冬休み前の試験でぼくは首席を取ることができた。
お義姉様も領地で静養していた時間があったのに、勉強に遅れることはなく、六年生の首席を取っていた。五年生はブリギッテ嬢が座学で首席、クラウス殿下が実技で首席だった。
「ブリギッテには敵わないな」
「クラウス殿下も三位ではありませんか。点数的にはほとんど変わりませんよ」
「今回はラウレンツにも負けてしまった。王太子として恥ずかしい限りだ」
「クラウス殿下は実技の方がお得意なのですよ」
冬休み前の最後のお茶会でクラウス殿下がため息をつきつつ紅茶を飲んでいる。ブリギッテ嬢もラウレンツ殿もクラウス殿下を宥めるようにして、穏やかな雰囲気だ。
「マルグリットは休学期間があったのに首席とはさすがだな」
「色々と科目を変えたので、今回は大変でしたけどね」
「それでも首席がとれるとはマルグリットは優秀だ」
クラウス殿下に評価されてお義姉様もまんざらではない様子である。
「アンドレアスも頑張ったようだな。ベルツ公爵家は安泰なのではないか?」
「ぼくは三回に一回はクリスティーナ嬢に負けていますから、毎回首席を取れるように頑張らないといけません」
「わたくしもアンドレアス様に追い付けるように頑張りますわ」
「二人は好敵手のようだな」
明るく笑うクラウス殿下に、ぼくはクリスティーナ嬢と目を合わせる。ラウレンツ殿の横に座っているクリスティーナ嬢は、紅茶を飲んですました顔をしている。
リアがラウレンツ殿ルートを攻略しなかったので、ラウレンツ殿とクリスティーナ嬢も関係はそのままだった。ラウレンツ殿は真面目過ぎてリアが絡んできてもうまくかわせないところがあったかもしれなかったので、リアがラウレンツ殿のルートを選ばなくてよかったと思う。
「クリスティーナ嬢には助けられました。ありがとうございました」
「あれくらいのことでしたら、いつでも致しますわ」
「クリスティーナ嬢はアンドレアス様と仲がいいようですね。少し妬けます」
「ラウレンツ様ったら、わたくしとアンドレアス様はクラスメイトですわ」
くすくすと笑うクリスティーナ嬢につられてラウレンツ殿も笑っている。二人も婚約者で親が決めた政略結婚とはいえ非常に仲がいいのだ。
ぼくとお義姉様はどんな婚約者同士になるのだろう。
婚約式が待ちきれない気持ちになる。
冬休み前の最後のお茶会を終えると、ぼくとお義姉様は馬車に乗ってタウンハウスに帰った。タウンハウスでは両親が待っていてくれる。
最近ぼくとお義姉様は婚約式に向けて衣装を誂えている。
仕上げの段階になって、ぼくとお義姉様は最後の調整に入っていた。
ユリアン殿との婚約式のときにはお義姉様は十二歳だったし、体付きもかなり変わっている。それに、ユリアン殿との婚約式のときに着たドレスをお義姉様はまた着たくないだろう。
ぼくもお義姉様も白を基調とした衣装を誂えている。
ぼくにとっては初めての婚約で、ぼくは学園に入学するときに婚約はしなかった。ぼく自身が婚約をしたいと思っていなかったし、ぼくの年齢と身分と釣り合う相手が見つからなかったのだ。
正直なところを言えば、ぼくは養子という微妙な立場で、公爵家を継げるわけでもないので、結婚相手として選ばれなかったのだろう。十二歳のころのぼくはそんなことは気にせずに、お義姉様が婚約してしまっていたのをただ寂しく感じていた。
あのころからぼくはお義姉様のことを思っていたのだろう。
もしかすると、ぼくに婚約者ができなかったのは、ゲームの強制力だったかもしれないけれど、それも今では分からない。
今はぼくはお義姉様と婚約できる喜びで胸がいっぱいだった。
嬉しいことにぼくの身長は少しだけ伸びた。
両親に聞いてみたところ、亡くなったぼくの本当の両親は大柄なひとではなかったようなので、ぼくがものすごく背が高くなることは望めないかもしれない。それでも、公爵家の栄養の整った食事をして、それなりに睡眠もとって成長していけば、そこそこの身長にはなるのではないだろうか。
衣装を作り始めてから少し手直しをしなければいけないくらい身長が伸びたのだから、ぼくはそのことがとても嬉しかった。
前のままだったらお義姉様がヒールのある靴を履いたらぼくの身長を軽々と超えてしまうのだが、今ならヒールのある靴を履いたお義姉様と同じくらいの身長になれるのではないだろうか。
「アンドレアス、金を散らしたラピスラズリのイヤリングをわたくしがつけるから、あなたはエメラルドのラペルピンを付けるのはどうでしょう」
「お義姉様がぼくの目の色のアクセサリーを付けて、ぼくがお義姉様の目の色のアクセサリーを付けるんですね」
お義姉様の提案は素晴らしいもののように思えた。
衣装の仮合わせを終えたぼくとお義姉様は、お義父様とお義母様に伝えて、宝飾店の商人に来てもらった。
ラピスラズリとエメラルドのアクセサリーが欲しいということは伝えてあるので、商人は客間のテーブルの上にビロードの箱を並べる。
その中でも金が散ったラピスラズリのイヤリングを手に取って、お義姉様がぼくの顔の横に持ってくる。
「この色、アンドレアスの目にそっくりではない?」
「お義姉様がぼくの目の色を身に着けてくださるのは嬉しいです」
「わたくしの目の色にそっくりのラペルピンはあるかしら?」
ラペルピンを選んでいると、カットされたエメラルドの飾られたラペルピンが目に留まった。そのエメラルドはお義姉様の目の色とそっくりだ。
「お義姉様、これはどうでしょう?」
「アンドレアスにはこんな風にわたくしの目の色が映っているのね」
「お義姉様の目の色にそっくりですよ」
お義姉様の顔の横にラペルピンを持って行くと、お義姉様の目とエメラルドの輝きがとてもよく似ているのがわかる。
「このイヤリングとラペルピンをいただくわ」
「ありがとうございます、お嬢様」
買うものを決めたら、お義父様が支払いをしてくれた。
「マルグリットはネックレスも買っておかなくてよかったのですか?」
「今回はネックレスまでは着けませんので」
「イヤリングとお揃いのネックレスを買っておくと、後々重宝するかもしれませんよ」
お義母様の助言でお義姉様はネックレスも選んで買った。ネックレスは金の鎖に大粒のラピスラズリが下がっているシンプルなデザインのものだった。
買い物を終えて満足していると、お義父様とお義母様がぼくとお義姉様に言う。
「アンドレアスの誕生日はお茶会を開こうと思っている」
「そこで婚約の発表をして、婚約式に臨めたらと思っています」
これまで私的なお茶会以外にあまり出たことがなかった僕だが、今年の誕生日はお茶会で祝われるようだ。今年でぼくも十五歳。社交界にデビューする年だから、当然なのかもしれない。
「クラウス殿下とブリギッテ嬢とラウレンツ殿とクリスティーナ嬢も招待しましょうね」
「招待状は手書きでアンドレアスが書くのだよ」
「はい、分かりました、お義父様」
こういうときの招待状は招待する側が手書きで書くことが礼儀だと決まっている。婚約式のための招待状も大量に書かされたが、今回はぼく一人でお茶会の招待状を書くとなると大変そうだと思ってしまう。
この世界にも印刷技術はあるし、そのおかげで平民にも本が手が出るような価格になっているのだが、招待状だけは完全に手書きでなければならないと決まっていた。
部屋に戻ってぼくは便箋と封筒を用意して、インクの切れることのない魔法のかかった万年筆を手に取った。
最初はクラウス殿下からだろうか。
手書きであれば招待状の内容は全部同じでいいから、ぼくはまずはクラウス殿下の招待状から書き始めた。