「ねぇ、ノア。これはいったいどういうこと? なんで私はこんな豪華な男装をさせられてるの?」
「まぁ、気にするなって」
「いやいやいや。気にするって!」
「もうちょっとしたら理由がわかるから!」
贅を尽くした煌びやかな装飾に彩られたグラジオ王国王宮の広間。そこに戸惑いに満ちた表情で立っているのは男装姿のアリシア•ロビンソン、二十歳。隣にいるのは彼女の幼馴染で王国騎士団所属のノアだ。
平民の彼女がこんな格好で王宮にいるのには訳があった。話は数時間前にさかのぼる。
◇◇◇
夕暮れの港町。自宅裏の空き地で、尻餅をつく騎士姿の男の首元にアリシアは木剣を突きつけていた。
「ねえ、なんなのノア。突然勝負なんか挑んできて」
負けているのに何故か嬉しそうな顔をしているのはノア。ひさしぶりに現れたとか思えば、突然木剣を渡され一本勝負を挑まれた。結果アリシアに手ひどく打ち負かされ、このザマである。
「やはりお前は強いな。これなら大丈夫だ」
「……意味わかんないんだけど。わ、ちょっと何するの!」
決意の表情で立ち上がったノアに片手で小脇に抱えられる。グラジオ王国騎士団の一員となった幼馴染の腕は太く逞しくなっていた。剣で負かせられても、掴まれては逃げられない。
「とりあえず王宮へ行こう。話は道中で説明する」
「放しなさいってこら! まず私の話を聞け!」
待機させていたらしき馬車に放り込まれ、港町を発った。見慣れた街の風景が荒野に変わった頃、ようやく腕の拘束を解放し、アリシアを向かい側に座らせたノアは、キラキラとした表情で話し始める。
「なあアリシア、王国騎士団で働かないか。養護施設を出てから、港の倉庫作業で食い繋いでるんだろ? 騎士団のほうがずっと待遇がいい。いい飯が食えるぞ! しかも採用先はメンシスだ!」
「はいぃぃぃ?! メンシスぅ?!」
メンシスといえば王国最強の剣士と謳われる第二王子アランが率いる部隊だ。
「あのさぁ、ノア。庶民でちょっと剣の腕が立つくらいの女が、そんな仕事できるわけないでしょ。それに傭兵ならともかく、王国騎士団のメンシスじゃ家柄も重視されるでしょうが」
「お前ならできる。なんてったってグラジオ王国騎士団の精鋭である俺を負かしたんだから。資質は十分にある!」
「いやだから、家柄的に無理でしょーが! あんたは人の話を理解できないのか!」
金色のボブヘアーを両手で掻き回す。話が通じない。このまま騎士団に連れて行かれ、笑いものにされて放り出される未来を想像して絶望した。
「家柄はなんとかなる! ダイジョーブ、ダイジョーブ! ハハハハハハ!」
「ならんわ!」
彼は良いやつだが、馬鹿なので勢いに任せて行動してしまうところがある。アリシアが苦労してきていることを彼なりに心配してこの話を持ってきたのだろうと思えば邪険にできないのだが。
「もお、勘弁してよ……」
隣国ロベリアとの戦争で父が帰らぬ人となり、母も早くに亡くし、アリシアは養護施設で育った。ノアとの出会いはヤンチャだった子ども時代、施設を抜け出した先で忍び込んだ彼の屋敷の中。意気投合した二人は身分の差を超えて友情を築くことに。
彼の家は代々騎士を輩出している家だったが、稽古嫌いだったノアはアリシアを巻き込んで稽古をサボった。彼の父親に見つかったアリシアは、屋敷を出禁になるかと思いきや。「アリシアと一緒なら稽古を真面目にやる」とノアが言い張ったため、彼が家を出るまでの長い期間、一緒に剣術の稽古を受ける羽目になった。結果、アリシアはそれなりの剣の腕を有している。
「いい剣士がいるってことで、もう話は通してあるんだ。俺の紹介なら間違いない」
「勝手に話を通さないでよ……」
深いため息をつき、アリシアはがっくりと肩を落としたのだった。
◇◇◇
「ねえ、ノア、まさか私を男だって偽ってないよね?」
首にはシルクのスカーフ、錦糸の刺繍のびっしり入った青い上着に、肌触りのいいパンツ、高そうなブーツを履かされている。拉致されて王宮に連れられて来て早々、メイドたちに凄まじい勢いで手入れをされ、最終的に着せられた格好がこれだった。
「そこは大丈夫だ! ちゃんと女だということは伝えてある!」
「じゃあなんで……」
「それは……。お! 間も無く採用面接の時間だ。さあ、いくぞ!」
「ちょっと、説明しなさいよ!!」
騎士団の鍛錬場に行くのかと思いきや、連れてこられたのは謁見の間。跪くよう言われ、指示に従えば。直後に扉が開き、誰かが入ってきた。
「顔をあげよ」
言われるままに前を向いて、アリシアは息を呑んだ。
目の前に立っていたのは、この国の王だったのだ。
新聞に載る絵姿や、式典の際に豆粒のような姿しか見たことのないこの国で最も尊い人が今前にいる。
「えっ、あっ、ええ?」
「おお……! 素晴らしい! 王子にそっくりだ!」
ウンウンと頷く王を前に、アリシアは動揺を隠しきれない。
「お、王子?」
「ノアと言ったな。この度の働きに褒美をとらせよう。アリシア、其方は剣術も得意ということだな」
王の言葉が理解できぬまま、アリシアは口をパクパクと開閉した。話の方向性が微妙にずれている気がして、なんと返答したら良いのかわからない。すると、アリシアの代わりにノアが口を挟む。
「アリシアの剣術の腕は、この私が保証いたします! 本日も一度稽古をつけてもらいましたが、私ではまったく歯が立ちませんでした!」
「メンシスの騎士相手に戦えるレベルなら問題ないな。よし、彼女にするとしよう。もう時間もないしな……」
「えええ! あ、誠に恐れおおき……えっと、光栄にございます」
アリシアはとりあえずそう答えたものの、頭には疑問符が浮かんでいた。
——騎士団での採用……の話だよね、これ?
たいした身元の確認もなく、意外にもあっさり採用されてしまった。実技試験もなく、ノアのお墨付きだけで決めてしまって良いのだろうかとアリシアは戸惑う。それに「時間がない」というひと言が気になった。
「アリシア、女の身でよく決心してくれた。人生を捧げてもらう代わり、王子と変わらぬ生活を一生保証する。今日からはアラン——グラジオ王国第二王子の身代わりとして、励んでほしい」
「お、王子……!?」
王の言葉を聞いて卒倒しそうになった。
話が違うにも程がある。
——つまり、単なる「騎士団員」としてじゃなくて、「王子の身代わり」として採用されたってこと?