「まったく関心を持ってくれない!」
あれからバーベナと接触する機会は何度かあった。だがしかし、まったく親しくなれる気配がない。
手始めにガーデンテラスでのお茶に誘ってみれば、応じてはくれたものの、向こうからの会話は一切なし。こちらが話しかけても、「はい」「そうですね」の二パターンしか返答をしてもらえない。
一応毎日夕食はともに摂ることになっているものの、それも会話なし。
隙が一切ないバーベナ姫に、アリシアは心が折れかけていた。
「今日はバーベナ姫が騎士団の稽古を見学にいらっしゃいます。かっこいいところを見せるチャンスですよ」
イブにそう励まされ、背中を押されながら部屋を出される。鍛錬場に向かえば、すでにメンシスの騎士たちが稽古を始めていた。アラン王子に扮したアリシアの姿を認めると、彼らは稽古の手を止め、皆一様に胸に手を当て、最敬礼をする。
おずおずと挨拶を返せば、一人の騎士がアリシアの前に進み出た。
「アラン王子! お手合わせをお願いします!」
「あ、はい!」
「……? よろしくお願いします!」
声をかけられて咄嗟に反応してしまい、うっかり素が出てしまった。相手の騎士は不思議そうな顔をしながらも、剣を構える。慌てて威厳たっぷりの表情を作り、腰に携えた剣を鞘から抜いて、アリシアは相手の剣に剣先を重ねた。
「はじめ!」
勢いよく向かって来る剣士の攻撃を、足を使ってかわしていく。さすが精鋭部隊ということもあって、ノアなど問題にならないほどに強い。ここに来てから二度ほど稽古には参加しているが、全力を出しつつも、本気を出していないふうに装うのはなかなか大変である。
——そもそも、町娘に王国最強の剣士の真似事をしろっていうのが無理な話なんだから!
王子としての体面を保つには、騎士たちに対して普段とかわらぬ王子の強さを見せておかねばならない。彼らには王子が失踪したことは知らされていない。ここしばらく公に姿を見せなかったのは、流行風邪で寝込んでいたからということになっている。
激しくぶつかり合う金属音が響く中、突如、鍛錬場にざわめきが広がる。
「バーベナ姫だ……!」
騎士の一人がそう呟いたのが耳に入る。一瞬そちらに気を取られて、反応が遅れた。
——あ、やば。当たる!
相手の剣が目前に迫っていた。今からでは薙ぎ払うことも、横に避けることもできない。迫り来る剣撃に、痛みを覚悟したのだが。相手の剣はアリシアの脳天を直撃することなく、空中で静止した。
「そこまで! キース。バーベナ姫のお出ましだ。挨拶に行くぞ。アラン王子、どうぞお先に姫のもとへ」
黒い鎧を纏った長身の騎士がキースの腕を捕まえていた。
彼はメンシスの副団長、セオドア。白に近い金色の短髪に、緑色の瞳が印象的な彼は、王子がいない今、メンシスの統括を任されている。
そしてセオドアは、アリシアの正体を知る人物の一人でもあった。
——助かった。
「ありがとう、セオドア」
冷や汗を拭い、セオドアに愛想笑いをする。すでに何度も似たような場面を救ってもらっていた。セオドアなしでは王子業は成り立たないと言っても過言ではない。彼の横を抜け、バーベナ姫を視線で探せば、彼女は侍女と共に鍛錬場の観覧席にいた。今日は白いレースのつば広帽をかぶり、ペールイエローのドレスを着ている。
「バーベナ姫。お越しくださり嬉しく存じます」
凛々しい顔を意識しつつ、レースの手袋をはめた彼女の手を取り、口付けをしようとすれば、パッと手を退けられた。
——えっ、あれ。私手順間違えた?!
この辺りは教育担当の教師にしっかり教えられたはずなので、間違っていはいないと思うのだが。
「……鍛錬がどんなものかは分かりましたので。私はこれで」
「え、あの……姫……」
輝くような銀色の髪を翻し、バーベナは戸惑う侍女を連れてどんどん出口の方へと向かっていく。
「なんだよありゃ。王子が譲歩してやりゃ調子に乗りやがって」
「自分が人質だってこと、分かってないのかねえ」
「気位ばっかり高い蛮国の姫はこれだから。あんなのの血をグラジオ王家に入れるくらいなら、征服しちまえばいいんだ、ロベリアなんて」
騎士たちが口々にバーベナを非難する言葉を口にする。本来王族の妃の悪口など、表立って言えば死罪だが。堂々と口にできるということは、対ロベリア関連に対しては、きっと王子がそれを容認してきたのだろう。
——こりゃまずい。私がなんとかうまくやらないと、ロベリアへの反意が高まっちゃう。せっかくの和平のための結婚なのに。
「仮にも王子のお相手に対して、そういった口の聞き方をするということは。処罰される覚悟があるということだな? さっさと稽古に戻れ! モタモタするやつは端から鍛え直すぞ!」
アリシアのすぐ後ろにいたセオドアが、そう声を張り上げた。空気がビリビリと震えるような怒気を孕んだ言い様に、騎士たちは慌てて鍛錬場の中央へと戻っていく。
自分より頭ひとつ分おおきい副団長を見上げながら、アリシアは申し訳なさげに眉を下げた。
「ごめん、セオドア。嫌な役をやらせて」
「ロベリア嫌いの王子が注意するのはおかしいでしょう。これはもともと私の役目です」
ぎろり、と碧眼がこちらを向く。身の毛のよだつような圧に押され、アリシアは一歩後ずさる。
「剣の腕もそこそこ、女性の扱いもままならない、機転も効かない」
鋭さを増した眼差しが、眉間に寄った皺が、アリシアへの侮蔑を表していた。
「やはり姿形が似ているだけの庶民ができる役目ではありません。怪我をする前に逃げた方か良いのでは?」
他の騎士たちには聞こえないようにそう言い放ったセオドアは、鍛錬場へと戻っていく。
「な、なんなの! こっちだってねえ、好きでこんな役目やってるわけじゃないんだから!」
腹立たしい。なんで自分がこんなことを言われねばならないのか。
アリシアは口をギュッとひき結び、バーベナを追うふりをしてその場を離れたのだった。