。それと途中でやっぱりやめたなんてのは許さないぞ」
「もちろんです」と頷いた俺はおじさんからご教授してもらえることとなった。
そんな俺を見てか、葵と瞳子もいっしょに整体を習うようになった。おじさんにとっては愛娘との時間が作れたようでかなりご満悦だったようだ。
時間があれば三人で施術し合ったりしている。これは今でも続けてやっていることだ。
整体師は将来への選択肢の一つになっているのかもしれない。やってみると奥が深い。教えてもらい始めてから二年近くになるけど、俺の腕はまだまだ未熟だろう。
「俊成くんは自分の会社を持ってみたいとは思わないか?」
そういえば葵のお父さんからこんなことを言われたことがあったか。自分が成功者だからって俺もそうなるとは限らないと思うんだけどね。
だけど、おじさんのように思い切って大きなことに挑戦するのにも興味がある。そのためには勇気と自信が必要だろうか。おぼろげな前世知識だけで上手くいくものでもないだろうしね。
「どんな仕事にも意味はある。だから俊成がどんな道に進もうとも、父さんは応援するよ」
将来のことで悩んでいる時、父さんの言葉には気持ちを楽にさせてもらったものだ。サラリーマンとしてしっかりと働く父親の姿は、大黒柱としての信頼感があった。俺の父さんって立派な人なんだって、今は胸を張って断言できる。
いろいろと考えていると、俺にはまだまだたくさんの道があるんだなって思わされる。いや、まだ道が残っているのは、俺がこれまでがんばってきた証拠でもあるのかな。なんて、少しだけ自信にしてみたり。
未来のために。そのためにこの高校生活は大事な時期だ。よく考え、積極的に行動し、将来を見定めていくのだ。
そうしていきながら、葵と瞳子のことをしっかり考えよう。ちゃんとした答えを伝えられるように、俺にはぐうたらしている暇なんてないのだ。
※ ※ ※
放課後、俺の部屋で葵が真面目そうな顔を作っていた。瞳子はそれに追随するように並んでいる。
「これから持ち物検査をします。トシくんは速やかに鞄を出してください」
「忘れ物はないでしょうね? 余計な物が入ってないかもチェックしてあげるわ」
葵と瞳子は嬉々として俺の鞄の中身を確認する。本当に楽しそうだなぁ。
さて、高校に入学して最初の大きなイベントであるオリエンテーション合宿を明日に控えていた。
一泊二日だけではあるが、まだ馴染みのない同級生が多い中で行われる行事だ。逆を言えばクラスメートと仲良くできるチャンスでもある。
学習内容もあるにはあるが、一番は学校生活に馴染めるようにと考えられているようだ。ウォークラリーや肝試しだなんてのが入ってるし。なんか遊び心が多めに感じるのは気のせいかな。
「葵と瞳子はクラスで新しい友達とかできたか?」
「私は真奈美ちゃんといっしょに六人グループを作ったよ。もちろん女子だけでね」
「あたしも葵と似たようなものね。席が近い子が良い子ばっかりだったからすぐに友達になってくれたわ」
二人とも順調だな。葵も瞳子も友人を大切にするタイプだから、そういうところがなんとなくでも伝わっているのかもしれない。
俺達は別々のクラスになったこともあり、まず高校生活に慣れるためにそれぞれのクラスに馴染むようにしていくと決めていた。と言っても登下校は相変わらず三人いっしょではある。
「トシくんはどう?」
「んー……」
そりゃ聞き返されるよね。俺は言いづらくてなかなか口を開けなかった。
でもこのくらいのことでは隠しごとにもならない。素直に話すことにした。
「しゃべるのはクリスばっかりとかな。休み時間になる度に俺の席にくるからさ。だからあんまり他の人とは話せてないんだ」
目を輝かせてやって来るクリスを拒めるはずもない。他のクラスメート達も彼女と話したそうにしているのがわかるだけになんだか申し訳なかった。
「クリスちゃんもトシくんといっぱいおしゃべりがしたいんだね。トシくんのおかげで日本が好きになったって言っていたし、その気持ちはわかるなー」
それは光栄ではあるんだけど、まさか同じ学校に通うことになるとは思いもしなかった。まあ元々クリスの父親が仕事でしばらく日本で生活すると決まっていたらしいのだが、クリスには父親について行かずに本国に残るという選択肢もあったのだ。むしろ彼女は「わたしも日本に住んでみたい!」と喜んでいたようだった。
「そうして偶然の再会か……。まさに運命ね」
瞳子? その目はなんでしょうか?
じーっと見つめてくる瞳子の視線が突き刺さる。彼女の綺麗なブルーアイズに見惚れてしまい、気づけば顔を近づけていた。
「と、俊成?」
「今日はまだキスしてないから」
魅惑的な瞳子が悪いんだ。彼女の肩を抱いて引き寄せる。為すがままになっている瞳子は覚悟したようだ。
瞳子の顎を持ち上げ唇を重ねる。高揚し過ぎて荒々しくならないうちに顔を離した。
顔を離せば切なそうな表情をしている瞳子。二度三度と、いやもっとしろと本能が訴えかけてくる。理性よがんばってくれ。
「……見せつけてくれちゃって」
葵が頬を膨らませる。大人っぽく成長した彼女だけれど、こうしてふとした時には子供らしさが顔を出す。
そんな彼女が愛おしくて、高ぶった気持ちのまま抱きしめた。
「ん、トシくん……」
耳元での声がこそばゆい。俺の理性を溶かそうとしているのかと勘繰ってしまう。
柔らかくて細い感触だ。力いっぱい抱きしめると折れてしまうんじゃないかって心配になってしまう。
「トシくんの体って硬いね。男の子って感じ」
「痛いか?」
「ううん、大好き」
俺は葵にキスをした。互いが気持ち良くなっているのがわかるキスだった。
心臓が早鐘を打つかのようだ。頭がぼーっとしてしまいそうになる。
俺はゆっくりと葵から離れた。深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「ねえトシくん。キスは一日一回までっていうの。いつでもなしにしていいんだからね?」
葵の言葉に、俺は曖昧に頷くだけだった。
「わかってるつもりだから決めたルールは守るけど、不満はあるんだからね。瞳子ちゃんだって私と同じ想いなんだから。ね、瞳子ちゃん?」
「えっ!? う、うん……、そうねっ」
ちょっと反応が悪かった瞳子を見ると、白い肌を紅潮させていた。どうやら葵とのキスを見てドキドキさせてしまったらしい。
「ま、まあそれはおいおい考えるとして。荷物検査はもう終わりでいいの?」
露骨に話を逸らしているのを自覚しながらもそんなことを口にした。
「忘れ物はなかったから大丈夫よ」
瞳子からオーケーが出た。確認してもらえると俺も安心して明日を迎えられる。
「トシくんは私達の荷物検査したい?」
「二人で確認し合ったりしてるんだろ? 俺がわざわざ見るのもな」
それに泊まりなんだから下着とか入っているでしょうに。あれ? もしかして俺の荷物、下着もチェックされたのかな? いやいや、中身が見えないように袋に入れてたから大丈夫だろ。まさかわざわざ出して確認なんかはしないだろう。……してないよね?
「それは残念。じゃあ明日は早起きしなきゃだからもう帰るね」
「ならあたしも帰ろうかしら。俊成、今日は夜更かしせずに早く寝るのよ」
「俺は子供か。まあ言う通り早く寝るよ」
「ふふっ、よろしい」
瞳子が微笑むと俺の頬も緩む。葵も楽しそうな笑顔を見せていた。
二人を家まで送り届ける。明日からオリエンテーション合宿だ。どんなものになるだろうかとワクワクしながら帰路についた。