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第18話 祝祭

「松明はこっちに。ああ、その箱はそちらではない、こっちだ」


 森の中に造られた広場の中心には櫓が築き上げられ、その上には囃子太鼓が設置されている。櫓の周りをぐるりと囲むように建てられたテントでは、金魚すくいや射的、くじ引きなどの看板が掲げられ、店主のあやかしたちが開店準備を進めている。


 全体監督の黒羽は、大忙しであちこちに指示を出していた。永徳をはじめとするあやかし瓦版の面々も準備に駆り出されている。佐和子と刹那は会場全体を照らすように下げられた、白い提灯に一つ一つ火を灯して回っていた。


「まったく、佐和子が『お祭りをやろう』なんていう提案するから、仕事が増えちゃったじゃないの!」


 手燭台を持った刹那にいつものごとく悪態をつかれながら、佐和子は提灯に灯りを灯す作業を続ける。


「ごめん……いろいろ考えてみたんだけど、今回の依頼に関してはこれが一番いいかなあって」


 申し訳なさそうにする佐和子を見て、言いすぎたと思ったらしい。刹那はぶつぶつ言いながら、攻撃の手を緩める。


「ま、いい案だとは思うけど。後援っていう形であやかし瓦版も入れたから、うちのサイトの宣伝機会にもなるし。ただ、イベントって疲れるのよねぇ」

「ごめん……」

「やるって決めたんだから、謝んないの! さ、ちゃっちゃと準備して、仕事を終えて、アタシたちも酒盛りをするのよ!」


 黒羽の依頼に対し最終的に提案したのは、多摩の天狗総出で川澄の名前を冠した祭、「川澄まつり」を企画し開催すること。あやかしたちは、新たな催し物に目がない。祭りと聞けば群れをなしてやってくるだろうと踏んだ。そしてあやかし瓦版は祭りという仕掛けを利用して川澄の情報を発信する。祭の盛況具合を記事で紹介しつつ、この祭りが開催された経緯や川澄の功績を紹介するのだ。


 この方法なら、あやかしの耳目を自然と集め、「川澄」の情報を目につく形で発信できると考えた。


「人間、なかなか面白いことを考えるじゃないか。今日はタダ酒が飲み放題だなあ。あっぱれあっぱれ」

「オイラたちに肉体労働をさせるのはいただけないがなあ。まあ、ちょっとばかし見直してやってもいいかな」


 すでに酒を片手に上機嫌の小鬼の双子たちは、ケタケタと笑いながら佐和子の周りを回っている。口をきいてくれなかった編集部員のうちの二人だったので、彼らが好意的に話しかけてくれたのはとても嬉しかった。準備はもうちょっと真面目に手伝って欲しい気持ちはあるけれども。


「にしても、日本酒を無料で配るなんて。太っ腹じゃねえか、川天狗ども」

「これも川天狗について知ってもらうための案なんですよ」


 紙コップに入れられた日本酒は、祭の入り口で配布される予定のもの。小鬼の双子は、それを早々に川天狗からもらってきたようだ。


「知ってもらう? 酒を配ることで?」


 不思議そうに首を傾げる赤鬼、「赤司あかし」の疑問に佐和子は答える。


「これ、川天狗の里で作っているものなんだそうです。もともと自分たちで飲むために作っていたそうなんですがとてもおいしいので。お祭りの会場で配布して、露天で販売してはどうかという話になりまして」

「へえ、なんて酒だ? 売るなら名前も決まってんだろ」


 すでにほろ酔い加減の青鬼「蒼司あおし」がフラフラとしながら尋ねる。


「『川澄』です。もともと頭領の川澄さんが提案して作り出した物だそうで。一升瓶のラベルには、川澄さんのこの土地での功績やこのお酒の歴史を簡単に記載しています」


「なるほどそりゃいい。味もうめえし、人気が出そうだなあ」


 そう言うと小鬼の二人は、ケタケタと笑いながらどこかへ行ってしまった。


「この短い間でよーく考えついたわねえ。祭にお酒に、あと、メインステージの櫓の催しだっけ?」


 いつの間にか刹那も紙コップを片手に持っている。楽しむことに関しては、編集部員の彼らも抜け目がない。


「私が一人で考えたわけじゃないよ。笹野屋さんのおかげ」

「ふうん、あのぐうたら編集長が。嫁候補には丁寧に対応するのねえ」


 一応は佐和子が発案者という形になってはいるが、「お祭りをやるのはどうでしょうか」と意見したくらいで。そのあとはテーマパークのときのように「これはどう思う」「あれはどうするのか」と、一見なんの脈絡もない質問を永徳から投げかけられているうち、いつの間に企画概要が出来上がっていた。


 ——また、手のひらの上で転がされていたような感覚だったなあ。


 提灯の準備を終え、あやかし瓦版編集部専用のテント席に戻った佐和子は、永徳との打ち合わせを振り返る。なにを考えているかわからないことも多いが、不慣れな佐和子をサポートしつつ、ただ指図をするのではなく、佐和子が「自分の頭で考える」機会を与えてくれていた。


 ——そう考えると、いい上司だよね。笹野屋さんて。


 手掛かりもないままがむしゃらに難題に挑み、大失敗を犯した。

 焦りばかりが先行し、苦しむばかりだった毎日。


 それが彼に手を差し伸べられてから、戸惑い翻弄されながらも、気づけば毎日生き生きと働いている自分がいる。


 ——一日で辞める気満々だったんだけどなあ。


 やるべきことをすべて終えた佐和子は、パイプ椅子に座り、軽く伸びをした。

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