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第18話 トーナメント前日

 剣がぶつかり合う音が鍛錬場に響く。

 王国騎士団の精鋭、メンシスの騎士たちは最後の練習日を迎えていた。


「ずいぶんと技の応用が効くようになりましたが、どこでそのような闘い方を?」


 セオドアの剣がアリシアに迫る。身軽な動きでそれをかわし、鋭い突きをカウンターでくらわそうとすれば、すんでのところで避けられる。


「あ、えーと……自分なりに考えてみた結果、というか」


「……そうですか」


 最終戦の予行練習として、アリシアはセオドアと模擬戦を繰り返していた。

 バーベナの夜間の指導もあって、彼とも互角に迫るほどに戦えるようになってきている。初めは赤子の手をひねるように負けていたことを考えると、この短期間で大きく成長しているのは間違いない。


 アリシアは一瞬の隙をつき、剣の切先で巻き込むようにしてセオドアの剣を跳ね飛ばす。副団長である彼の剣が飛んでいくのを見た騎士たちからは、歓声が上がった。


「さすがは王子」


「最終戦の試合も楽しみにしています!」


 そう憧れの目で見つめられると、少しむず痒い。互いに礼をして模擬戦を終えれば、黒い鎧を着たセオドアが近づいてくる。


 彼は少し屈むと、周りに聞こえないような声でアリシアに話しかけた。


「少々王子の剣としては荒っぽいですが。このレベルなら最終戦での『演技』も観客の目に耐えうるものになるでしょう」


「そうか! それならよかった。セオドア、ありがとうね。君の指導のおかげだよ」


 にっこりと笑いかければ、セオドアは微妙な顔をして首を傾げる。以前部屋にトーナメントの件を知らせに来た時もそうだったが、何かを疑われているような気がする。こちらの事情は彼に共有されているはずなので、疑われるようなことは何もないはずなのだが。


「でもセオドア、もしも、万が一君が負けたりしたら」


「王子はずいぶんと私を侮っておいでだ。ロベリアの騎士など問題になりません。事前に出場者についてはレベルも把握しています。全員蹴散らしてお見せましょう」


 セオドアは胸に手を当て、口元だけでにこりと笑う。いつも仏頂面なので、こういう顔を見たのは初めてだった。

 自分のこれまでの努力が彼にも認められたのかと思うと、心に温かいものが広がっていくのを感じる。


「ただひとつ心配事、というか、確認をしておきたいことが」


 彼はそう言うとアリシアの腕を掴み、鍛錬場の人気のない方へと誘導してく。他の騎士が豆粒のようになったところで、セオドアは片手でアリシアの顎をくいと持ち上げ、顔をまじまじと見つめた。


 ——え。何?


 セオドアがなぜこんなことをするのか理解ができず、アリシアは固まる。


「まさかとは思いますが、あなた、もしかして……」


「ねえ、黒い鎧のあなた、離れてくださる?」


 ハスキーな女性の声が聞こえてアリシアは驚く。いつの間にか観覧席で見学していたバーベナが、鍛錬場に降りてきていたのだ。今日は髪色に合わせた銀色のドレスを着ている。散りばめられた七色に輝く鱗のような装飾が、太陽の光を浴びて輝いていた。


「バーベナ姫様。突然こんな場所へ降りて来られては困ります。怪我をされてしまいますよ」


 セオドアにそう警告されたバーベナだが、表情は険しく。腕を組み彼を睨んでいる。


「私の婚約者から手を離してくださいます?」


 そう言うなりバーベナは、アリシアをセオドアから引き剥がし、自分の腕の中に抱え込んだ。


「ちょ、ちょっとバーベナ姫……」


 アリシアの抗議の声などまったく聞かず。バーベナは相変わらずセオドアを睨みつけている。


「アラン王子は手に怪我を負っておいでです。私が手当をしますので、あなたは稽古に戻っていてくださいませ」


 セオドアはしばし押し黙っていたが、胸に手を置くと、「仰せのままに」と言ってこの場を離れていった。

 呆然とセオドアの背中を見守っていたアリシアだったが。慌ててバーベナから離れ、彼の方を向く。


「なに? 突然どうしたの? 私怪我なんかしてないよ?」


 不機嫌を前面に押し出したような顔で、バーベナはアリシアに鋭い眼差しを向けた。


「あいつはあんたが女ってこと知ってんの?」


「知ってる……と思うけど。私の事情については、共有されてるって聞いてるし」


「知っててのあの態度なんだ」


 そう言ってバーベナは、両手でパチンとアリシアの頬を挟む。


「いひゃ!」


「あんたさあ、隙ありすぎ。もうちょっと気をつけなよ! あんたは俺の婚約者なんだからな! 他の男に触らせんな!」


「えええ?」


 陽気で人懐っこいバーベナは、自分を仲間と認識していても、異性としては意識していないと思っていた。たとえ仲良し作戦のために触れ合う機会は多いとしても、そんなのはバーベナにとって朝飯前で、女性となら誰とでもできることだと。


 ——もしかして、これってヤキモチ?


 そう思ったら、ブワッと頬に熱が宿った。

 これを嬉しいと思えるのは、自分が彼を好きになり始めているからなのだろうか。





 ——身代わり王子が、女……?


 バーベナにその場を追い出されるように出てきたセオドアだったが。二人の様子が気になり、隠れて会話を盗み聞いていた。


 自分が意図的に知らされていなかった事実に困惑し、彼はしばらく、その場を動けないでいた。


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