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第48話 火車に乗って

「じゃあ、決まりだ」


 永徳がパチン、と指を鳴らすと、時代劇で見るような籠が現れた。籠を担いでいるのは、小鬼の蒼司と赤司。永徳に促されるまま中に乗ると、外から見た籠の大きさとはずいぶん異なり、籠の中は観覧車のゴンドラくらいの広さがあった。


 百鬼夜行になにもない空間から現れた籠での移動、あまりの怪奇のオンパレードに、佐和子はあとで騒ぎにならないかと心配になったが。乗り込む際にあたりを見渡せば、社長だけでなく、社員も気を失っている。永徳に聞けば、「明日には覚えていないと思うよ」と、下手なウインクをされた。


「さあ、こんなところに長居は無用。ちゃんと座れたかな? 少し揺れるからね。しっかり俺に捕まっていなさい」

「え、そんなに揺れるんですか……? う、うわああ」


 腕を掴むのに躊躇しているうちに、激しい揺れに振られて、永徳の胸に飛び込む形になってしまった。


「おや、鳥海さん。やっぱり俺のところに嫁に来る気になったのかな? 君がそう決めたのなら、ありがたい限りだが」

「これは、不可抗力です……!」


 威勢の良い掛け声とともに駆け出した籠は、小鬼たちのテンションの高さに呼応するように、上下に揺れに揺れて。


 乗り物酔いが頂点に達し、耐えきれなくなった佐和子は、永徳に懇願し鶴見川のほとりで途中下車させてもらうことに。火車といい、なぜ、あやかしの乗り物はこうも揺れるのだろうか。


「……よく長い間乗っていられますね。あの籠に……、いや、本当に、あの会社から連れ出していただいたのは、とってもありがたかったんですが……」


 吐き気に耐えかねて、川辺に座り込む佐和子の背を撫でながら、永徳は答える。


「いやあ、あれはね。慣れだよ、慣れ」

「……そういえば、どうしてあのタイミングで会社にいらっしゃったんですか。私はもう、あやかし瓦版の編集部員じゃないのに」

「うーん……もしかしたら、ちょっと気持ち悪いと思われてしまうかもしれないんだけど」


 永徳は、顎に手を当てながら、少し気まずそうにしている。


「俺はね、一度雇い入れたものは皆、自分の家族のように思っているんだよ。だから、新しい仕事が軌道に乗るまで、鳥海さんのことも見守ろうと思っていたんだ」

「見られてたんですね……」


 佐和子の反応を見て、ごめんね、と眉尻を下げながら、永徳は続ける。


「だがしかし、どんどん良くない方に転がっていくのを見てね。このまま放っておいていいのか迷い始めて……本当は、もうちょっと早く手を出したかったんだが」

「……もしかして、私の意思を尊重してくれようとしていたんですか?」

「鳥海さんは人間だから。あやかしが君の決めたことに横槍を入れて良いのか迷ったんだ。だけど君が『大丈夫じゃない』と言ったのを聞いたから、やはりもう出ていくべきかな、と思ってね。迷惑ではなかったかい」

「とんでもない。私も本当は……ずっとずっと、戻りたかったんです。でも、世間体とか、人間としてどうするべきなのかとか、ぐるぐる考えてて。……でも、もう覚悟は決まりました」


 佐和子は立ち上がり、永徳の顔を見上げた。まだふらふらはしているが、降りた直後と比べれば、吐き気はだいぶマシになってきている。


「また、働かせていただいても……いいでしょうか」


 柔らかな風が、艶のある黒髪を靡かせた。佐和子が懇願するように永徳の目を見つめていると、彼は両眉を上げる。


「だからさっきから、戻ってきてくれとお願いしているじゃないか」


 そう言って、藤の花が綻んだかのような笑顔を見せる。

 優しくて包み込むようでいて、つかみどころのない。永徳のいつもの笑顔を前に、佐和子も自然と頬を緩ませた。


   ◇◇◇


「まったく! 辞めたと思ったらすーぐ戻ってきて。なんだったのよ!」

「刹那さん、鳥海さんを責めないであげてください。もとはと言えば、自分が血の匂いに負けて、鳥海さんに襲い掛かっちゃったのがきっかけではありますし」

「マイケルさんのせいじゃないですよ。私がうだうだ悩んでたのがいけないんです」

「まあまあ、いいじゃないか。結果として戻ってきたんだから。今夜はとにかく飲もう。飲んですべてを水に流そうじゃないか」


 永徳はそう言って、刹那とマイケル、佐和子のコップに日本酒を注いだ。


 編集部に戻って早々、まだ真昼間だというのに、永徳は縁側に面した広間のちゃぶ台に豪勢な料理を広げ、宴会を始めた。昼間から飲む酒は格別だとかなんだとか言いながら、編集長自らあやかしたちに酒を盛って回っている。


「たのもー! 笹野屋殿はおるか!」


 玄関からの地鳴りのような叫び声が聞こえ、佐和子は目を剥いた。

 永徳の方を見ると、彼は眉尻を下げて苦笑いをしている。


「ああ、うるさいのが来たね。まったく、今回は扉が見えているんだから、インターホンを押してくれればいいのに。視界に入ってないのかね」


 やれやれと言いながら玄関に向かった永徳が連れてきたのは、大きな木箱を抱えた黒羽だった。


「佐和子が戻った記念に酒盛りをするとの連絡を、笹野屋殿からいただいたのでな。酒を持って参った」

「わあ、わざわざありがとうございます」


 佐和子が恐縮して例を言うと、黒羽は面を取って笑顔を見せた。頬が紅潮しているところを見ると、照れているようだ。

「この間も、勝手にやってきて、佐和子佐和子ってうるさかったからさ。呼んでやったんだよ」


 永徳はそう言ったあと、「タダ酒の調達担当としてね」とこっそり佐和子に耳打ちした。


 黒羽が酒の輪に加わったあと、井川や米村もやってきた。


 宴会の始まりは昼だったはずなのに、いつの間にか夜は更けて。それでもどんちゃん騒ぎはおさまらず。残業続きで疲れ切っていた佐和子は、笑い転げているうちに眠りについていた。



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