——私にしか、できない仕事……。
目まぐるしい日々の中、組織の歯車として磨耗してしまった佐和子にとって、「君にしかできない仕事」という言葉は眩しくて。死んだようだった心に、温かな光が灯る。
「今日俺が鳥海さんに質問したことを、家に帰ってからあらためて考えてみるといいよ。これからあやかし瓦版で記事を書いていく上での指標になる」
「えっ、そんな大事な質問だったんですか! ちょっと待ってください、メモを取るので、もう一度……」
「鳥海さんは真面目だねえ。考え方の話だよ。質問ひとつひとつが重要なわけじゃない。おや、こんな話をしているうちにもう夕暮れだ。本当はアトラクションの方も巡りたかったのだけどねえ、残念。今日はもうこのまま帰ろう」
だいぶ溶けてしまったソフトクリームを食べ切ったあと。テーマパークの出口のゲートをくぐれば、そこはもう鶴見駅の西口改札だった。どうやらまた永徳が術を使ったらしい。
歩き出そうとして、永徳が前に進まないのに気がつき、顔を見上げれば、彼は目を細めてどこか遠くを見ている。
「どうかしたんですか」
まるでなにかを覗き見ているようなその様子を見て、不思議に思って聞いてみたのだが。やはり永徳は答えるつもりがないらしい。
「……ああそうだ、すっかり忘れていた。鳥海さんにおつかいを頼むつもりだったんだ」
わざとらしい調子でそう言う永徳に、少しの引っ掛かりを覚えながらも、佐和子は聞き返す。
「おつかいですか。なんでしょう」
「東口の駅ビル五階にある『くまもと書店』でファッション誌を何冊か買ってきてほしい。男性向け、女性向け、両方ね。五冊ずつくらいかな。領収書を忘れずに」
「はい、わかりました。でも……なにに使うんでしょう?」
「まあまあ、それはおいおいね。あ、ところで鳥海さん」
永徳は屈んで、佐和子の視線に自分の瞳の高さを合わせる。
「俺とのデートは楽しかったかい」
「えっ……!」
透き通るような青い瞳に見つめられて、佐和子は頬が朱を帯びていくのを感じた。
「いやいや、結局ほとんど仕事の話をしていましたし。デート九割っていうのは冗談ですよね?」
「うーん、でも、二人でお出かけしたことには変わりないだろう? ああ、デートで思い出した。あやかしと人間の恋愛について、今度鳥海さんにアドバイスをもらうのもいいかもねえ。ひとつ気になる案件があってね」
楽しそうにそう言うと、佐和子の返答を待たずに「ではまた明日」とだけ言い残し、背中を向けて笹野屋の屋敷の方へ向けて帰っていく。
——もう、本当になんなのこの人は……。
永徳の不意打ちで紅を纏(まと)った頬を冷ましながら、赤く染まった空の下、紺色の羽織を見送る。
「私にしか、できない仕事、か……」
予期せず訪れた「あやかしの世界」での社会復帰の第一歩。指導係に指導を拒否され、永徳にほぼ一日振り回されて疲れ切ってはいたが。意外にも佐和子の気持ちは上向いていた。