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フェロモンがダダ漏れしないように気持ちを落ち着けて、図書室の扉を静かに開け放った。目の前にある本を読むためのスペースには誰もおらず、室内は閑散としていて寒々しく見える。
「バスケに関する専門書って、どの本棚に置いてあるんだろ?」
放課後は、図書室の本が借りられる時間帯になっている。その関係でカウンターに図書委員がいるはずなのだがそこも無人で、本の
「まいったな。自力でこの中から探し出すとなると、骨が折れそうだ……」
腰に両手を当てながら、大きなため息をついた。
とりあえずまずは、スポーツ関連の本がありそうな本棚を見つける。手前の本棚から隣の本棚に移動しようとした矢先に、たくさんの本を持った生徒とぶつかってしまった。ぶつかった衝撃で落としかけた本を、うまい具合にキャッチする。
「ごめんなさい! 前が見えなくて」
聞き覚えのある声に反応して「月岡?」って訊ねると、
「もしかして西野くん?」
持っている大量の本の横から、月岡がひょっこり顔を
「――あれ、前髪?」
授業中は隠れていた大きな瞳が、しっかり見えていることで切ったのがわかった。
「図書委員でこっちに来たときに、作業の邪魔になるなと思って切っちゃった」
「切ったのはいいけど、それだけたくさんの本を持っていたら、目の前が見えないだろ」
「当番の1年生がお休みしていて、代わりを引き受けたんだ。休み明けで返却が多い上に、ひとりで書架に戻さなきゃいけなくてね。何度もカウンターに行くのが面倒くさくて、この有様なんだよ」
見るからに大変そうなのに、喜びを表すような感じで、瞳を細めて笑う月岡。その笑顔に、なぜだか俺の目が釘づけになった。
正面からまっすぐ見つめられるだけで、胸が締めつけられるように痛む。大量の本の横から、首を傾げて笑ったときに揺れる前髪に、本を抱える細い指先とか、普段気づかない月岡の全部が目に入ってきて、頭がぐちゃぐちゃになった。
(やべぇ。こんな笑顔を見せられたら、俺、アルファらしく冷静でいられなくなる!)
月岡を意識するだけでドキドキする胸がすげぇ苦しくて、息が詰まった。持っていた本を上半身に押しつけて、心臓が飛び出しそうなのを抑えるけど、手が震えてくるのがバレそうで焦る。
しかも月岡の笑顔が瞼の裏に焼きついて、どうしても頭から離れない。
「西野くん、本を拾ってくれてありがとう」
「あ、うん……」
「汗びっしょりだけど、図書室暑いかな?」
指摘されたセリフで今の状況に興奮した俺が、アルファのフェロモンを無意識に流してることに気づいたが、月岡は穏やかな面持ちでほほ笑む。その無自覚な優しさが俺の胸を、さらにぎゅっと締めつけた。
(汗びっしょりって、俺のフェロモンがダダ漏れしてるのに、なんでこいつは平然としているんだよ!?)
「……月岡はベタなのか?」
オメガなら間違いなく、俺のフェロモンに反応する。ベタでもアルファのもつ強いフェロモンに、少しは反応するはず。さっきの長谷川先生のように。
「そうだよ。うちの家系は、ベタしか生まれてないからね」
月岡のセリフを聞いて、なぜか長谷川先生が告げた言葉が頭の中に流れた。
『ま、俺のメンタルはすごいから、アルファのフェロモンなんかにやられないしな。ベタはベタ同士で仲良くするから、おまえはどうかいいオメガを見つけて、仲良くやってくれ』
「ベタはベタ同士か……」
「西野くん?」
俺は無言で、月岡が持ってる本を半分奪ってやった。
「ひとりでやるのは大変だろ。手伝ってやるよ」
「ありがとう、すごく助かる!」
月岡が笑ってお礼を言った瞬間、俺の近くでその笑顔が弾けるのがなんか眩しく見えて、胸が変な感じでしなった。 そのせいで、鼓動が勝手に加速していく。
「あ、あのさその代わり、図書委員の月岡の仕事として、俺が探してる本を見つけてほしい」
バース性の話を逸らし、うまいことなきものにした。じゃないと隠しているドキドキで、フェロモンがまた漏れちまいそうだった。
「ふふっ。図書委員の仕事が、アルファの君とできてなによりだな」
先に歩き出した月岡の背中に、思いきって話しかける。
「月岡、俺おまえと友達になりたいんだけど」
「友達? それって図書委員の俺と仲良くなれば、探したい本を見つけるのに便利だから?」
持っていた本を手際よく本棚に戻している月岡に訊ねられて、すごく困ってしまった。
「やっ……本は関係なく。おまえとその――これをきっかけに、仲良くなりたいなって」
思いきって告げた瞬間に、ふたたび汗が額に
「西野くんとはクラスの席が近くだし、仲良くするのは全然かまわないよ」
月岡は唇をほころばせて振り返り、俺が持っている本を奪って隣の本棚に移動する。
(さっきから俺のフェロモンを浴びても変化なしって、いったいどうなっているのやら――)
「月岡は下の名前、なんていうの?」
「悠真だよ。西野くんは陽太だったね」
「悠真は部活に入ってないのか?」
悠真に名前を知ってもらえていた事実が嬉しくて、心臓が跳ねて顔がニヤけそうになる。しかも柔らかい声で告げられた『陽太』という自分の名前が耳に刺さって、頭の中でエンドレスリピートした。
「陽太と違って体を動かすのが得意じゃないし、文化部でやりたいこともなかったから帰宅部なんだよ」
「そうなんだ。ふーん……」
「陽太って人気者なんだね。さすがは我がクラスの委員長!」
プライベートを訊ねた、俺に対しての返答にしてはおかしいと思った矢先に、悠真は本を持っていない片手で、俺の背後を指差した。つられて後ろを見たら――。
「西野、なんか無性におまえに逢いたくなって来ちゃった」
「陽太先輩、こんなところでなにをしてるんですか?」
クラスメイトやバスケ部の後輩のオメガなど、数人が束になって集まっている状態に、頭を抱えたくなる。
「おまえらを呼んだ覚えはないのに、どうなってるんだよ……」
気になる存在の悠真にはまったく俺のフェロモンが効かず、遠くにいるはずのオメガを呼び寄せてしまった自分の失態に、なす