ケルベロス騒動で学園の誰もがリアの行動がおかしいことに気付いている。
本来ならば警備の兵士に捕らえられて尋問されるであろうリアは、警備の兵士では手に負えないので謹慎として寮の部屋から出られないようになっている。
ケルベロスを治癒しようとしたのみならず、自分を「光の御子」と言い張ってケルベロスが自分に懐くと信じていたリア。ここにはゲームの強制力は働かなかったようだ。
ケルベロスはリアに懐かなかったし、リアは治癒に失敗してケルベロスに殺されかけた。
被害者のようにも見えるが、クラウス殿下とラウレンツ殿とブリギッテ嬢と六年生の前に走り出て、ケルベロス討伐を邪魔したのは確かだし、クラウス殿下とラウレンツ殿とブリギッテ嬢の命を危険に晒したのも間違いない。
ただ、ケルベロスを癒したわけでもなければ、ただ自分で自分の命を危険にさせただけの行為をどうやって裁けばいいのか、警備の兵士たちも困っているのだ。
寮に閉じ込められているはずのリアは、絶対にぼくに接触してくる。
それがリアの断罪の瞬間だとぼくは待っていた。
ユリアン殿が学園を退学になり、リアも寮で謹慎をさせられて、近いうちに学園を追放となるだろうということで、お義姉様が学園への通学を再開させた。
お義姉様の同級生や一年下のクラウス殿下とラウレンツ殿下とブリギッテ嬢はお義姉様が学園に戻ってきたのを歓迎した。
「マルグリット、元気そうでよかった。学園に復帰したのだな」
「クラウス殿下、ありがとうございます。少しの間領地で心を休めていたら、何もかもどうでもよくなってきて」
「どうでもよくなったとは?」
「ユリアン殿とは親の決めた政略結婚でした。わたくしがユリアン殿をどう思っていたか、今ではもう分りません。わたくしはユリアン殿に婚約破棄を言い渡されたことだけがショックで、別にユリアン殿に気持ちがあったわけではなかったのです」
王家の血を引く公爵家のお義姉様が、侯爵家のユリアン殿に侮辱されたというのは非常に腹立たしいことだっただろう。ユリアン殿を責める言葉もなくその場を立ち去ってしまったお義姉様はどれだけ傷付いていたか分からない。
その傷がすっかり癒えると、お義姉様は最初からユリアン殿に気持ちはなく、ただ婚約破棄を言い渡されて侮辱されたことだけがショックだったのだと気付いたようだった。
お茶の時間にサロンに集まっているクラウス殿下とラウレンツ殿とブリギッテ嬢とクリスティーナ嬢とお義姉様とぼく。お義姉様がいてこのお茶会は本当に完成するのだとしみじみと思う。
紅茶を飲みながらお義姉様がクラウス殿下と話していると、ぼくの手元に紙が現れた。
これは手紙を転送する魔法の一種だが、その紙は封筒に入れられた便箋ではなくて、千切ったノートに走り書きされたものだった。
「アンドレアス、それは?」
「平民の特待生から送られてきたもののようですね」
「平民の特待生は寮の部屋に閉じ込められているのではないのか? どうして魔法が使えるのだ」
謹慎で寮の部屋に閉じ込められているリアは魔法も封じられているはずだった。しかし、警備の兵士の目をかいくぐってこの紙を転送してきたのだろう。
「なんと書いてあるのですか?」
お義姉様の問いかけに、ぼくは折りたたまれた紙を開いて読む。
「『中庭で待っています。リア・ライマン』と書かれていますね」
「中庭で? あの平民の特待生は謹慎処分を受けているのではないか?」
「逃げ出してこようというのでしょうか」
『星恋』の主人公の部屋には抜け出せる通路があるのを思い出す。そこを使って夜に寮の部屋を抜け出して魔物退治に出て経験値を稼いだり、町に降りて必要なアイテムを買ったり、イベントが起きる場所に行ったりしていたのを思い出す。
閉じ込められているとはいえ、リアは簡単に抜け出せる環境だった。
「監禁を言い渡されているのに、アンドレアス様にメモを送ってきて、部屋から出ようとしているのは見過ごせませんね」
「警備の兵士を中庭にやりましょうか?」
お義姉様もブリギッテ嬢もリアを捕まえようとしている。
「お義姉様、クラウス殿下、ラウレンツ殿、ブリギッテ嬢、クリスティーナ嬢、一緒に来てくれますか?」
「行くつもりなのですか、アンドレアス?」
「お義姉様はプロムという公衆の面前で侮辱されました。ぼくはリアもそうされるべきだと思っているのです」
復讐心を燃やすぼくに、クラウス殿下が面白そうに口角を上げる。
「アンドレアス、そうでなくては。わたしが立ち会おう」
「わたしも行きましょう」
クラウス殿下もラウレンツ殿もぼくに協力してくれるようだ。
「クラウス殿下、国王陛下に通信をお願いできますか? これから起こることを国王陛下に見ていただきます」
「頼まれたぞ、アンドレアス」
「ぼくは全サロンにこれから起きることを投影の魔法で配信します」
ユリアン殿のときにやったのと同じことをするとぼくは心に決めていた。
中庭に行くと、リアが木の陰に隠れていた。
ぼくは一人前に出て、クラウス殿下とラウレンツ殿とブリギッテ嬢とクリスティーナ嬢とお義姉様から十歩くらい離れた。
リアがぼくに駆け寄る。
「アンドレアス様、助けてください。わたしはなにもしていないのに、謹慎などと言われて部屋に閉じ込められているのです」
「なにもしていない? よほど考える力がないようで。あなたはケルベロスの前に飛び出してクラウス殿下とラウレンツ殿とブリギッテ嬢、それに戦っていた六年生の生徒を危険に晒したのですよ?」
「それは、ちょっとしたバグというか……」
「バグ? 何を言っているのですか?」
バグの意味が『星恋』のゲームをやり込んだぼくには分かるが、分かるようなことを口にしてはいけないと理解しているので、訝し気な表情になったぼくに、リアが素早く手を伸ばして、ぼくの上着の胸ポケットの中に何かを入れた。
これ以上されては困るとリアを引きはがして突き飛ばすと、リアは勝ち誇った表情になっている。
「アンドレアスルート、これで攻略だわ! さぁ、アンドレアス様、わたしに告白するのよ!」
ポケットの中に入っていたのはリアが怪しい魔法具店で店主を脅して奪ったブローチだった。このブローチが魅了のアイテムだということをリアは信じて疑っていない様子だった。
「告白?」
「そうよ! わたしへの愛情が溢れてくるでしょう? わたしを助けてくれるわよね、アンドレアス?」
もう「様付け」すらしていないリアに、ぼくはブローチを指先で摘まみながらため息をつく。
「ぼくが平民の特待生を助ける? そんなわけないでしょう。あなたの小さな脳みそでは理解できないかもしれませんが」
「ど、どうして!? 魅了のアイテムを使えば、好感度が上がって、わたしに告白してくるはずなのに!?」
困惑するリアの様子は、学園のサロン全部に配信されているはずだ。
「警備の兵士、あの平民の特待生を捕らえなさい!」
警備の兵士を呼んできたお義姉様が鋭く命じている。
警備の兵士が駆け付けて、リアを押さえ付ける。
「魅了の魔法具などこの国には存在していないわけですが、あなたはこれが魅了の魔法具だと信じ込んで使った。その罪は分かりますか?」
「な、なによ! 偽物だったなら罪なんてないに決まってるじゃない!」
「使おうとした時点で罪が発生するのですよ。魅了の魔法具は使われた相手の人格をも変えると言われる。いわゆる洗脳ですね。あなたはぼくを洗脳しようとしたわけだ」
「なんで攻略通りにいかないのよ! この世界はおかしいわ! ユリアン様を攻略したと思ったら貴族の位を剥奪されて修道院に入れられてしまうし! わたしがこの世界の主人公なのに!」
喚くリアを押さえ付けた警備の兵士がぼくの方を伺ってくる。
ぼくはクリスティーナ嬢が記録してくれた魔法石を取り出していた。