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第18話 疲労

私は巴から聞いた「伊藤真一が死にたがっていたこと」をヒアリング後の会議前に教頭に話した。

巴たちが例の家にいたこと、同じ様に巴や野村千沙も死にたいという願望があったことも。

「死にたいというのは、一体どういうことでしょう……まさか、いじめとか?」

教頭の片眉がぴくっと上がる。

「そこまでは時間的に聞き出せませんでした……ただ」

「ただ?」

「大秦巴さんに限っては、そういった深刻な理由は無いと思います」

「それは?」

私は巴との会話を伝えた。

「以上から、大秦巴さんには死に関する深刻な悩みはないものと考えます。伊藤真一君と野村千沙さん。この二人については、深刻なものがあったのか現段階でははっきりしません」

教頭は眉根を寄せて、不機嫌そうな顔色を見せた。

それが巴の奔放な物言いに対してか、厄介な証言を持ち込んだ私に対してかはわからない。


三十分ほどしてから会議が始まり、教頭からその件が伝えられて、明日の放課後に巴だけ改めてヒアリングすることになった。

担当するのは生活指導と担任の教諭。

そして明日を境に三日間の学級閉鎖を行うことに決まった。

理由は生徒たちの間で奇妙な噂が、無視できないレベルで流れていること。

それは「蛇餓魅の呪い」という噂だった。

「まさか」「バカバカしい」何人かの教諭は鼻で笑い、そんな理由で学級閉鎖をするのかと呆れたように意を唱えた。

これについては校長から話があった。

「仰りたいことはよくわかります。ただ、クラスメイトの自殺――」

校長は伊藤真一の死を自殺と言った。

そうだろう……

いくら怪異なことでも、学校が呪いや祟りだと公言なんてできるわけがない。

「えー、クラスメイトの自殺という背景にオカルトな噂が肥大化するのは校内での生徒の安全面から考えた際に、非常によくないと判断しました」

横にいた教頭がうなずく。

「ふん。校内での安全か……責任逃れだ」

小さな声でつぶやくのが右側から聞こえた。

しかし誰も反応はすることなく、校長も自然に続けた。

「以前も他県のことですが、こっくりさんのような降霊術をクラスで行い、集団ヒステリーのような状態を引き起こした事件がありました。そうした前例も踏まえて、生徒を一ヶ所に集めておくのは問題が起きやすいと判断したからです」

校長が話し終えて座ると、教頭が代わりに話し始めた。

「付け加えるなら、学校の周りをマスコミがうろつくような異常事態が落ち着くまでは、生徒を外に出さない方が良いということもあります」

「教頭先生、しかし教師の目がなければ生徒のタガが外れるのではないでしょうか?マスコミも個別に取材するだろうし」

私に校内を案内してくれた藤井先生が落ち着いた口調で言う。

「藤井先生、わかってないなあ。学校内でなにかあることが問題なんですよ。校内でなにかあれば教師のせいになる。校外なら親の責任なんだから。リスク分散ですよ。リスク分散」

学年主任の牧田という教諭が藤井先生の真面目さにうんざりしたように言った。

「生徒が死んでるんですよ?これ以上ない問題が発生してるじゃないですか!」

声を荒らげたのは、ついさっき私が面談している教室に入ってきた田中先生だった。

「ふん。偽善者」

また私の右側から小声で冷笑するような言葉が聞こえた。

声の主は川野先生だった。

田中先生は、川野先生を一瞬睨んだが、構わずに続けた。

「野村千沙の事件はどうするんですか?彼女だってわが校の生徒ですよ。しかも殺人事件だって言うじゃないですか?犯人もまだ捕まっていない。彼女の事件についてはなんら話そうとしないのは何故ですか?今回のヒアリングのように、彼女がなにか犯罪に巻き込まれるようなトラブルを抱えていたとか、交友関係があったとか、そうしたことを生徒達から聞き出すべきですよ。何故しないのですか?」

「それは警察の仕事でしょう」

さっき辛らつな言葉を投げた川野先生が言った。

「さっきも言ったように、学校内の問題じゃないからですよ。伊藤真一は授業中に自殺した。これは学校で起きた問題ですから対応せざるを得ない。こうして遅くまで残っているのもそういう理由ですよ。対して野村千沙の事件は、生徒が家にいるときに事件にあった。だから学校としては極力関わりたくない。警察に任せておくのが一番いい。そうですよね?教頭先生」

「いや…… まあ……」

教頭はうなずいたが、辛らつな当て擦りだと思った。

「藤井先生、田中先生の心配はごもっともです。生徒が学校を離れて、閉鎖している間にどういう行動をとるのかと考えた場合、私も楽観してはおりません」

校長は咳払いを一つすると続けた。

「しかし、無責任な噂が蔓延する中に生徒を置いておいた場合にどのような事態が起こり得るか?両者を天秤にかけた結果、生徒同士を切り離したほうが良いと考えました。そこはどうかご理解ください。それから野村さんの事件に対しては、学校として保護者の皆様にお子さんの交友関係と行動への注意喚起。自治体と協力した不審者の情報共有を図りたいと考えています」

校長は小さく頭を下げて締めくくった。

藤井先生も田中先生も、それ以上は異を唱えることなく、会議は終了した。

私は先生たちの前に置かれていたコップをトレイに乗せて給湯室に運ぼうとした。

なにか発言をしたわけでもないのに参加しているだけで、どっと疲れた。

「手伝うわよ」

「藤井先生、大丈夫ですよ」

「いいから。二人の方が早く終わるから」

藤井先生はニコッとすると、もう一枚あったトレイに手際よくコップを集めた。

二人で給湯室に行きコップを洗う。

白い壁に点々とする黒い染み。

節電対策で蛍光灯が間引きされていて薄暗い空間は気分を陰鬱にさせた。

「呆れたでしょう?さっきの会議」

「えっ、いえ……」

柔和な顔をしながら藤井先生に聞かれて戸惑ってしまった。

「いいのよ。遠慮しないで。いつもああだから。とにかく当たらず触らずっていう感じなのよね」

藤井先生は半ばあきらめたような笑みを見せて私が洗ったコップを拭く。

「なんだか辛辣なことを言う方もいるのでびっくりしました。しかもあの人が」

「ああ…… あなたの右側にいた川野先生ね。あの先生は会議と課になるといつもああなの」

川野先生というのは長身で端正な顔立ちで生徒にも人気がある先生だ。

私も少し話したことがあるけど、そのときは爽やかで、円滑に授業を進めるアドバイスも貰ったりした。

学生風に言うなら、頼もしくてカッコいい先輩というところか。

その人がまさか、あんな物言いをするとは意外も意外だった。

「桂木先生のころはどうだった?ああいう怪談みたいなのって流行ったりした?」

「まあ……それなりに」

「けっこう周期的に流行るのよね。怪談っていうかオカルト系の話しって。私が小さい頃は心霊ブームでね。こっくりさんとか流行ってたな。放課後にこっそり教室に残ってみんなでやったり。でも幽霊なんて来ない。だいたい誰かが動かしてるんだけどね。桂木先生はやったりした?」

藤井先生は笑いながら聞いてきた。

「ああ…… 私もクラスでやってるの見ました。私はなんだかそういう遊びには馴染めなくて…… どっちかと言うと、一緒に残っていても見てるだけとかでした」

「すっかり定着しちゃったもんね。あれは。どの世代でも知っているし」

藤井先生はどこか昔を懐かしむような目をする。

しかし、すぐに引き攣ったような表情をした。

「でもね、今は…… 今回のは違うの」

「違う……?」

「私が赴任したのは十年前。その頃にはもう蛇餓魅の噂があった…… 所詮は噂って思うけど、地域の大人までが潜在的に信じてるのよ。おかしいと思わない?」

「大人?私くらいの年齢からですか?」

藤井先生は首を振る。

「もっと上の年代。前にもそういう噂が学校で流行って問題になったのよ。そのときは学校に親御さんも呼んで無責任な噂に注意してくださいって促したの…… そうしたらけっこうな数の人が本当に信じていたのね。あれには驚いたわ」

私は自分の祖母を思い出した。

祖母は学校では噂を否定する側だったが、あのとおりで、本当はそうした超常的なことを信じている。

藤井先生の話を聞いて、もしかしたら今の学校にも本当は信じている人がいるのでは?と思ってしまった。

「校長先生や教頭先生が言うように、噂が蔓延している空間に生徒を集めておくのは好ましくないわ。学級閉鎖をして生徒同士を切り離すっていうのも昔なら良かったと思うの。でも今はスマホだパソコンだっていくらでも繋がれるじゃない?それも私たち教師や親の目に触れずにね」

「そうですね……。むしろ生徒だけの間でどんどんエスカレートする危険を考えたら得策とは言えませんね」

藤井先生はうなずく。

「いくら家に押し込めたって無駄よ。だっていくらでも外とつながってるんだから」

外とつながっているという藤井先生の言葉を聞いてふと思った。

外界とつながる機器は閉め忘れた隙間のようなものではないだろうか?

いくらでも外のものを呼び込める開かれた隙間……

それが霊道というなら、どこにでも霊道はあることになってしまう。

そして「蛇餓魅」はどこにでも現れることになる。

背筋がぞくりとした。

その後はコップをかたずけながら他愛もない話しをして職員室に戻った。


学校を後にした私のスマホに伊佐山君から連絡が来た。

「はい。桂木です」

「桂木さん、今は大丈夫?」

「うん。ちょうど終わって帰るところ」

「ちょうどよかった。あれから役場に勤めている知り合いに頼んでね。例の人さらいの家があった土地の持ち主がわかったんだ」

「そうなの!?」

「ああ。ただ、なにか事件を起こしたとかそういうことはまだわからない」

「そっか……」

「桂木さん土曜日はどんな予定?」

「土曜日はたしか、私の授業はないから休みだったはず」

「なら、終わってから俺の仕事場まで来れるかな?あそこなら町関係の資料はそろってるから、もしかしたら何かわかるかもしれない。実は金曜まで研修でこの町にいないんだ。土曜日なら帰ってきていつものようにここに出勤しているから」

「そうだね!わかった!じゃあ土曜日に行く」

もしも呪いや祟りを成していると思われているものがわかれば、供養をするなりいくらでも綾香を落ち着かせる方法はあると思った。

もちろん除霊をすれば一番良いのだろうけど、対処に念を入れておけば間違いないだろう。

綾香が恐怖を気にしなくなればいい問題なのだから。

除霊は日曜日だから、それまでは五日間。

長いといえば長い。

その間、綾香の精神が不安定にならないように注意しながら、学校にも集中しないといけない。

学校は今大変なときなのだから、私もできることは率先してやらないと。





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