課外授業当日、ぼくたち三年生は王都の外れの森に集められた。
ここで今日から一泊二日の課外授業が行われる。
課外授業の間はテントで寝泊まりをして、食事も自分たちで用意しなければいけない。貴族ばかりが通う学園だが、貴族でも身の回りのことは一応できるようにならなければならないという名目で入学している。
食事を作らせるのも、その一環として組み込まれていた。
ゲームの『星恋』では料理をしたことのない貴族たちに交じって、リアは料理をしたことがあるということで重宝されるはずなのだが、ここでいう料理というのは持ってきたパンにハムとキュウリとチーズを切って挟むとかそういう簡単なものなので、ぼくでも問題なくできそうだった。
担当教員のマルセル先生が生徒たちに指示している。
「テントは男女一つずつ、協力して立ててください。食事は材料を配りますので、グループの一人が取りに来てください」
『星恋』の中ではテントの立て方とか、料理のできがミニゲームになっていて、そこで協力して好感度を上げるのだが、ぼくとフィリベルト殿でテントを立てている間に、クリスティーナ嬢が料理の材料を取りに行くことになった。
リアには他人の料理には触らせない方がいい。『星恋』では好感度を上げるために惚れ薬や媚薬を使った料理も作られていた。リアがそういう魔法薬を手にしているか分からないが警戒しておいた方がいいだろう。
「お料理はわたしに任せてくださいね」
「結構です。自分の分の料理は自分で作るようにしましょう。そうでなければ、勉強になりませんからね」
あっさりと断るぼくにリアが怪訝そうな顔をしている。
「貴族のお坊ちゃまだから、わたしに頼るはずなのに。おかしいわ……。わたしがします。慣れてますから」
「学園は平等ですから、平民であるあなたをこき使うわけにはいかないのですよ」
ここでは学園は平等だという建前を出して伝えれば、リアは非常に不満そうな顔をしていた。
「材料をいただいてきましたわ。テントを立ててくださったのですか?」
「フィリベルト殿が土の魔法が得意で杭を固定してくれたのです」
「アンドレアス様も手際よくテントを組み立てていたではないですか。二人で協力すればすぐでした」
『星恋』のゲームで何度もやったイベントだったので、杭を順番に打ってロープを張り、骨組みを支えてテントの幕を張る手順はよく覚えていた。ミニゲームで最高得点を取れるような手順でやればテントはすぐに組み立てられた。
フィリベルト殿はぼくの指示によく従ってくれたし、リアを除いてはぼくはこのグループでうまくやっていけそうだ。
「料理は自分の分は自分でしましょう。料理をするのも勉強ですからね」
「はい、アンドレアス様。それではアンドレアス様からどうぞ」
材料の入ったマジックポーチを渡されて、ぼくはバゲットサンドを作る。
マジックポーチの中には日程分の料理の材料が入っている。マジックポーチの中はときが止められており、材料が悪くなることはない。
バゲットに切り目を入れて、バターを塗ってハムとチーズとピクルスを挟んで、できあがりだ。簡単にできたので次にクリスティーナ嬢に順番を譲るとクリスティーナ嬢も手際よく作っている。
「この日のために、わたくし、厨房に通って練習してきました」
ハムとチーズとピクルスを切るナイフを持つ手に躊躇いはない。
クリスティーナ嬢が作り終えるとフィリベルト殿が作っていた。手つきは若干ぎこちないが、難しい作業ではないのでやり遂げる。最後に順番が回ってきたリアはものすごく不満そうな顔をしていた。
「どうしてゲーム通りにいかないのかしら。悪役令嬢の取り巻きのモブも排除できないし」
そういえば、ぼくであるアンドレアスルートでもこのころにはクリスティーナ嬢は存在感をなくしてモブに埋没していた気がする。ぼくとしては記録の魔法を持つクリスティーナ嬢が一緒のグループで心強い限りなのだが、リアにしては計算外なのだろう。
全員がバゲットサンドを作り終えると、クリスティーナ嬢はお上品にバゲットサンドを切って食べやすくしていたが、ぼくとフィリベルト殿はそのままかぶりついた。こういうときでしかできないことがしたかったのだ。
「美味しいですね、アンドレアス様」
「こんな食べ方、普段では許されませんからね」
フィリベルト殿と笑い合っていると、リアがぼくの横に座ろうとする。ぼくは左右をクリスティーナ嬢とフィリベルト殿に挟まれていたので、リアはぼくの横に座ることはできない。
「ちょっとどきなさいよ、モブ! わたしがアンドレアス様の隣りに座るのよ!」
「何を言っているのですか、平民の特待生殿は」
「自分の敷物に座られたらよろしいでしょう」
フィリベルト殿もクリスティーナ嬢もぼくの横から動こうとしない。
「本来なら、あのセリフはわたしにかけられるはずだったものなのに! なんでモブの伯爵子息がかけられてるのよ!」
勝手に怒っているリアを無視して僕とフィリベルト殿とクリスティーナ嬢は食事を終えた。
魔物は夜に活発になるので、今夜から明日にかけて魔物退治を行う。
夜の間に魔物退治を終えられたら、そこにマルセル先生を呼んで採点をしてもらって、テントに戻って眠る。テントには魔物除けの魔法がかけられているので、魔物狩りのときにはテントから少し離れた場所まで歩かねばならなかった。
それぞれに武器を携えて、グループで固まって行動する。
フィリベルト殿が灯りの魔法を唱えてくれていたので、灯りの玉が宙に浮いて、周囲を見渡せるくらいには明るくなっている。
森の中を探索していると、クリスティーナ嬢が魔物の足跡を見つけた。
「キラーラビットでしょうか。小さな足跡ですね」
「キラーラビットならば、倒すのにちょうどいい相手じゃないでしょうか」
「足跡を追ってみますか?」
キラーラビットは兎に似た低レベルの魔物だ。攻撃力は低く、額に生えた角で襲ってくるが、体も兎くらいしかないので脅威にならない。
クリスティーナ嬢とフィリベルト殿は明らかにぼくに指示を仰いでいる。それもそのはず、ぼくが公爵家子息で、この中で一番身分が高いのだ。
「キラーラビットなら楽勝でしょう! 行きましょう!」
にやにやしながら促すリアは、ここから先の展開を知っているのだ。
キラーラビットの足跡を見つけたぼくたちが足跡を追っていくと、キラーラビットを餌とするシルバーウルフに出会ってしまうのだ。シルバーウルフは高レベルの魔物で、体も大きく、まだ三年生のぼくたちでは太刀打ちできない。
シルバーウルフに出会ってリアはぼくを庇って怪我をする。怪我をしてまで自分を助けてくれたリアにぼくが惹かれるというのが、アンドレアスルートなのだが、ぼくはそれを実行させるつもりはなかった。
肩耳だけつけているクラウス殿下のピアスに小声で話しかける。
「キラーラビットの足跡を見つけましたが、キラーラビットを餌にするシルバーウルフの出現の可能性があります」
この課外授業には五年生も希望者は参加していた。不測の事態が起きたときに三年生を守るのには、マルセル先生だけでは心もとないし、五年生も魔物と戦う復習として参加することを許されているのだ。
五年生の仕事は三年生が困っているときに助言をしたり、助けたりすることだ。
クラウス殿下とラウレンツ殿とマルグリット嬢はその役に立候補して本部のテントで待機しているはずだ。
元々、このイベント、ぼくであるアンドレアスルートでなければ、高レベルの魔物と出会ったときにクラウス殿下やラウレンツ殿、マルセル先生が助けに来られるようにそういう制度が組み込まれていたのだとゲームを知っているぼくには分かっている。
できればリアとクラウス殿下やラウレンツ殿を接触させたくなかったが、ゲームの進行上シルバーウルフと出会ってしまって、リアがぼくを庇うイベントが発生してしまうのを防ぐためには仕方がなかった。