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8.課外授業のグループ分け

 それからもぼくは学園でリアが近付いてこようとしても無視し続けた。

 お義姉様を侮辱したリアには復讐をしなければいけない。

 ぼくはぼさぼさに伸びていた前髪を切って、長いところは横に流して目が露わになるようにした。瑠璃色に金の星が輝くようなぼくの瞳を見て、クラウス殿下もラウレンツ殿もブリギッテ嬢もクリスティーナ嬢も驚いていた。


「アンドレアスは前髪の下にそんな美しい瞳を隠し持っていたのだな」

「クラウス殿下ったら、口説いているようですわ」

「そんなつもりはないのだが、なぜそんな美しい瞳を隠していたのだ?」


 昼食の席で食堂で一緒になったときに、クラウス殿下は興味深そうにぼくの目を覗き込んできた。

 ブリギッテ嬢がくすくすと笑う中、真剣に問いかけるクラウス殿下にぼくは答える。


「あまり目立ちたくなかったのです。クラウス殿下は義理の従兄弟で仲良くしていただいておりますので平気ですが、無遠慮に目を覗き込まれるのが嫌だったのです」


 アンドレアスの目はとても綺麗ね。

 この目を見せたらたくさんの令嬢がアンドレアスに夢中になるはずよ。


 冗談交じりにお義姉様もそんなことを言っていた。

 ぼくはたくさんの令嬢に興味を持たれるよりも、お義姉様と静かに暮らしていたかったから、この目は隠していた。


「それを見せるようになったとは、どういう風の吹き回しでしょうね」


 ラウレンツ殿に言われて、ぼくは曖昧に微笑んで誤魔化す。

 瑠璃色に金の散った「星の瞳」を持っているということは、ゲーム内では最後の方まで明かされない。ぼくの攻略ルートに入って、エンディング間近に好感度がマックスになって冬休みの流星群のイベントが起きて、流星群を主人公とぼくで見に行くと、主人公がぼくの「星の瞳」に気付いて、それを褒めて告白となるのだ。


 本来ならば晒さないはずの「星の瞳」を晒したのは、リアの攻略通りにはいかないと示すためである。

 鏡で見た限り、客観的に見て、ぼくはかなりの美少年だ。

 それを先に晒すことによって、リアの出方を見ようと思ったのだ。


「外見にそんなに言及するのはお行儀のいいことではありませんわ。それよりアンドレアス様は課外授業のグループ分けを見に行きましたか?」

「課外授業のグループ分けがもう貼り出されていましたか?」

「はい。わたくしは昼食を食べ終わったら見に行こうと思っていました。ご一緒にいかがですか?」


 課外授業のグループ分けの表は、ピロティホールの壁に貼り出されるはずである。ぼくは誰と組むのか分からないが、ピロティホールは身分関係なく入ることができるので、クリスティーナ嬢が一緒にいてくれると助かる。


「もし平民の特待生と会ったときには……」

「分かっておりますわ。記録の魔法ですね」


 言わずとも心得てくれるクリスティーナ嬢にぼくは感謝する。


 昼食を食べ終わってトレイを片付けると、ぼくはクラウス殿下とラウレンツ殿とブリギッテ嬢に挨拶をした。


「課外授業のグループ分けを見に行くので、これで失礼します」

「三年生は課外授業があるのだったな。いいグループメンバーであることを祈っているよ」

「行ってらっしゃいませ、アンドレアス様」

「わたしも三年生のころを思い出します」


 クラウス殿下とブリギッテ嬢とラウレンツ殿に声をかけられて、ぼくは一礼して食堂を出た。食堂の入り口には警備の兵士が立って、平民の特待生であるリアが入り込まないように目を光らせている。

 王族や公爵家や侯爵家の出身の高位貴族が使う食堂に、身元の知れないものが入ってくるとなると、異物混入や食事の安全確保の観点から危険なのだ。

 学園内は平等だと言われているがそれが完全に建前であるということは誰もが知っていることだった。


 ピロティホールに行くと、貼り出された紙の前にリアが立っていた。


「アンドレアス様、わたしたち同じグループですよ! よろしくお願いします!」


 挨拶をしてこようとするリアを無視してグループを確認すると、四人の名前が書いてある。


 ぼくであるアンドレアス・ベルツと、ぼくの横に立っているクリスティーナ・ロンゲン侯爵令嬢、それにフィリベルト・ショール伯爵令息と、リア・ライマンの四人。

 フィリベルト殿は詳しくは知らないが、ショール伯爵家の後継者で、伯爵家と子爵家の集まるクラスに所属しているはずだ。

 後でフィリベルト殿のことも調べておこうと思っていると、リアがぼくの視界を遮るように紙の前に立った。


「どうして……。アンドレアスは『星の瞳』を隠していて、愛しい相手にしか見せないはずなのに……。おかしいわ」


 またゲームの攻略に関して小さく呟きつつも、ぼくの顔を見て頬を赤らめている。


「髪型を変えたのですね。とてもよくお似合いです。その瑠璃色の目に散る金が、流星群のようで」


 ちらりと横に立つクリスティーナ嬢を見れば、小さく頷いている。

 しっかりと記録の魔法は使っているようだ。


 流星群のようだと瞳を褒めるのは、流星群のイベントで出て来る選択肢のはずだし、今それを使っても何の意味もないことをリアは気付いていないのだ。

 とりあえずゲーム通りにセリフを言えば好感度が上がると思っている。


「同じグループになったようですね。課外授業のときだけ協力しますが、それ以外はぼくはあなたに近付く気はありませんので」


 冷たく言い捨てれば、リアが悔しそうに歯噛みしている。


「どうしてわたしに夢中にならないのよ! お弁当も全然受け取ってくれないし!」

「あなた、大丈夫ですか?」


 主に頭が。


 皆までは言わなかったが、クリスティーナ嬢の言葉には如実にそのニュアンスが現れていた。


「うるさいわ! モブ悪役令嬢のくせに! 断罪イベントもなく、ラウレンツ様に捨てられるだけの存在のくせに!」

「何を仰っているのか分かりません。ラウレンツ様がわたくしを捨てるようなことはありませんわ」


 ギュンター侯爵家とロンゲン侯爵家で結ばれた婚約はそんなに簡単に破棄できるものではないし、ラウレンツ殿は行動を見ている限りでもリアに誑かされた様子はない。リアのことを軽蔑して嫌っている様子しか見られない。


「妄想と現実が分からなくなってしまう病気なのでしょう」

「お気の毒に」


 こんなリアと一緒のグループで大丈夫かと心配になるが、フィリベルト殿がまともであることを願う。

 ぼくとクリスティーナ嬢は午後の授業のために自分たちのクラスに戻って行った。


 午後の授業も終わり、お茶の時間も終わると、ぼくはベルツ公爵家の王都のタウンハウスに帰る。馬車に乗ってタウンハウスに帰ると、入り口の前に馬車が停まっていて、お義父様とお義母様が下りてきているのが見えた。


「お義父様、お義母様、ただいま帰りました」

「お帰りなさい、アンドレアス」

「国王陛下と話をしてきたよ。アンドレアスにも話があるので、着替えたら部屋に来なさい」

「はい、お義父様」


 お義父様とお義母様に挨拶をして、ぼくは自分の部屋に戻る。自分の部屋で着替えると、昨日も使った家族が寛ぐための部屋に行くと、お義父様とお義母様も着替えてソファに座っていた。ぼくがソファに座ると、メイドが素早く紅茶を入れてくれる。

 お茶の時間の後だったのでそれほど喉は乾いていなかったが、ぼくの好きなフレーバーティーだったので、吹き冷まして一口飲む。


「国王陛下とお茶の時間をご一緒した。国王陛下はユリアン殿の件を重く見て、ユリアン殿は貴族の地位を剝奪の上、修道院に送られることとなった」

「そうなのですね。お義姉様も心安らかになられることでしょう」

「カペル侯爵と侯爵夫人は引退して蟄居を言い渡されました。息子の教育がなっていなかったので当然でしょう」

「ユリアン殿の兄君たちは婚約を解消されて、しばらくは結婚はできないだろう。長男のコルネリウス殿がカペル侯爵家を継ぐこととなった」


 そこまできっちりと処分をされるのであれば、ぼくはカペル侯爵家に関してはお義姉様の憂いも晴れるだろうと安心していた。

 ユリアン殿が今後学園に来ることはなくなったので、後はリアを排除してしまえばお義姉様は学園に戻って来られる。

 そのためにぼくは一刻も早くリアを学園から排除しなければいけないと考えていた。


「平民の特待生はどうなりましたか?」

「あの平民の特待生は、教会にいたころから様子がおかしかったようだ」

「平民の特待生を育てたシスターたちが、必死に『お咎めはわたくしたちだけにしてください。教会の他の子どもたちにお咎めが行かないようにお願いいたします』と縋っている映像を見せられました。稀少な属性の魔力があるとしても、どうしてあの平民の特待生が学園に入学できたのか分かりませんわ」


 呆れ返っている様子のお義母様に、ぼくも同感だった。

 ゲームの攻略のことを小さな声で呟く癖があるリアは、周囲から見れば相当おかしい子に感じられていただろう。シスターたちもリアが学園に入学するのを止められなかったのだろうか。


 これがゲームの強制力というやつなのだろう。


「実は課外授業で平民の特待生と同じグループになってしまったのです」


 ぼくが報告すれば、両親は眉間に皴を寄せる。


「学園に抗議するべきか……」

「マルグリットを傷付けた平民の特待生をアンドレアスと同じグループにするなど、学園は何を考えているのでしょう」


 お義父様とお義母様が学園に抗議しても、ゲームの強制力が働いて、ぼくはリアとグループを分けることはできないだろう。

 それならば、これを利用してやるほかない。


「ぼくは大丈夫です。ベルツ公爵家の子息として相応しい行動をします」


 宣言するぼくに両親は心配そうな顔をしていた。


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