ベルツ家のタウンハウスに帰ると、執事とメイドが迎えてくれる。お義父様とお義母様はお義姉様の件があるので領地に戻っているが、国王陛下とユリアン殿の処分を決めるために近々タウンハウスに来る予定だった。
自分の部屋に戻ってぼくが着替えていると、執事が手紙を持ってくる。
それはユリアン殿からのものだった。
『アンドレアス・ベルツ様。
わたしはプロムで愚かなことをしてしまいました。マルグリット様の件で、国王陛下は大変なお怒りだと聞いています。両親もわたしには呆れたと言って、見放されました。
わたしが謹慎になったと聞いて、リアからは別れの手紙が届きました。リアはわたしと真実の愛を貫くつもりはなかったのです。
こんな事態になってわたしは後悔しています。マルグリット様にお手紙を書きたいのですが、両親が許してくれません。アンドレアス様、どうか、一度わたしと話をしてはいただけないでしょうか? 直接話せばアンドレアス様もわたしを理解してくださると思うのです。
ユリアン・カペル』
手紙を読んで、ぼくはそれを握り潰しそうになった。
プロムの席であれだけ堂々と婚約破棄を宣言して、お義姉様を傷付けておきながら、ユリアン殿は事態が大事になってしまってから、やっと自分の過ちに気付いて、お義姉様に謝罪したいなどと虫のいいことを言って来る。
今後ユリアン殿はお義姉様に近付けない方がお義姉様の心の平安のためにいいはずだし、この手紙も両親の目を盗んで送ってきたのだろうが、握り潰してしまうのが正解な気がする。
そこまで考えて、ぼくは手紙に視線を落とした。
プロムという公の場でお義姉様は恥をかかされた。
それに対して、ユリアン殿は今のところ謹慎で済んでいるのだから、処分があまりにも軽すぎる。これからもっと厳しい処分が下されるかもしれないが、それより先に、ぼくがユリアン殿を公開処刑にするというのはどうだろう。
泣いて縋ってきても、ぼくがユリアン殿を許すつもりは全くない。
プロムの席であれだけ堂々と婚約破棄を言い渡したユリアン殿が、手の平を返してお義姉様への謝罪の言葉を口にするところを、学園中どころか、この王都中に晒すというのはどうだろう。
ぼくは映像投影の魔法が使える。
その映像投影の魔法で、ユリアン殿が謝罪する映像を学園中と王都の広場、それに国王陛下の御前に流せば、ユリアン殿の面子は丸つぶれになるのではないだろうか。
いいことを思い付いたとぼくはユリアン殿に返事を書いた。
『ユリアン・カペル殿。
明日の学園のお茶の時間の前に一度だけ時間を取りましょう。中庭でお待ちしています。
アンドレアス・ベルツ』
インクの切れることのない魔法のかかった万年筆で夜空の色の文字で手紙をしたためて、ぼくは執事に渡す。
「これをユリアン・カペル殿に内密に渡して」
「心得ました」
執事は手紙を魔法で転送する手段を身に着けているし、内密に渡したいときにはそのようにしてくれる。
手紙は速やかにユリアン殿のところに魔法で転送された。
明日のお茶の時間の前に、ユリアン殿はどうにかお屋敷を抜け出して学園に来るだろう。謹慎を命じられているのに学園に来るだけでも咎められる行為なのに、ぼくに謝罪をするところを全てのサロンに映像を流されて、ぼくに突っぱねられたら、ユリアン殿はどんな反応をするだろう。
きっとリアもどこかのサロンでユリアン殿の謝罪する姿を見るはずだ。
そのときリアが何を思うのか。
もう攻略をやめたユリアン殿には執着していないかもしれないが、リアを断罪するときの練習としてユリアン殿には練習台になってもらおう。
「ぼくの部屋に紅茶を持って来て」
着替えたぼくは、学園の今日の宿題をするために、机に着いた。
翌日、学園に馬車で登校して公爵家と公爵家の子息令嬢しかいないクラスに行くと、クリスティーナ嬢にぼくは声をかけた。
「おはようございます、クリスティーナ嬢。昨日はありがとうございました」
「いいえ、あれくらいのことでしたらいつでも致しますわ。アンドレアス様が平民の特待生と二人きりになって妙な噂を立てられなくてよかったです。さすがアンドレアス様は賢明な方ですわ」
クリスティーナ嬢はぼくの思惑も分かってくれているし、協力もしてくれる大事な友人だった。今日のことについてぼくはクリスティーナ嬢にお願いしておく。
「本日、ユリアン殿がぼくに会いに来るはずなのです。そのときも同席をお願いしていいですか?」
「記録の魔法ですね。任せてください」
みなまで言わずとも理解してくれるクリスティーナ嬢に感謝して、ぼくはお願いすることにした。
「よろしくお願いします。お茶の時間の前に来ると思うので、中庭に来てください」
「分かりましたわ」
ユリアン殿に関しては、お義姉様を傷付けて学園を休学させるようなことをしでかした相手なので、クリスティーナ嬢も許しがたいと思っているのだろう。
ブリギッテ嬢、クリスティーナ嬢はお義姉様の学友で親しくしていた。
ゲームの中では悪役令嬢であるお義姉様の取り巻きとして主人公を妨害するのだが、この世界に生きてみて貴族社会というものを理解するようになると、ブリギッテ嬢やクリスティーナ嬢の振る舞いが正しくて、主人公の振る舞いがどれだけ破天荒なものかを思い知る。
午前中の授業を受けて昼食を食べに食堂に行くと、食堂の入り口でリアが止められていた。
「アンドレアス様はいるんでしょう? わたくし、アンドレアス様と約束があるのよ!」
大声で言っているリアに、ぼくは全く反応せずに食堂のランチプレートを受け取って席に腰かけた。食堂にはクラウス殿下もラウレンツ殿もブリギッテ嬢もクリスティーナ嬢もやってきている。
「何か勘違いされてる平民の方を相応しい場所にお連れして」
ブリギッテ嬢が警備の兵士に言えば、リアは警備の兵士に引きずられていく。魔法で抵抗するようなことはなかったが、大声で文句を言っている。
「お弁当を作ってきたのに、どうして食べないのよ! 好感度が上がらないじゃない!」
平民が作ってきたものなど何が入っているか分からないので公爵子息のぼくが食べるはずがない。それをゲームの中では受け取ってもらえていたのでリアは完全に勘違いしているようだった。
騒ぎがおさまると、クラウス殿下がぼくに問いかける。
「平民の特待生に何か言われたのか?」
「訳の分からないことを呟いて、ぼくに絡んでくるのです。何を考えているか分からなくて」
「そうなのですわ。昨日、わたくしはアンドレアス様と一緒にいましたが、何かわけの分からないことを言って、アンドレアス様に告白してきたり、お弁当を作ってくると言ったり、あの平民の特待生はおかしいのですわ」
ブリギッテ嬢もぼくの話に説明を加えてくれる。
「告白? 平民が公爵令息のアンドレアスに? 本当に身の程を分かっていないようだな」
クラウス殿下も呆れ返っている様子だった。
昼食を終えて、午後の授業も終わると、お茶の時間になる。
お茶の時間の前にはサロンまで移動するための短い休み時間があって、その時間にぼくはユリアン殿を呼び出していた。ユリアン殿も学園に通っていたから、お茶の時間の前と言えばこの時間だと分かっているだろう。
昨日はリアと相対した中庭に行くと、ユリアン殿が木の陰に隠れている。
ぼくがクリスティーナ嬢と一緒に来たのを見て、ユリアン殿はぼくに縋り付いてきた。
さて、断罪の始まりだ。
ぼくはこっそりと投影魔法を使って、ユリアン殿とぼくのやり取りがお茶の時間を楽しむ生徒が集まる全サロンに流されるようにする。
ユリアン殿が草の上に膝を突いてぼくに縋り付いてきた。
「父上も母上も、わたしを庇い切れないと言うのです。わたしは真実の愛を見つけたと思ったのに、謹慎を言い渡されたら、リアはわたしのことは好きではなかったと手紙を送りつけてくるし」
やはり、リアはユリアン殿が予想外の謹慎に入ったために攻略ルートを変えたようだ。元々、ユリアン殿がプロムでお義姉様に婚約破棄を言い渡すイベントがなければ、他のルートも解放されないので、そのためにユリアン殿を利用しただけなのかもしれない。
顔だけはいいユリアン殿だが、今はその顔もぐしゃぐしゃになっている。
「アンドレアス様からマルグリット様にとりなしてくれませんか? わたしはリアに騙されただけなのです! わたしが本当に愛しているのは、マルグリット様に違いありません!」
今更そんなことを言っても遅いのだ。
ユリアン殿はプロムという公の場でお義姉様に恥をかかせてしまった。
「やはり、知性というものを母体に忘れて生まれてきたようですね。自分がしでかしたことを理解していないとは。謹慎を言い渡されているのに、学園に出て来ること自体、国王陛下に対する大逆になると思わなかったのですか?」
「マルグリット様が許してくだされば、全てが元に戻るのです! どうか、アンドレアス様、マルグリット様と話をさせてください!」
土下座するようにして、涙と洟で顔をぐしゃぐしゃにして必死に頼むユリアン殿に、ぼくは冷たく言い放った。
「なぜあなたが公爵家の婿に選ばれたのか、今では理解できません。あなたには知性の欠片もない。お義姉様にしでかしたことの意味を理解していないのですね。ぼくがお義姉様にとりなすはずがないでしょう」
言い捨てた瞬間、ユリアン殿の兄君二人が中庭に駆け込んできた。
二人はユリアン殿を取り押さえてしまう。
ユリアン殿が謹慎中なのに抜け出したことに気付いて追いかけてきたのだろう。
ここでぼくは投影魔法を切って全サロンにぐしゃぐしゃの顔のユリアン殿が縋り付いてくる様子を配信できたことを確かめつつ、クリスティーナ嬢には記録の魔法を続けてもらう。
「アンドレアス様、愚弟が申し訳ありませんでした!」
「謹慎を言い渡されているというのに抜け出してアンドレアス様に会いに行くなど、本当にすみません!」
「謹慎中なのにユリアン殿はぼくに手紙を送ってきました」
「それも二度とないようにさせます」
「本当に申し訳ありません」
押さえ付けたユリアン殿が何も言えないようにしながらも、ユリアン殿の兄君たちはぼくに謝ってくる。
「謹慎中に抜け出したことが国王陛下に知られればどうなるかお分かりですね?」
「分かっております。愚かなことをしたやつですが、こんなやつでも弟です。命だけは!」
「国王陛下にも誠心誠意謝罪いたします」
弟はろくでもない礼儀知らずに育ってしまったようだが、兄君たちは少しは貴族社会というものが分かっているようだ。
「このことは全て記録してあります。この記録は国王陛下に見ていただきます」
クリスティーナ嬢の方をちらりと見ると、クリスティーナ嬢が頷く。
ユリアン殿の無様な姿が全サロンに流されて、今後ユリアン殿は学園に顔を出すどころか、貴族社会でやっていけないだろうと思われる。
満足してぼくはクリスティーナ嬢と共にお茶の時間に遅れないようにサロンに移動した。
ユリアン殿は兄君たちが拘束して連れ帰っていっていた。