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9.課外授業の準備

 前髪を切って髪を整えたぼくに対して、他の令嬢たちも態度を変えてきたかといえば、リアほど露骨ではなかったが、多少の変化はあった。

 ぼくはベルツ公爵家の養子であるし、ベルツ公爵家はお義姉様と結婚した相手が継ぐのだと決まっているので、養子のぼくにはこれまでそれほど注目はされてこなかった。お義姉様がプロムでユリアン殿に婚約破棄を言い渡されて、傷付いて領地で静養しているとなると、話は変わってくる。

 お義姉様はもう結婚することなく、ベルツ公爵家をぼくに継がせるのではないかという噂が立って、ぼくはベルツ公爵家の後継者候補として名前が上がってしまったのだ。

 お義父様もお義母様もそのようなことは口にしていないし、学園の生徒の勝手な憶測なのだが、そのせいでぼくに近寄ろうとする令嬢もいる。


「ベルツ公爵家ご令息、今度わたくしのお屋敷で開かれるお茶会に参加していただけませんか?」


 学園の廊下で呼び止められて、ぼくは招待状を渡されそうになった。

 貴族の開くお茶会は社交の場でもある。

 まだ十四歳のぼくはデビュタントを済ませていないので、晩餐会には出られないが、お茶会には参加することができる。


 この国の貴族は十五歳を迎えると国王陛下の御前で、王妃殿下に国王陛下に紹介してもらって、そこで挨拶をすることによって社交界デビューを果たす。お義姉様も十五歳のときに王妃殿下に国王陛下に紹介してもらって、その場でカーテシーで立派に挨拶をして社交界デビューを果たしたはずだった。

 その後はユリアン殿がお義姉様のエスコートをしていたのだが、平民の特待生が学園に入学して来てからユリアン殿の様子が変わっていったのは誰もが知っていることだった。


「お茶会の参加に関しては義父と義母に相談しないと」


 お茶会に誘われてもぼくは簡単に頷いたりしない。招待状もそっと拒んで受け取らなかった。誰が主催するお茶会に参加するかによって、将来のことまで決められてしまう場合があるのだ。

 ベルツ公爵家は王家の血を引く由緒正しい古くからの公爵家で、養子とはいえぼくはベルツ公爵家の子息なので、下手なことはできない。

 ぼくの婚約者はまだ決まっていないが、しかるべき時がくればお義父様とお義母様が選んでくださるのだろう。


 そのときまでにリアを学園から追放して、ぼくはお義姉様の婚約者になることを望んでいるのだが、お義姉様さえ了承してくれればお義父様とお義母様も反対はしないだろう。お義父様とお義母様にとってぼくは、他家にやってしまうのが惜しいくらい愛情を注がれた義理の息子なのだ。そのせいでぼくはまだ婚約者が決まっていなかった。


「ベルツ公爵夫妻に聞いてくださいませ」


 お願いします。

 目を伏せて恥じ入るようにして告げる令嬢に、ぼくは心の中で、ぼくにはお義姉様しかいないのでごめんなさいと謝っておく。

 お茶会の話を両親にするつもりもなかったし、お茶会に参加するつもりもなかった。


「アンドレアス、今声をかけていたのは、同じクラスの侯爵令嬢じゃなかったか?」


 三年生と五年生の教室は離れているので、クラウス殿下が声をかけて来たときには、ぼくは驚いてしまった。背の高いクラウス殿下を見上げると、燃えるような赤い髪のクラウス殿下がぼくには親しげに微笑んでくれる。


「課外授業のグループ分けの話、叔母上から聞いたよ。困ってないか?」

「お気遣いありがとうございます。授業なので仕方がありませんが、クリスティーナ嬢も同じグループなので大丈夫だと思います」

「何かあったら、わたしに相談してほしい。ユリアンの件も、わたしがもっと早く動いて父上に働きかけておけばよかった」


 クラウス殿下はお義姉様がプロムで傷つけられたことを悔いているようだった。あのときクラウス殿下はまだ四年生で、ジュニアプロムに参加することができなかった。ぼくはユリアン殿がお義姉様のパートナーを放棄したので、お義姉様をエスコートするために参加できていたが、クラウス殿下は婚約者のブリギッテ嬢も四年生だったので、プロムに参加するはずがなかった。


「ユリアン殿に沙汰が下されたことですし、お義姉様はすぐに元気になって学園に戻ってくると思います」

「そうだな。マルグリットは芯の強い女性だ」


 お義姉様が心置きなく学園に戻ってくるためには、先にリアを排除しなければいけないのだけれど、それも時間の問題のような気がする。

 国王陛下は既にリアのやったことの責任を、リアを育てた教会のシスターに求めていた。シスターたちは自分たちだけに責任を取らせて、教会の他の子どもたちには罪が及ばないように懇願していた。

 リア自身が責任を問われるのももうすぐだろう。


 まずはぼくは課外授業を乗り越えなければいけなかった。


 課外授業の説明のときに、グループで集まった。

 ぼくとクリスティーナ嬢とフィリベルト・ショール伯爵令息とリアの四人がぼくのグループだ。

 フィルベルト殿は公爵家のぼくと侯爵家のクリスティーナ嬢を前に、緊張した面持ちだった。


「ベルツ公爵令息、ロンゲン侯爵令嬢、初めまして。わたしはフィルベルト・ショール。ショール伯爵家の子息です」

「初めまして、フィルベルト殿。ぼくのことはアンドレアスと呼んでください」

「よろしくお願いします、フィルベルト殿。わたくしのことはクリスティーナで構いませんわ」

「それでは、アンドレアス様とクリスティーナ様と呼ばせていただきます」


 丁寧に礼儀を守った挨拶に、ぼくはほっと胸を撫で下ろす。フィルベルト殿がリアのような破天荒な性格だったらグループは成り立たない。


「アンドレアス様、モブのことはどうでもいいから、わたしと一緒に戦いましょう!」


 いつもの調子で話しかけてくるリアに対しては冷たい視線を送っておく。


「モブ? 何のことを言っているのですか?」

「あなたも悪役令嬢の手下のモブなんだから、発言しなくていいのよ!」

「わたくしの発言をあなたに許可されるいわれはありません」


 モブだの、悪役令嬢の手下のモブだの、訳の分からないことを言って来るリアに、クリスティーナ嬢は呆れている様子だった。

 もちろん、この光景もクリスティーナ嬢に記録してもらっている。


「課外授業では魔物の出現する森に入って、魔物を実際に倒してもらいます。グループで協力して一定以上の強さの魔物を倒せれば、課題はクリアとなります」


 それぞれのグループの挨拶が終わったころに、担当のマルセル先生が説明をしている。

 これは『星恋』のゲームの中でも重要なイベントだったので、ぼくもよく覚えている。

 低レベルの魔物を倒せば課題クリアとなるのだが、主人公のグループは高レベルの魔物に出会ってしまうのだ。


 グループで協力して高レベルの魔物に対抗している間に、グループの仲間が助けを呼んでくれて、クラウス殿下とラウレンツ殿が助けに来ることになっていた。

 攻略ルートによって、その後の展開は変わってくる。

 ぼくの攻略ルートだと、リアはぼくを庇って傷を受け、それを気にしたぼくがリアを見まいに行くイベントが発生する。


 でも、ぼくはこれから先発生する高レベルの魔物との遭遇を知っているから、そんなことにさせるつもりはなかった。

 課外授業の説明が終わった後で、午後の授業が終わってお茶の時間になると、ぼくはサロンに行ってクラウス殿下とラウレンツ殿に相談しておく。


「課外授業で平民の特待生が何か仕掛けてくるかもしれません」

「その可能性は大いにあるな」

「そのときのためにクラウス殿下とラウレンツ殿と連絡手段を持っておきたいのですが」

「それでは、これを貸そう」


 クラウス殿下が耳に付けていたピアスの片方をぼくに渡してくれた。


「そのピアスはもう片方と呼び合うようになっている。アンドレアスが危機を感じたら、どんなときでも構わない。わたしを呼んでくれ」

「わたしも行きます」


 クラウス殿下もラウレンツ殿も協力してくれるようでぼくは感謝する。


「ありがとうございます」

「わたくしも何かあれば駆け付けますわ」

「ブリギッテ嬢まで。本当にありがとうございます」


 課外授業は学園が休みの期間に行われるが、クラウス殿下とラウレンツ殿とブリギッテ嬢はその日、課外授業の行われる森の近くで待機していてくれると約束してくれた。

 これならばリアが余計なことをできなくなるはずだ。


 課外授業の日、ぼくは警戒しつつ、授業に参加した。

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