氷のような態度から一変。公の場での「バーベナ姫」の態度は軟化した。「アラン王子」は反ロベリア、バーベナ姫にも敵意剥き出しで来るだろうと依頼主に言われていたこともあり、彼は本物のバーベナ姫に似せた演技をしつつ、アリシアとは付かず離れずの距離を保っていたらしい。
「いきなり仲良くなっても怪しいからさ、とりあえずまともに会話するところから始めようぜ」というバーベナの意見を採用し、テラスのティータイムでたあいない会話をしてみたり、王子が王宮を案内するていで会話を楽しみながら城内を回ってみたりと、「仲良しアピール」を繰り広げてみている。
この取り組みのおかげか、事情を知るグラジオの人間たちはアリシアに対する態度を改め始めた。未だメンシスのセオドアには仏頂面を向けられているものの、嫌味を言われることは減ったし、王も満足顔をしている。
興味津々で事情を聞いてきたノアについては、思い切り張り倒してやった。
今日もテラスでのティータイムに彼を誘いに、アリシアはバーベナの部屋を訪れていた。彼はソファーにリラックスした様子で座っている。
黒いワンピースに身を包んだ彼付きのメイドが、あくびをするバーベナの髪を結っていた。いくらなんでも気を緩めすぎではないだろうか。
「そういや紹介が遅れてたな。こいつはガーネット、ロベリアのスピネル商会の娘で俺専任の侍女だ。商会としては国で二番目におっきいとこかな。で、察してると思うけどバーベナの身代わりの件についてはこいつも知ってる」
ガーネットはおとなしそうな娘だった。男らしい態度に変わったバーベナと見比べると、ガーネットの方が深窓の姫という表現が似合う。
アリシアはじっと、見た目だけはバーベナの皮をかぶったキリヤを観察する。
なんというか、落差が激しい。
この間正体がバレた時は執事姿だったが、今は美しい姫の姿。あの高嶺の花を絵に描いたようなバーベナが、男声丸出しで、股をガッと開いて座っているのをみると、不自然極まりない。
——この人。身のこなしは貴族みたいだけど、どう考えても平民だよね。他の貴族にこんな喋り方する人いなかったし。
ガーネットに部屋を出るようバーベナが言いつける。バーベナの身支度をしているときや、お茶の給仕をしてもらっているときは部屋の中にいるが、それが終われば彼女には退出を命じている。
アリシアの「身代わり王子」の件は、彼以外には秘密。バーベナ姫付きの侍女であろうと、知られるわけにはいかない。秘密は自分の中に留めると、バーベナは誓ってくれている。
「いやーあんたが話のわかるやつでよかったわ。俺とあんたは仲睦まじい方が黒幕も刺激できんだろ? 戦争支持派の本物の王子だったら、絶対に仲良くなんかしてくれなかっただろうからなぁ。最悪俺、王子にぶっ殺されんじゃねえかなってグラジオに来る前ヒヤヒヤしてたもん」
「まあ、王子の性格を聞く限りそうだろうね……」
ロベリアの赤い旗を毛嫌いし、アラン王子は身につけるものから徹底的に赤を排除していたらしい。公の場でのロベリア蔑視発言も多く、グラジオ王族たちはなんとか結婚を取り付けたものの、戦々恐々としながら準備を進めていたそうだ。
「しかし単調な会話にも飽きてきたな。そろそろ『仲良し作戦』第二段階に進めるか。ちゃんと付き合えよ? ヘタクソ役者」
「下手くそは余計だよ。わかった、頑張ってみる」
そう言ってアリシアが手を差し出せば、花から飛び立つ蝶のように、ゆったりとした動きでバーベナは自分の手を乗せる。
「うわあ、男だと知ってみるとすごい違和感」
「うるせえな。ほれ、こっから出たら俺は姫、あんたは王子だ。しゃんとしろよ!」
「わかったよ」
あんなにこの人の前で緊張していたのに。今は港町の仕事仲間の男どもと変わらぬ気やすさで接せられることがちょっぴり嬉しい。まだまだ信用できない部分もあるが、このとんでもない運命をともに歩む同志ができたことに、アリシアは心強さを感じていた——のだが。
彼の言う「仲良し作戦」第二段階は、心は乙女なアリシアにとって少々刺激の強いものであることを、彼女はこの時知るよしもなかった。