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2-7

***

 朝っぱらから佐伯さえきに告げられた「月岡に近づくな」命令で、俺は悠真と挨拶以上の会話もできず、ずっと悶々とした状態で授業を受けた。


 しかもクラスメイトのクスクス笑いで、恋バレしている事実が嫌というくらいにわかり、頭を抱えたくなる。


 昼休みのチャイムが鳴り、誰もかまわれたくなかった俺は、ひとりで弁当を食べた。すると佐伯さえきが横を通り過ぎながら小さな紙片を机にポイっと放り投げ、教室を出て行く。ご飯を飲み込んでから、小さく畳まれた紙片を開けてみると。


『食べ終わったら学習指導室に来い』


 走り書きなのに、やけに綺麗な文字で書かれた紙片を、ぎゅっと握りつぶしてゴミにした。


 学習指導室は、先生が成績の良くない生徒を呼び出して強制的に勉強をさせたり、親を呼んで三者面談をおこなうところで、俺はこれまで一度も立ち入ったことのない場所だった。


 一日に何度もフェロモンの誤爆で騒ぎを起こしたことについて、担任から呼び出されるかもと覚悟していたのに、なにもなかったというのは、佐伯さえきがなんとかするからと担任をうまく言いくるめ、学習指導室を借りたに違いない。


「どこまでもできた副委員長様だぜ、まったく……」


 食欲が一気になくなったので弁当を片付け、重い足を引きずりながら学習指導室に向かった。1階まで階段で降りて、廊下の奥にある学習指導室のオレンジ色の扉の前に立ち、数回ノックしてから扉を開け放ったら。


「おおっ、やって来た。これが噂のフェロモン爆散野郎か。結構イケメンじゃん!」


 こじんまりとした室内に、長机が一つと椅子が四脚あって、埃っぽい空気が漂っている気がする。机の向こう側に佐伯さえきがいたのだけれど、その隣にクラス外のヤツがいるのが不思議すぎる。


「……なんでC組の榎本えのもとがいるんだよ?」


 2年C組の榎本虎太郎えのもとこたろうは俺の顔を見るなり、指を差してゲラゲラ笑いまくった。


「俺が西野と話し合いするって言ったら、いきなり割り込んできた。ふたりきりにしたくないとかワガママ言ってきて、その……」

「涼と俺はラブラブの関係だからさ、アルファのおまえと一緒でも間違いがあったら嫌だしよぉ」

「いやいや。絶対に間違いなんてありえないから!」

「世の中、絶対なんて言いきれないんだぞ。現に俺と涼が付き合ってるのが、その証拠ってワケなんだぜっ!」


 困惑して扉の前に佇む俺に、榎本えのもとは偉そうに胸を張って言い切った。


「西野、時間を無駄にするな。早く中に入ってくれ」

「ああ、わかった」


 静かに扉を閉めて、佐伯さえきたちの前に座る。


「昼休みは永遠じゃない。時間が限られているからな、単刀直入に聞くけど月岡に本気なのか?」


 佐伯さえきが告げたプライベートな質問は、やけに冷たい口調に聞こえた。


「本気だ。悠真のこと運命のつがいだと思って、俺なりにアプローチしたんだ」

「アプローチするのはかまわない。だがアルファのフェロモンをまき散らすことで、学校の秩序を乱してどうする。フェロモンのコントロールは、小学生のうちにマスターしているものだろう?」

「言っただろ、俺なりのアプローチだって!」


 膝の上に置いてる拳をぎゅっと握りしめて、語気を強めた。


「西野はアルファの中でも、ひと際強いフェロモンを持ってる。それがどれだけ周りに影響を及ぼすのか、考えたことがあるのか?」


 佐伯さえきに指摘されたことは俺にとって、とても痛いところだった。


「なぁ西野委員長、その強いフェロモンって、どんな匂いなんだ?  出してみろよ!」


 榎本えのもとが嫌なしたり笑いをしながら、こっちに身を乗り出してきた。


「ここで出すわけねぇだろ!」

「西野、コイツの言うことを聞かなくていい。ここで出したらアルファの俺がたぎって喧嘩腰になる上に、乱闘になって学習指導室が終わる」


 至極冷静に佐伯さえきが言い放ち、隣にいる榎本えのもとを冷たく睨む。


「だから出さねぇって!」


 慌てて否定したけど、佐伯さえきに睨まれている榎本えのもとがあっけらかんとした口調で話しはじめる。


「昔、アルファに狙われてさ。フェロモン嗅がされて、うぜぇアルファがいっぱい絡んできたんだよ。でも殴り飛ばして、みんなぶっ飛ばしてやったぜ!」


 カラカラ豪快に笑いながら、親指を立てた。


(確か榎本えのもとはオメガだけど、優秀なアルファに喧嘩で勝つって、どういうことだよ!)


 呆気にとられる俺を尻目に、オメガの榎本えのもとは言葉を続ける。


「だから西野委員長、フェロモン爆散しても落とせないのなら、腕っ節をもっと強くしなきゃダメだぞ!」


 なぁんて自慢げに、両腕の力こぶを見せつけられたのだが。


「俺は喧嘩じゃなくて、悠真と恋がしたいんだ……」


 榎本えのもとに比べて、ひ弱な自分を認めたくないこともあり、俯きながら告げた。

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