翌日。佐和子はいかに井川とのデートが楽しかったかを、刹那にたっぷりと聞かされることになった。
「それで、それでね! プレゼントまで用意してくれて」
佐和子は興奮気味に首を伸ばす刹那の話を聞きながら、記事の参考になりそうな点をメモに取った。ただ、どこまでも伸びていく首の方にだんだん気はとられるし、話の内容は八割惚気話だったしで、後半は伸びる首を眺めながら、赤べこのように首を上下に振るだけになってしまったが。
ひと通り話し終えて満足した刹那を横目に、佐和子は記事の原案となる骨子を詰めていく。
書き方は教わったが、記事を書くこと自体の経験がないので、なかなか筆は進まず、結局昼を跨いでしまった。
「佐和子、記事の骨子どう? 苦戦しているようだけど」
そう刹那に進捗を確認され、思い切って一旦作ってみたものを見せてみる。
「ど、どうかな……?」
初めて手がけた仕事を先輩社員に見てもらうというのは、なかなか緊張するものだ。刹那はじっくりと読んだあと、頬に手を当てて唸る。
「うーん、単純に記事のテーマを『人間とのデートファッション』にしちゃうと、ターゲットが狭まっちゃいそうね……」
「そうなの?」
佐和子が問えば、刹那は思考をまとめるためか、首をニョキニョキと伸ばしつつ、意見を述べる。
「アタシみたいに人間と恋愛するあやかしは、そんなに多くないのよ。だから『人間に変装して、レジャースポットを楽しもう!』みたいな記事に仕立てた方が、読者の幅は広がるんじゃないかと思うのよ」
そういえば永徳も言っていた。人間と恋愛をするあやかしはそう多くはないのだと。
「うちのあやかし瓦版の読者データをよく見ておきなさい。どういうあやかしが読者に多いかとか、興味の方向性とか、いろいろ書いてあるから」
「なるほど……」
「まあ、あやかしは自由奔放だから、ざっくりとした傾向しかとれないけどね。それでも人間からしたら、記事を作るときの手がかりにはなると思うわ。それを見て自分なりに練り直してみてくれる?」
佐和子は早速刹那に教えられた読者データのファイルを読みながら、自分の骨子に向き合う。
「うーん……どうやって直そうかな……」
すっかり刹那のデートの話題に頭を占拠されていて、なかなか軌道修正がうまくいかない。腕を組み、デスクチェアに寄りかかったところで、自分の後頭部がなにかにぶつかった。頭上を見れば、青い双眸がこちらを覗き込んでいる。
佐和子は慌ててデスクチェアを引いた。
「す、すみません!」
「なんだい鳥海さん、悩み事かい」
この彫刻のように綺麗な人に突然現れられると、なかなかに心臓に悪い。
しかし永徳の顔を見て、ふと、先日の八景島での会話を思い出した。
「あ……」
「ん?」
「笹野屋さん、もしかして……あの、デートって」
「ああ、この間のお出かけのことかな? 記事の参考になるといいんだがね」
それだけ言って、永徳はくるりと背中を向け、鼻歌混じりにゆったりとした足取りで自席に戻っていく。
——仕事一割って。そういうことですか。
知らぬ間にいろいろと手を回されていたことに気がつき、佐和子は項垂れる。おそらく永徳は、人間としての視点が活かせる記事のトピックをあらかじめ用意していたのだ。そして佐和子が自力でそれをまとめ上げられるように、タネを撒いていた。
ありがたいような、悔しいような、複雑な心境だ。
「気分で動いているように見えて、本当は細々考えてくれているんだな。こんなに手をかけてもらっちゃって、申し訳ない……。早く、一人前にならないと」
気持ちを切り替えようと、佐和子は手元のお茶を口に含む。永徳との「デート」を思い出しながら骨子を作れば、面白いほど簡単に、記事の骨子は組み上がっていった。
出来上がった記事には、『あやかしだって楽しめる! 人間世界のテーマパークの巡り方』というタイトルが付けられた。まずは初回で紹介するのは、永徳と訪れた八景島シーパラダイス。チケットの買い方から、施設の特色や見どころ、注目のショーやアトラクションなどを紹介している。
そして人間に紛れる際の注意点、浮かないファッションのポイントなど、あやかしがつまずきそうなポイントについては、「絶対守るべき注意事項」という項でまとめた。これは刹那の悩みを解決したときのことや、永徳が投げかけてきた不可解な質問がベースになった。人間とあやかしの考え方の違いを考慮しながら、彼らが騒ぎを起こさないよう、また奇異の目で見られることのないようにとの配慮である。
「佐和子、昨日公開した記事の閲覧数でてるわよ!」
刹那に呼ばれて、慌てて彼女の隣にやってきた佐和子は、刹那のパソコンに映し出された折れ線グラフを覗き込んだ。
「ど、ど、ど、どうだった?」
佐和子が作成した記事は、同種の記事の平均ページ閲覧数の少し下くらい。初めての記事としては「まあまあ」の結果だった。
「平均以下かあ……」
「あのねえ、はなからそんなにうまくいくわけないでしょ」
肩を落とす佐和子の背中を、刹那はバチン、と叩く。
「でも、ほら、見てみなさいよ、これ」
「え、これって」
刹那は佐和子に一枚の紙を手渡す。そこには短い文章でこう書かれていた。
『人間世界のテーマパークの記事、斬新で大変興味深く。是非今後も別の場所を取り上げていただきたい』
「それ、お問い合わせフォームにね、この記事に対するご意見ってことで来てたのよ。こういう系統の記事は、シリーズでやれば過去記事も回遊してもらえることが多いから。続けてみたらいいんじゃない? せっかくだから、このご意見への返信はあんたに頼むわ」
印刷された文字をまじまじと見て、佐和子の手に力がこもった。
人間社会から弾き出されてしまった自分でも、認めてくれる誰かがいる。それがただただ嬉しくて。化粧室に向かうふりをしたそのさきで、佐和子はひとり涙した。