「ノア、ちょっと待ちなさいよ!」
王が退出するや否や、何食わぬ顔で謁見の間を出て行こうとしたノアの首根っこを勢いよく掴む。
「お、どうした?」
「どうしたって、これ、どういうこと? 私が第二王子の身代わりを務めるって」
何か問題なのかわからない、というふうにノアは首を傾げる。
「お前、いつか腹一杯飯食って、豪華な家に住んで、良い生活がしたいって言ってたよな? ぴったりの仕事だと思ったんだけど。事情的に外では本当のことを話せなくてな。それでちょっとぼやかして伝えたんだけど。でも、紹介されてよかっただろ?」
「よくない! ちょっとぼやかすどころか、全然違う仕事でしょうが!」
「え、ダメだった?」
馬鹿もここまでくると手に追えない。どうしてアリシアが喜んで受けると思ったのだろうか。
「だいたい、本物の王子はどこいったのよ」
「ほらアラン王子、この間決着がついた戦争の和平の証として、ロベリアの姫と結婚するだろ? でもさ、王子、あの国のこと毛嫌いしてたから。『あんな野蛮な国の姫と結婚してたまるか!』って、怒ってマーブレに逃げちゃったんだよ」
グラジオ王国は、両端を二つの国、ロベリアとマーブレに挟まれている。そのうちロベリアとは国境線を争い、何度も戦を繰り返してきた。かつてグラジオの領地だった場所を、ロベリアが勝手に占領したことが発端となったこの戦いの歴史は、30年以上にも及ぶ。傭兵だったアリシアの父も、このロベリアとの戦に駆り出されて亡くなっている。
しかしその戦いにもようやく決着がついた。今年グラジオが勝ち、領土を取り戻したのだ。
「はああ? 和平のための結婚から王子が逃げるって、どういうこと?」
目を剥くアリシアに、ノアは続ける。
「すごく勇敢で部下にも慕われてる人なんだけど。自分の主張が曲げられない人だったんだよなぁ。もともとマーブレのマリア商会のお嬢様と恋仲にだったらしいんだけど。自分の思い通りにならない国を見限って、愛に逃げたんだよ」
「ダメでしょ、王族が逃げちゃ。それにロベリア側がそれを知ったら……」
「間違いなく両国の関係は悪化するだろうな。で、王子の身代わりを探すってことになったわけ。でもさ、王子、王国最強の剣士だのに、すらっとした体してて美形だったし。そんな男なかなかいなくてさ。顔が良くても剣がダメダメだったり、剣の腕が良くても顔がゴリラだったり、そんなのばっかでさぁ」
「それで……あんたは私を推薦したってこと?」
「子どもの頃の雰囲気がさ、王子に似てたなって思って。で、ダメもとで地元に帰ってみたらそっくりに育ってるし。剣の腕も王子ほどではないけどなかなかだし。これはもう、こいつしかいないって」
当たり前のようにそう言う幼馴染を前に、絶句したアリシアだったが。沸々と怒りが湧いてきて、怒鳴り散らさずにはいられなかった。
「ばっかじゃないの! 大事なところを忘れてるでしょ。私、女だよ? ロベリアの姫も当たり前だけど女でしょ? どーするつもり?!」
「あ、そうか。そういう問題があったか」
「こんっのバカ!」
同性同士の結婚はグラジオの法的には認められている。が、それは庶民に限った話。世継ぎを残さねばならない王族に関しては適応範囲外となる。
一時的な身代わりであれば問題ない。だが、王は「生涯を捧げる」という言葉を口にした。それはつまり、他の身代わりが見つからなければ、アリシアが一生王子役を務めるということ。
「まあ、なんとか誤魔化せるだろ。陛下もああ言ってたし」
「ねえ、なんでそこ誤魔化せると思うかな? あんたの頭には脳みそ入ってるわけ?」
王様もどうしてそれでいいと思ったのか。
怒りに任せてノアに殴りかかろうとしたところで、左右からメイドたちに腕を掴まれた。
「アラン様、夕食の支度が整いました。本日はお疲れだと思いますので、お部屋にご用意しております」
数の力でアリシアを確保しながら、淡々とメイドその一が礼をする。
「俺の出世に貢献してくれてありがとよ! じゃあまたな、アリシア! ……じゃなくてアラン様!」
「このクソやろおおおおお!」
高笑いしながら遠ざかっていくノアに暴言を吐きつつ、アリシアは部屋へと引き摺られていったのだった。