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第21話 蛇餓魅の家へ行く

学校へ行くと、千沙が青い顔をして私のところに駆け寄ってきた。

「なに?どうしたのさ?」

「と、巴…… 高津先輩が」

「高津先輩がどうしたの?」

千沙の表情からただ事でないものを感じた。

これは高津の身に何か起こったに違いない。

「死んだんだって」

「ええっ…… マジで?」

「朝ニュースでやっててびっくりしたよ」

「なんで死んだの?事故とか?」

高津がなにか重い病気だという話は聞いたことがないし、見るからに健康そのものだったと思う。

だとしたら殺されたか事故で死んだと考えるしかない。

「わからない……でもニュースではそこまで言ってなかったと思う」

スマホで検索してみたが、高津が死亡したという記事はあっても詳細は書かれていなかった。

ただ、前日の夜に高津の友人も死亡していることがわかった。

こちらは「事故死」と、はっきり書いてある。

名前を見て驚いたのは、その友人があの日に高津と一緒に例の家に行った者だったからだ。

私は昨日の高津からきた電話を思い出した。

今考えたら高津は本気で呪いに怯えていたのだ。

誰かがいるような気配や視線を感じると言っていた。

聞こえてくる女の声というのは、もしかしてあの自殺した女子高生のものかも。

だって、呪いとしたら考えられるのは例の家に行ったことしかない。

高津は電話ではっきりとは言わなかったが、本当に幽霊を感じていたのだ。

もしかして噂されている呪いは本当なのかもしれない。

本当に人を殺せる呪いの可能性がある。

私は少しこの事件について調べてみることにした。


数日が経過して、私は高津たちの記事を片っ端から読み漁った。

高津がどのように死んだのかはわからなかったが、呪いは本物だと確信するに至った。

高津たちと一年前に殺されたと言われている高校生に共通しているのは、自殺した女子高生に直接、間接的に接触があるということだ。

一年前に殺された高校生は直接いじめていた。

高津はあの家に入り日記を持ち出してきた。

最もそれは第三者から見たら脆弱な根拠だが私にとっては十分だった。

違っていたら違っていたで、それは構わない。

 高津があの日記を焼いてしまったと言っていたから自分の記憶に頼るしかないが、彼等を殺した呪いというのは「大呪」「蛇餓魅」で間違いないだろう。

 さらに記憶を掘り下げると、自殺した女子高生が蛇餓魅の森で祈願した呪いの対象は自分をいじめた同級生だった。しかし今回は何の関係もない高津たちが死んだ。

 あの日記に書いてあった「蛇餓魅と一緒になった人」。その人から呪いのことを聞いたと書いてあった。

これらのことから考えて、あの家には自殺した女子高生の呪いの他に別の人間の呪いもあるのではないだろうか?

「蛇餓魅と一緒になった人」から聞いたということは、あの家に「一緒になった人」はいたのだ。

そして呪いのことを教えて、女子高校生は蛇餓魅の森で命を絶ち、怨みを晴らした。

誘われて命を捧げて仲間になったということかと私は考えた。

 あの家に行けば死ねるかもしれない。もし呪われて死ぬときに自分の目の前には何が現れるのだろう?

自分はなにを感じたり見ることになるのだろう?

そう考えたとき、頭の中にあの女性の顔が浮かんだ。

 死ぬとしたら、その前にもう一度会ってみたい。そういう思いがまるで地に湧き出る水のように自然と生まれてきた。

何の関わりもない、一度見かけただけの人に自分は何故ここまで執着してしまうのか?

いくら考えてもわからなかったが、明日もう一度探してみようと思った。

そしてあの家に行くと決めた。


 翌日になり、また塾に行く途中に道を歩く人を見ていたが、お目当ての女性は見つからなかった。

「まあいいか」と、ため息をついてから気持ちを切り替えると塾へ向かった。

 塾が終わると千沙と真一が声をかけてきた。

「巴、今日いつものお店に寄っていかない?」

「ごめん、私用事あるんだ」

「そうなんだ」

千沙が残念そうな顔をする。

「用事って?」

真一が聞いてきた。

「蛇餓魅の家に行く」

私の答えを聞いて二人は驚いたような顔をした。

「蛇餓魅の家って、あの自殺した高校生の家?」

「うん」恐る恐る聞く千沙にあっけらかんと答える。

「あんなところに何しに行くんだよ?」

「別に。ちょっと興味があるの」

千沙と真一は顔を見合わせてから、千沙が「私も行く」と言い出した。

「えっ?いいけど。でもあそこって呪われるって言われてるよ。高津先輩も死ぬ前に行ったとか言ってたし」

「なんかスリルあるじゃん」

「呪いで死んでも?」

「別に。っていうか死んでもいいかなって」

千沙はこともなげに言った。

「なんか別に将来の希望とかもないし、お先見えてるって感じ?もう別にいいかなって」

「それなら俺も。試験の点は悪いしさあ、このままじゃあ志望校も危ないし生きていて意味ないなって」

真一も千沙に続いて言った。

「そう。なら行こうか」

千沙と真一がどの程度の濃度で死を望んでいるのか私は知らないし、知ろうとも思わなかった。

死にたいと言ってついてくるのだから好きにさせておけばいい。

それに人がどのように呪い殺されるのか見てみたい。といった悪魔のごとき願望が、自分の心の片隅に芽生えていた。


蛇餓魅の家と噂されている家の前に私たち三人は立っていた。

「けっこう雰囲気あるね」

千沙が月明かりを受けて浮かび上がる家を見上げて言う。

「そうだな……」

真一の方もここにきて神妙な面持ちだ。

二人に反して私はこの家からなにも感じなかった。

ただの空き家にしか感じない。問題はどうやってここに入るかだ。

正面の門扉には何重にもチェーンが巻いてあり南京錠で施錠されている。

目の前の南京錠を手に取ってみたが、古いといっても十分に鍵としての役割を果たしていて、工具でもない限り壊せそうにない。

しかし高津たちはここに入ったのだから、なにかしら侵入経路があるはずだ。

「たしかこっちの脇の塀が壊れててそこから敷地に入れるって聞いたな」

真一を先頭に三人は自転車を引きながら家の脇に行った。

「あった。ここだ」

真一の指差した先に塀が崩れている部分がある。

おそらく高津たちもここから入ったのだろう。

塀の中は庭と思われて雑草が生い茂っている。

虫に刺されるのが煩わしいなと、思ったが、ここで引くわけにはいかない。

虫といえばさっきから蝉の声が聞こえないことに気がついた。

風にのって遠くからは聞こえてくるが、この近辺からは聞こえない。

私たちはスマホのライトを頼りに中に入る。

「なんかあるよ?」

「祠かな?なんでこんなもんが家の庭にあるんだ?」

千沙と真一が首をかしげる。

私たちは庭の片隅にある祠には興味を示さずに、庭に面した窓を塞いでいる雨戸を見ていた。

入口の方へ廻ると、厳重に施錠された門扉の内側に出た。

「開いてるじゃん」

私がわずかに開いている玄関のドアを指差す。

高津がわざわざ鍵のところを壊して写真を送ってきたドアだ。

「誰が壊したんだろう?」

「さあ。私らみたいにここに来た人がやったんじゃないの」

これは高津に感謝しまない。ありがとう高津先輩。

「じゃあ入るか」

真一が一番先に入る。続いて私が「お邪魔します……」と言って入った。

「巴ったら誰もいないのに」

最後に入ってきた千沙が笑う。

「うるさいな」

茶化されて、照れ隠しにキツイ口調で返した。

それにしても誰もいないのに、お邪魔しますとか我ながら間抜けだな。

「かなり埃っぽいね」

「言えてる」

私と千沙は口許をハンカチで、真一は手で押さえながら一階の部屋をくまなく見た。

家具がそのままでみんな埃を被っている。

窓が閉め切られているせいで外よりも暑い。

「あれ?風だ」

自分の頬を撫でる風がどこからか入ってきていることに気がついた。

「ほんとだ。どっか開いてるのかな?」

千沙が辺りを見回す。

「二階からだ」

真一が言うように風は階段の方から吹いてきているように感じた。

三人で階段の下に行くと、たしかにわずかだが風が吹いてきている。

二階へ上がって部屋を見ていくと、最後に窓が開いている部屋を見つけた。

一番奥にある部屋だ。

窓がかすかに開いていてカーテンが揺れている。

ベッドに勉強机と、ここが子供部屋だったことがわかる。

「この部屋ってもしかして自殺した女子高生のじゃあ……」

千沙が若干怯えたように言った。

「これってなんだよ?」

真一がライトで壁を照らすと四方一面に「大呪」「蛇餓魅」と書かれている。

「ここだね」高津が送ってきた写真の部屋が特定できたことに思わず笑みがこぼれた。

ここで間違いない。いよいよだ。

そう思うと、胸の奥から高揚してくる。

「これなんて書いてるんだ?ダイノロイ?」

「タイジュだよ」

真一に教えてやった。

「巴、なんで知ってるの?」

「だって、ダイノロイよりタイジュのほうが言いやすいじゃない」と、聞いてきた千沙に適当に言っておいた。

真一と千沙は壁に書かれた文字をあれこれ言いながら眺めている。

私はなにか変化が起きないか周囲に注意を払っていた。

「気持ち悪いけど…… それだけだな」

「あと暑いし埃が酷い」

「もう少しいてみよう」

私は窓の方へ歩きながら二人に言った。

高津たちはなにも見なかったが、もしかしたらなにか出てくるのかも。

そんな期待があった。


真一がポケットから煙草を取り出して火を点ける。

「おまえらも吸う?」

「サンキュー」

私と千沙は真一から煙草を受け取ると火を貸してもらって煙を吐いた。

三人は真一が持っていたボトルタイプの缶を灰皿代わりに、タバコを吸いながら会話を始めた。もう怖さはほとんどない。

「明日学校へ行ったらネタにはなるな」

「うちらの学年じゃあ入ったヤツいないもんね!巴」

「そうだね」

千沙にふられて笑みを見せながら返す。

私はここでなにもなくても、高津が無事に家から出てきたのは知っているので、あるとすれば帰ってからだと踏んでいた。

もっともここで出てきてなにかあった方が手っ取り早く、呪いで殺されるのを見ることも、自分が死ぬことも両立できる。そんなムシのいい期待があった。


それから三人がどうでもいい会話をして粘っていると一階の方から誰かが入ってきた音が聞こえた。

「やべえ!」

「どうしよう?」

「シッ」

動揺する千沙と真一に声を出さいように制したが侵入者には二階に人がいることを気がつかれたようだ。

「篠崎中学の桂木です。誰かいるの?」

最悪なことに学校関係者のようだ。

「マジ?先生?」

「どうしよう?」

「まずタバコだよ!隠さないと」

私に言われて吸っていたタバコを真一のボトルに入れると、真一はそれをポケットにねじ込む。

階段を数人が上がってくる足音がした。

一人ではないらしい。

ドアが開くと女三人、男一人が入ってきた。

一番先に入ってきた女が臭いをかぐ。

私はこの女の顔になんとなく見おぼえがあった。

「あなたたち、タバコ吸ってたの?」

女に聞かれたが 私たち三人はなにも答えない。

「あなた…… 先生ですか?」

見覚えはあるが顔と名前が一致しない。

「ええ。非常勤講師で今週からあなたたちを教えることになったの」

非常勤講師?三人で顔を見合わせる。

言われてみれば新任の非常勤講師が朝礼で紹介されていたのを思い出した。

「俺たちタバコなんて吸ってません」

真一が抗議するように強く言う。

「じゃあこの臭いは?」

部屋に漂う臭いは誤魔化しようがなかった。

これ以上しらを切れば身体検査をされるかもしれない。

そうしたら言い訳は一切通用しない状況になってしまう。

反論する言葉は無かった。

「誰かに通報されて、警察が来てたら大変だったよ。あんたら」

「私らが外の自転車に気がついてきたから良かったものの」

非常勤講師と名乗った女と一緒にいた二人の女が腕を組んで言う。

「自転車の籠に学校のバッグつっこんだまんまだったぞ。それでわかったんだけどな」

男が言うと「それ、俺のだ」と、真一が間抜けな声を上げた。

千沙が真一の頭を叩く。

その後、壁に書いてある文字のことで落書きしたのかと聞かれたが、これは前から書いてあったと説明した。

全員で一階に降りたときに私の耳に誰かの話し声が聞こえてきた。

とても小さく注意してないと聞き取れないような声だった。

千沙と真一の方を見たがなにも気がついていない。

他の人で誰か聞こえていた人はいたのだろうか?と、思って周りのみんなを見てみると非常勤講師が他に誰かいるのかと私たちに聞いてきた。

「人の話し声が聞こえた」とは言わなかったが、タイミング的にどうやら聞こえていたようだと思った。

私たちは自分たちがきたときに誰もいなかったことを伝えると、非常勤講師は他の部屋を調べ始めた。

私が可笑しかったのは、非常勤講師は部屋に入るときにご丁寧に声をかけていたことだ。

自分も家に入るときにやったが、他人がやっているのを見ると、自分もこんなに間抜けに見えたのかと、思わず笑ってしまった。

全ての部屋を見てが、結局は誰もいなかった。


 その場から追い払われるように私たちは解散させられた。

その後、千沙の提案でみんなで国道沿いにあるファーストフード店に入った。

「やばいよな…… よりによって先生に見つかるなんて」

真一が酷く落ち込む。

「どうしよう?巴」

千沙に尋ねられて軽く笑って返した。

「大丈夫じゃない。だって私ら名前も学年も聞かれなかったじゃん」

「そっか!ってことはあの先生は学校に報告しないってことかな?」

「私はそう思う。それにあの人たち酒臭かったしね。もしかしたら飲んだ後に肝試しでもしようって来たのかもよ。他人の家に不法侵入しようとしてたんだからさ」

自分たちのことを棚上げして言った。

でも、あの人たちが肝試しをしようとしていたのは、全くの的外れとは思えない。

「だったらうちらのこと言えないよね。あそこに来たこと自体言いたくないだろうし」

千沙の声が弾む。

「今思うと、あの先生けっこう美人だよな」

「言えてる。服の感じとかもここらとは違うし」

美人と聞いたときに私の脳裏には、以前ここで見かけた女性のことが浮かんだ。

「それよりさあ。私達って呪われたと思う?」

私に言われて真一と千沙は顔を見合わせた。

「どうだろう…… なんにもいなかったし大丈夫じゃない?」

「そうだよな。ただの空き家だったし。がっかりだったな」

「言えてる。期待外れ」

真一と千沙、二人のやりとりを受けて私は「そっか」と、口許をゆるめて返すだけだった。

安心するのはまだ早いということは、高津の件で知っていたけど。


 二人と別れて帰宅したのは二十二時を過ぎた頃だった。風呂に入り自分の部屋でくつろいだのは家族がすでに寝ているころだった。

キッチンから持ってきた麦茶を一口飲むんで窓を開けると、隠しているタバコを一本口にはさんだ。

 外に向かって細く煙を吐きながら、ファーストフード店での千沙と真一を思い出す。

やっぱりあの反応を見るに二人は家の中での話し声を聞いていなかったようだ。

あれは霊の声だったのか?空耳だったのか?

ただ、声は一人ではなかった気がする。

あれが本当に霊の声だとしたら、あの家には自殺した女子高生の他にもなにかいることは間違いない。私の考えは当たっているかも。

それは明日か明後日、もっと後かもしれないが自分の前に現れるだろう。

それがいつになるのか?窓から見える明かりの消えた家々の上に広がる満天の星を見ながら考えた。

寝る前にLINEを開くと、クラスのLINEに真一があの家に行ったことを吹聴していた。



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