燦々と陽が注ぐバラ園には、白やピンク、黄色といった色とりどりの花弁を広げたバラたちが咲き誇っている。バーベナ姫がくつろげる場所を、と、今回の婚約に際し新たに設られた場所だ。
真新しい白いガゼボの下にはガラスのテーブルが置かれていて、華奢な作りの陶器のティーカップが置かれている。菓子と紅茶を運んできた給仕のメイドが下がると、ゆったりとした動きでバーベナがカップを手に取った。
どこをとっても文句のつけようがない姫っぷりに、アリシアは思わずため息を漏らした。
「君が姫で良かったよ」
「どういう意味ですの?」
「なんでもない」
そう返せば、「彼」は怪訝な顔をする。
もしも自分が姫役だったなら、こんなふうに完璧に姫役を演じられなかっただろうと思う。
そういう意味では、「王子」という役回りで正解だった。
アリシアは少し身をかがめ、辺りを伺うと、声のトーンを落としながらバーベナに話しかける。
「で、どうするの? 仲良し作戦第二段階って」
「は? え、もしかしてあんたどうするか何も考えてなかったわけ?」
バーベナは切れ長の瞳を見開き、困った顔をする。
「え?」
「マジかよー、全部俺任せかよー。あんたいくつだよ」
「二十歳だけど」
彼はため息をつくと、カップを元の位置に戻しながらアリシアを睨む。
「だったら男と交際した経験くらいあるだろ?」
「……ない」
「……は?」
「まったくない」
「男から口説かれたこととかは?」
「ない」
バーベナは可哀想なものを見るような目でこちらをみる。
「哀れみの視線を向けないでよ」
「いや、失礼。そうかぁ、まいったなあ。こういうの普通は男から仕掛けるもんだろ。女からあんまり積極的に行くっていうのもなあ。俺、今姫だしなあ」
途方に暮れた様子のバーベナだったが。目を瞑り、小さく唸った後。決意を込めた瞳をこちらに向ける。
「よし、仕方ねえ。俺がリードしてやるから、お前、俺のいう通りにしろ。言われたことをそのままやるくらいできんだろ?」
「う、うん。頑張る……!」
「じゃ、行くぞ」
「どんとこい」
「色気ねえなあ」
優雅に笑うバーベナを観察していると、彼はテーブルの下から手を伸ばしてきた。
「ほれ、にぎれ」
言われたままに、彼の手を掴む。意外とゴツい。いつもレースの手袋をしているのは、このごつさを隠すためだったのだと気づく。そのままにぎにぎして、顔を上げれば、眉根を寄せたバーベナの視線とぶつかった。
「おい」
「え?」
「なんだよそれ、俺の手は剣の柄じゃねえぞ。はぁー、もう。しゃーねえなあ」
バーベナの指先が動く。彼の手は拘束を逃れると、アリシアの手の甲をするりと撫でた。
思わず声をあげそうになったのを、なんとか堪える。
——なんか、触り方がいやらしい!!
繰り返し撫でられていると、体の芯が暑くなる。顔が火照り、今にも逃げ出したい心持ちになる。指先でくすぐるように撫で回されると、くすぐったいような、気持ちいいような変な感覚に陥った。
バーベナはくすりと笑ったかと思うと、撫でるのをやめ、アリシアの手を包む。彼の手は自分よりもだいぶ大きかった。ドキドキを誤魔化すためにギュッと目を瞑り、唇を噛み締める。
「どんな感じ?」
かけられた言葉にさえ、びくりと体が反応してしまう。こんなことは初めてで、返答しようにもどう返したらいいかわからない。
「な、な、なんか……すごい、変な感じ」
温めるように手を包み込んでいたバーベナの掌が、また動く。
アリシアの指の間に彼の指がゆっくりと差し込まれる瞬間、バーベナがアリシアの耳もとに唇を寄せた。
「これは、どう?」
「ひゃあっ!」
もう限界だった。心臓はバクバクするし、目は涙目だし、顔は発火しそうなほどに熱い。
咄嗟に体は離してしまったが、なんとか手は離さずに堪えた。
——あ、危なかったあ。これで手まで離しちゃったら、拒否したみたいに見えちゃってたよね?
アランとバーベナの関係良化は、両国の和平へに向けた架け橋。結論、こうした逢瀬のたび、メイドや執事を通して王族貴族の耳目がある。ときには通りかかった王が直接覗き見ていることも。特に仲良し作戦が功を奏してからは、監視の目が増えているような気がする。
息が上がって、鏡を見なくても自分の頬が上気しているのがわかった。バーベナの表情を伺うように、節目がちに様子を見てみる。呆れているだろうか。せっかくリードしてくれていたのに、雰囲気を壊してしまって。
——ん? あれ?
てっきり呆れ顔をしていると思ったのに。彼の頬は赤く染まり、困った顔をしていた。
「お前さあ……何今の反応。可愛すぎるでしょ」
「はえ?」
ぐい、と繋いだままの手を引かれる。
気づけばバーベナの銀色の髪が、すぐそばまで来ていた。彼が、アリシアの肩に頭を寄せたのだ。
「ちょっとからかってやるつもりだったのに。歯止めがきかなくなっちゃうじゃん」
拗ねたようにそう言われ、アリシアは首を傾げる。
「……? どういう意味?」
「黙れポンコツ王子」
「ひどっ」
そのあとは二人とも終始無言で。身を寄せ合った格好のまま、なんともいえない生暖かい空気の中、ティータイムを終えたのだった。