ぼくはお義姉様の攻略方法を知らない。
ゲームの『星恋』はやり込んでいたが、ぼくはお義姉様であるマルグリット・ベルツの攻略方法なんて知らない。
お義姉様は主人公を苛める悪役令嬢で、ユリアン殿とマルセル先生のルートでは五年生のプロムの日に、クラウス殿下とラウレンツ殿のルートでは六年のプロムで断罪されて退場する。
この世界ではお義姉様の立ち位置は少し違っていて、主人公を徹底的に無視しただけで苛めてはいなかったが、ユリアン殿に婚約破棄を言い渡されて、学園が始まってから一か月ほど休学していた。
それも復帰するので、お義姉様は今後問題なく学園生活を送れると思うのだが、問題はお義姉様の気持ちだった。
国王陛下と王妃殿下とクラウス殿下とのお茶会でお義姉様ははっきりと「もう結婚など考えたくない」と告げた。
お義父様とお義母様はそれを聞いてお義姉様の婚約をどうにかしようと考えているようだが、お義姉様があんなにきっぱりと宣言するとは思わなかった。
帰りの馬車の中でお義父様とお義母様がお義姉様に話しかけている。
「マルグリット、あのような婚約者を選んでしまったのはわたしの間違いだった。今度はそのような間違いは犯さない」
「マルグリット、新しい婚約の件を考えてください」
お義父様とお義母様の言葉にお義姉様はため息をついた。
「わたくし、ユリアン殿の件で結婚は考えたくないと言っているのではありません。そもそも、わたくしが公爵家を継げばよかった話ではないのですか」
「マルグリット、公爵になるつもりか?」
「決して平坦な道ではありませんよ」
「他家のものに頼るくらいなら、わたくしも学園で統治のことを学んでおります。わたくしが公爵になってもよいのではないかと思うのです」
婿に頼ることなくお義姉様は公爵としてベルツ公爵家の後継者になろうとしていた。
勉強もできて運動も得意なお義姉様。公爵としての資質は十分に思えた。
「マルグリットがそこまで言うのならば、公爵位を譲ることもやぶさかではない」
「ですが、後継者はどうするのですか?」
「わたくしではなくて、アンドレアスの子どもを養子にとってもいい話ではないですか」
お義姉様がぼくの子どもを養子にもらう!?
それはちょっと困る。
ぼくは優しく気高いお義姉様のことを慕っていて、他の相手と結婚する気は全くなかった。
「お義姉様、お話があります」
「なんでしょう、アンドレアス?」
「お義父様もお義母様も、聞いてください」
真剣な表情になったぼくに、お義父様とお義母様とお義姉様の視線が集まる。
「お義姉様が他家のものに頼ることなどないと仰るのならば、ぼくではどうでしょう?」
「アンドレアスが?」
「はい。ぼくはお義姉様の気高さ、優しさを慕っています」
ぼくの告白にお義姉様が息を飲む。
「アンドレアスがわたくしを?」
「はい、お義姉様」
お義姉様にとってはぼくは義弟でしかなかったかもしれないけれど、ぼくはお義姉様のためにユリアン殿を断罪し、リアを学園から追放するくらいにはお義姉様のことが好きなのだ。
この気持ちは知っておいてもらわなくてはいけない。
「アンドレアスならばいいではないか。少し年下だが、成人すれば三歳くらい気にならないだろう」
「ユリアン殿の件でわたくしたちも後悔していますわ。アンドレアスならば間違いないと言い切れます」
お義父様もお義母様もぼくに賛成してくれていた。
正直、侯爵家の三男に侮辱されて婚約破棄を言い渡されたお義姉様はプライドが傷付いているだろうし、並の相手では婚約しようと思わないだろう。
それに対して、ぼくならばお義姉様と血の繋がっていない養子であるし、ベルツ公爵家の子息としてお義姉様に相応しいはずだ。
「アンドレアス、本気なの?」
「本気です。お義姉様をお慕いしております」
真面目な表情で答えると、お義姉様の白い頬がほの赤く染まったような気がした。
「アンドレアスには婚約者もいない。マルグリット、どうだろう?」
「アンドレアスはわたくしにとっても実の子どものように可愛い息子ですわ。マルグリットと結婚してマルグリットを支えていってくれるのならば、ベルツ公爵家も安泰です」
お義父様とお義母様の言葉にお義姉様も考えたようだった。
「そうですね、アンドレアスならば」
納得してくれそうな雰囲気のお義姉様に、ぼくは心の中でガッツポーズをする。
お義姉様がぼくを認めてくれそうな雰囲気である。
「煩わしい、婚約の申し込みを全部断れるし、アンドレアスは優秀でわたくしが公爵となっても支えてくれるでしょう」
やった!
お義姉様から了承の言葉が出た。
「それでは、アンドレアスとマルグリットの婚約の話を国王陛下に伝えて、進めてもらおう」
「マルグリットが将来公爵となる話もしなくてはなりませんね」
両親からも認めてもらえているし、お義姉様もぼくならばいいかと思ってくださっている事実にぼくは浮かれた。
貴族の婚約は原則的に国王陛下の許可が必要だし、お義姉様は王族に血を連ねるので特に国王陛下の前で婚約式もしなければいけないだろう。
国王陛下のお子様はクラウス殿下と妹のシャルロッテ殿下のお二人で、クラウス殿下とシャルロッテ殿下は十歳年が離れているので、シャルロッテ殿下はまだ王家のお茶会にも参加しない。
六歳になられたのでもうそろそろお茶会デビューしてもいい年齢なのだが、最初のお茶会はどこに出席するかを決めかねているのだろう。
前世での記憶では、六歳から小学校に入学するが、この世界では六歳からお茶会デビューする。
正式な社交界デビューは十五歳からなので、ぼくは今年の誕生日が来てからデビューすることになっている。
これからは『星恋』の主人公役であるリアがいないので、学園生活はぼくが予測できることが少なくなってくるだろう。
その中でぼくはお義姉様と婚約し、お義姉様をエスコートしていかなければいけない。
「アンドレアス、ありがとう」
王都のタウンハウスに戻って、部屋に入ろうとしているぼくに、お義姉様が声をかけてきた。
「結婚など考えたくないと言いましたが、これから六年生で卒業式もプロムもあるのに、パートナーがずっといないままなのかというのは考えていました」
「お義姉様、ぼくがずっとお義姉様をエスコートします」
「ユリアン殿に婚約破棄を宣言された日。あの日もあなたはわたくしの隣りにいてくれたわね」
「お義姉様をお守りするのがぼくの役目です」
まだ身長はお義姉様と変わらないくらいだが、これからぼくは背も伸びて、大人の男性になるはずだ。剣術はあまり得意ではないが、最低限自分の身とお義姉様を守れるくらいにはなろう。
魔法も特訓して、自分の身とお義姉様の身を守れるようになりたい。
「お義姉様、ぼくがベルツ公爵家に来たときに、お義姉様はぼくに言ってくださったのでしょう?」
この話はお義父様とお義母様から何度も聞いている。
一歳のぼくがベルツ公爵家に来たときに、四歳のお義姉様はとても喜んでぼくを抱き締めてくださったのだ。
「『このこは、わたくしのものよ』って」
「そんな小さなころのことは覚えていません」
苦笑するお義姉様にぼくはお義姉様の手を取って柔らかくその手を握る。
「ぼくはお義姉様のものです。ずっと」
ベルツ公爵家に引き取られたときからぼくの運命は決まっていたのかもしれない。
この美しくも気高いお義姉様に心奪われて。
「四歳児の言ったことなど忘れなさい」
「ぼくも覚えているわけではありませんが、お義父様とお義母様が可愛いエピソードとして教えてくれたので」
「もう、お父様とお母様は」
口元を押さえて不服そうにしているお義姉様に、ぼくは微笑みかける。
こんな日常がずっと続けばいいと思いながら。