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2.領地での静養

 ユリアン殿の一方的な婚約破棄で傷付いたお義姉様は、学園を休学してベルツ公爵家の領地で静養することになった。

 プロムは学年の終わりに行われるので、ぼくも学園が長期休みに入るのでお義姉様を送り届けるために、領地までご一緒した。お義父様もお義母様も一緒だった。

 お義父様はユリアン殿の仕打ちに非常に怒っていらっしゃった。


「ユリアン殿は何を考えているのだ。カペル侯爵家を継げぬ三男だから、ベルツ公爵家の婿として迎え入れようとしていたのに、自分から公の場でマルグリットに婚約破棄を言い渡して、マルグリットを傷付けるなど」

「本当に信じられませんわ。兄上にもこの話は既にいっているでしょう。王家からユリアン殿にはしっかりと沙汰を下してもらわねば」

「侯爵家の三男の分際でベルツ公爵家を何と思っているのか!」


 お義母様は国王陛下の妹であり、元は王女殿下である。ベルツ公爵家に降嫁してからも、お義母様の権力は王族として相応にあった。

 王族を敵に回したのだ。ユリアン殿に将来がないのは当然のことだった。


 『星恋』の中では、ユリアン殿は婚約破棄を果たし、お義姉様が悪役令嬢として学園を去って行くのだが、その後はユリアン殿が咎められることはなかった。それはゲームの都合のよさというもので、実際の貴族社会ではそうはいかないことをぼくもよく分かっている。

 ユリアン殿は国王陛下から断罪されて社交界から追放されるだろう。


「お父様、お母様、その話は……」

「マルグリットの前でするべきではなかったな。すまない、マルグリット」

「マルグリットは領地でゆっくりと心を癒しなさい。マルグリットの大好きだった栗毛の馬も厩舎に連れてきていますよ」

「アデーレですね。わたくし、久しぶりに乗馬をしましょうか」

「マルグリットは乗馬が得意だったな」

「好きなことをしてゆっくりと過ごしてくださいね」


 学園に入学してからは、お義姉様は王族の血を引く非常に位の高い公爵令嬢として、生徒の手本となるべく、ずっと気を張って生きてきたのだ。領地に戻ったらゆっくりと好きなことをしてほしい。

 ピアノもダンスも声楽も得意だが、お義姉様が一番好きだったのは乗馬だった。大人しく見えるお義姉様が乗馬服に着替えるととても凛々しく美しく生き生きとしているのをぼくはよく知っている。


 ちなみに、『星恋』の中のぼくの立ち位置は、悪役令嬢の義弟で、いわゆるモブというやつだ。主人公であるリア・ライマンとの絡みがあるとすれば、同じ年で同じ学年のリア・ライマンにお義姉様の婚約者を奪われた恨みを晴らすため、嘘の告白をして、リア・ライマンの心を動かそうとするが、それに乗ったふりをしたリア・ライマンに逆にやり込められるというお粗末なもの。


 ぼさぼさの黒髪で目を隠したぼくは、いかにもモブという顔立ちに見えるのだが、隠しルートでぼく、アンドレア・ベルツを攻略できるルートもあって、それでは、嘘の告白をしてきたぼくにリア・ライマンが誠実に対応をして、ぼくがリア・ライマンにいけないと思いつつも心惹かれてしまって、長い前髪で隠している顔を露わにするのだ。

 ぼくの目は瑠璃色に金が散っていて、「星の瞳」と呼ばれる非常に珍しいものだった。それを隠すためにぼくは前髪を伸ばしているのだが、リア・ライマンは「星の瞳」を露わにしたぼくと結ばれる。


 主人公の名前は自分で決めるゲームだったので、リア・ライマンという名前はぼくが決めた主人公の名前と違っていたが、リアがこの世界の主人公で間違いないだろう。


 ぼくは『星恋』を隅から隅まで攻略したので、全てのルートを知っているのだが、リアもお義姉様のことを「悪役令嬢」と呼んでいた。この世界にそんな単語はないので、リアもぼくと同じくこの世界に転生してきたのだと考えて間違いないだろう。

 問題はリアがどのルートを狙っていて、どこまで『星恋』の攻略をしていたかだ。

 隠しルートも知っているのであれば、ぼくに接触してくるはずだ。


 ぼくは『星恋』のストーリーを知っているので、リアに嘘の告白などしない。

 嘘の告白をされないと分かったら、リアはどう動くか分からない。


 秋からは進級して学園に戻るのだが、ぼくはリアの動きをよく見ておかなければいけないだろう。


 領地に馬車が着いて、お義姉様は自分の部屋に入って行った。ぼくはお義父様とお義母様の話を聞こうと耳を澄ます。


「ユリアン殿は何事もなかったかのように学園に通うつもりだろうな。そんなことは絶対にさせない」

「兄上に早く沙汰を下していただけるように進言しないと」


 ゲームの中のようにこの世界は甘くはない。

 一方的に婚約破棄などできるはずがないし、それをしようとして王家の血を引く公爵令嬢であるお義姉様を貶めたユリアン殿には相応の沙汰が下される。ユリアン殿はベルツ公爵家を継ぐ婿になるのに相応しくないとして、ベルツ公爵家から婚約破棄を言い渡されるだろう。

 学園も退学になって、社交界から追放されるユリアン殿に、リアが執着するとは思えない。

 そもそもリアは攻略キャラの誰を本命だと思っているのだろう。


 『星恋』の攻略キャラは、四人いる。


 今回のプロムでやらかしてしまった、ユリアン・カペル侯爵子息。カペル侯爵家の三男で、甘やかされて育っており、貴族社会をよく分かっていない愚かものだが、顔はいい銀髪に菫色の目の五年生だ。


 人気が高かったのは、クラウス・ディーツェ王太子殿下。お義姉様の従兄弟で、お義姉様より学年が一つ下なので、今回のプロムには出席していなかったはずだ。

 燃えるような赤毛に緑の目の四年生で、進級して秋になれば五年生になる。

 今回のプロムではお義姉様の断罪イベントがあるので、リアはユリアン殿と出席したのだろう。


 栗色の髪に栗色の目の優しげなラウレンツ・ギュンター殿は、侯爵子息だ。侯爵家の後継ぎで、学園内では生徒は皆平等という建前を守るような真面目な性格だ。


 マルセル・ハンクシュタイン先生は、子爵令息だが、生徒ではなく学園の若き講師だ。学園を卒業してからすぐに講師になって二年目の二十歳。年上の落ち着いた大人が好きな層には人気だった。


 公式が発表していた攻略キャラはこの四人なのだが、ぼくという隠れ攻略キャラもいる。

 ぼく、アンドレア・ベルツとのルートはお義姉様であるマルグリットを断罪した後に、ユリアン殿と結ばれず、ぼくが復讐のために嘘の告白をすることから始まるので、今のリアの攻略の様子だとぼくのルートも考慮しているのかもしれない。


 ぼくは嘘の告白などしないし、リアに対して復讐するつもりはあるが、別の方法を考える予定だったので、ぼくのイベントは起きない。

 それに対してリアがどう対応するのかはやってみなければ分からない。


 お義姉様と学園の夏休みを領地で過ごしつつ、ぼくはリアに復讐する計画を考えていた。


 ユリアン殿に関しては、お義父様とお義母様が何とかしてくれるだろう。

 お義姉様を傷付けたのはユリアン殿もではあるが、リアが元凶であることをぼくは知っている。


 リアとぼく。

 どちらが前世で『星恋』の攻略を深くできていたかにかかってくる。


「アンドレアス、わたくし、乗馬をしようかと思うのだけど、あなたも一緒にどうですか?」

「すぐに準備してまいります」


 乗馬服に着替えて部屋から出てきたお義姉様は、少し明るい顔をしていた。美しいストロベリーブロンドの髪に緑の目。細身の体付きに、女性にしては高めの身長。鼻の辺りに散るそばかすもお義姉様のチャーミングさを引き立てている。


 自分の部屋に戻って、乗馬服に着替えて部屋を出ると、お義姉様はぼくを待っていてくれた。

 ユリアン殿とのことは非常にお義姉様の心を傷付けたようだが、領地に帰ってきてお義姉様は立ち直ろうとしている。


 お義姉様が堂々と休学を終えて、学園に戻って無事卒業できるように、ぼくがリアを排除します!

 ユリアン殿の件も、きっと復讐してみせます!


 お義姉様がまた憂いのない笑みを見せてくれるようになるまでぼくは努力するのみだ。


 リアとは同じ学年なので、接点も多く、ぼくはリアに復讐するにはかなり有利だ。

 前世で完全攻略した『星恋』の記憶もある。


 リアを間違いなく排除して、お義姉様が平穏に学園生活を送れるようにする。

 それがぼくの目標だった。


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