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第17話 巴

火曜日。翌日になり昨日のことを考えていた。あの祖母の異様な怯えと緊張感。

あれはいったい何なんだろう?

なにがあると、ああした畏れのような反応になるのだろう?

しかし今日は自殺した生徒のクラスメイトたちにヒアリングをする日だ。

私も手伝うことになっている。いつまでも気にしてはいられない。気持ちを切り替えないと。


そう思った矢先に、朝のニュースを見て私は驚愕した。

ウチの学校の生徒が死んだとニュースでやっていた。

死んだのではない。殺された。殺人事件だと。

亡くなったのは野村千沙。

あの日、あの家にいた女子生徒だ。

どんな殺され方をしたのかは容易に想像がついた。

きっと伊藤真一と同じに違いない。

いやいや、そんなことがあるわけがない。それでは人知を超えた祟りだの呪いを全面的に認めてしまうことになる。

それだけはダメだと自分に言い聞かせた。


放課後に教室や会議室を割り当てられてヒアリングを開始した。ヒアリングの前には教頭から全教員にお達しがあった。今日のヒアリングはあくまで伊藤真一の自殺に対するもので、野村千沙の事件については絶対に触れないようにと。

クラスメイトが殺されて、今度はもう一人が殺された。生徒の動揺は計り知れないだろうが、学校内で起きた事件と学校外で起きた事件のことは明確に分ける必要があるとのことだった。

納得のいかない先生もいたようだが、私は教頭の判断は妥当なものだと思った。

昨日、伊藤真一がクラス全員が見ている中で自殺して、今度は野村千沙が殺されたのだ。

二つを一緒に話していたら、生徒だけでなく、聞き取りをする教師も収拾がつかなくなることは容易に想像がつく。


私は教室で一人、二人と聞き取りを終えて、三人目の生徒に取り掛かろうとしていた。

「失礼します」

女子生徒が入ってきた。

この子はあの日私たちと例の家で出くわした女子生徒だ。

名前は大秦巴。

あのとき私を小馬鹿にした子だ。

嘲笑うような表情が頭に浮かぶ。

 前は暗がりでわからなかったが、こうして面と向かって見る大秦巴は美少女といえる容姿だった。

黒いロングヘアで前髪を眉の上で揃えている。

目は大きく、色白で整った、線の細い顔立ちはどこか癇の強さを感じさせる。

この感じ…… どこかで見たような気がした。

「ごめんなさいね。友逹がああいうことになって、いろいろ聞かれたりするのは辛いと思うけど協力してね」

私は努めて労わるような口調で声をかけた。

これは職員会議で決められたことなのだ。

友だちを亡くした生徒の心情に寄り添うように話すこと、と。

「ああいうことって?」

大秦巴は薄桃色の唇の端をわずかにつり上げて聞いてきた。

口調には挑発するようなものを感じさせる。

どういうつもりなのだろう?

「知っているでしょう?窓から飛び降りたの」

巴は「違うでしょう」と小さく言うと、大きな瞳で私を見据えるように続けた。

「引っ張られた…… 放り投げられた…… どっちにしても自分で飛び降りたわけじゃないですよ」

「なにを言ってるの?」

「あれは「蛇餓魅」の仕業。みんなは知らないけど「蛇餓魅」っていうのは「大呪」から生まれたの。そして次は私の番」

 巴は端正な顔を崩すこともなく世間話のような軽さでしゃべった。

「大呪」。あの部屋に無数に書いてあった言葉だ。

あれから蛇餓魅が生まれたとはどういうことだろうか?

それにしてもこの差はなんなのだろう?

 友里や綾香があれほど怯えていたのに中学生の、しかもクラスメイトが目の前で死んだにも関わらず、巴には怯えが微塵もない。

 私のように半信半疑ならそうなるかもしれないが、巴は明確に幽霊のせいだと言っている。

「ダメダメ……付き合ってはダメ」

私は頭の中で自分に言い聞かせると、あえて冷めた口調で話した。

「ごめんなさい。今は先生があなたたちに亡くなった伊藤君についての話を聴きたいの」

巴は冷たい表情のまま私をじっと見る。

「真一のことだけでいいの?」

「そうよ。今は伊藤君の話をしているのだから」

巴がなにを言いたいかは明白だった。

野村千沙のことに違いない。

私はわざと視線を手元のノートパソコンに移して質問した。

「最近だけど伊藤君になにか変わったことはあった?」

「ありました」

「それはどんなこと?」

「ふわふわした薄黒いものが見えるとか、知らないうちに体に傷跡ができたとか、誰かが話している、囁きかける声が聞こえたとか。部屋に誰かがいる気配とか視線を感じるとも言ってたな。しかも見えるものも聞こえる声も自分にしか見えないし、聞こえない。近くにいる家族や友達には聞こえないんですって。とにかくもの凄い変わりようだった」

巴はハスキーな声で、まるで歌うかのようにさらさらと細かくクラスメイトが恐怖で変わっていく様を語った。

「そして最後にアレが来たんです。来たっていうか見えるようになった」

「見えるようになった?」

「はい。真一が言ってました。なんだか変な気配がするとか、なにかいるとか。はっきりとは見えないけどって」

さらに巴は表情一つ変えずに続ける。

「そういうときに、とにかく怖くなるって……。あれは心底怯えてたな……。で、そういうときは決まって腐ったような臭いがするって」

前に風呂場でのことを思い出した。

あのときどこからともなく臭ってきた悪臭。

「最後のときの、あの感じじゃあ、ようやく見えたんだなって」

「真面目に答えて」

「私は真面目です……。 だって先生の友逹、あの日私たちと一緒にいた人たちで二人は死んだじゃないですか。ニュースで見ましたよ。女の人と男の人」

「それは伊藤君の件と関係ないでしょう?」

「汚い誤魔化し」

巴はまた嘲笑いながら肩を揺すった。

「千沙が殺されたのも知っているでしょう?もうニュースでやってたしね」

「その話は今はしないで頂戴」

「どうして?真一の死と千沙の死はつながってるんだけど」

「そんなわけないでしょう?伊藤君の死は自殺。野村さんの死は他殺なの」

「千沙も真一と同じこと言ってたよ。同じように自分にしか聞こえない声が聞こえて、見えないものが見えて、いないものを感じるとかね」

「さっき言ったことがわからなかった?今は伊藤君の話をしているの」

「どういうつもりで真一の話を聞きたいの?呪い殺されたのに自殺とかでカタをつけたいから?そんなことに私が付き合う必要とかないんだけどな。だってそれは、そっちの都合じゃない」

それだけ周囲で変事が起きていて、友だちが訴えていたというのに、なぜ巴は平然としていられるのか理解できない。

「クラスの子はみんなあなたみたいなことを言ってるの?」

質問を変えた。

「ええ。だって真一のやつ、三人であの家に行ったことを言っちゃうんだもん。それでああいう死に様なんだから、バカな連中はここぞとばかりに盛り上がってる」

呆れたように巴は言う。

「私たちほんとうは死にたくてあの家に行ったの」

「えっ」

私は巴の言葉にドキッとした。

伊藤真一は死にたかった。

そんなことは今までヒアリングした生徒の口からは出てこなかったことだ。

「死にたいって、伊藤君が言っていたの?」

「ええ。もちろん千沙もね」

これは重要な証言だと私の中で緊張が走った。

「なぜ死にたいって思ったの?あなたたちはなにか悩みでも抱えてるの」

目の前の巴からは、とてもそんな深刻な悩みを抱えているような感じはしなかった。

だがそれは、十代特有の感性なのかもしれない。

こうして斜に構えて、悩みをもつことが「弱み」のように感じて他者に見せないように隠す。

もしもそうなら、悩みを打ち明けるのは弱さを見せることではないということを諭さないと。

「悩みとかじゃなくて、ただ死にたいの。わかんないかな?」

巴は私を憐れむような目をした。

「わからないわ。人のやることには理由があるし、考えがあるでしょう?」

例え非常勤の講師でも、生徒が「死にたい」と思うなら、なんとかその原因を取り除かないと。

私の中では、いつの間にかそんな使命感が湧き上がっていた。

「やること成すことにいちいち理由がある。そういう人もいれば逆の人だっているでしょ?」

「でも死ぬのならそれなりの理由があるわけじゃない?これは伊藤君に関するヒアリングだけど、あなたが何か抱えているなら私でも他の先生でも、もちろんご両親にも話してみるべきだわ」

「いやいやいや、そういうの面倒くさいんで」

巴は手で制するようなポーズをした。

本当になんなんだろう?この子は。

「それに私の話とかどうでもいいでしょ。今は真一の話限定なんじゃなかったでしたっけ?」

からかうように巴は言ってくる。

「先生の友逹はどうだった?」

ふいに巴が身を乗り出して聞いてきた。

その両眼は好奇心に輝いている。

「どうって、関係ないでしょう」

しかし巴は私の言うことなど無視して聞いてくる。

「どんなふうに死んだの?やっぱり「蛇餓魅」の祟り、呪いに怯えて死んだの?」

「そんなことあるわけないでしょう」

「嘘。先生だって本当は思ってる。これは祟りや呪いなんだって。人の力の及ばない理不尽な禍だって」

「そういう冗談は本当に止めなさい」

巴のことをまっすぐ見て言った。

身を乗り出していた巴は、椅子の背もたれに背を預けると「私が誘ったの」と、さらっと言った。

「えっ」

「あの二人。私が誘ったんだあ……。前に私が死にたいって言ったら二人も同じって言うから。だったらみんなであの家に行こうって私が言ったの」

巴は愛らしい笑みを浮かべながら私の反応を見るように大きな瞳を向けた。

「どうしてあの家に?」

巴と話していて私は得体のしれないものを感じた。

この子がなにを考えているのか私にはさっぱりわからない。

直前に考えた「十代特有の感性」とかそんな言葉で表せるようなものとは違う。

「人が祟りや呪いで殺されるのを見てみたかったから」

巴は私の問いにきっぱりと答えた。

「千沙も真一も、あの家に行った夜から変なことを言い出したの。さっきも言ったように、部屋に誰かがいる気配がするとか、声が聞こえるとか、変な影を見るとかね。聞こえてくる声っていうのは子供の声じゃないかって言ってたな」

子供の声と聞いて友里の件を思い出した。

友里にところに現れたのは子供の幽霊だと言っていた。

同じものが伊藤真一にところにも来たということなのだろうか?

二人の死に方は同じだった。

背中に冷たいものが流れた。

反対に、巴からはそうした感情を表情から読み取ることはできない。

いたって涼しい顔をしている。

放課後の教室は明るいはずなのに、巴とこうして話していると真っ黒な闇夜の様に感じる。

私にはこの子の考えていることが見えない。

「あの家に怖い噂があるのは知ってた。一年前にあそこの家の子が高校でいじめにあって、ある日失踪した。日を置いて蛇餓魅の森で自殺体が発見されて、いじめていた人はみんな死んだ…… 殺されたって。以来あの家にはその子が帰ってくる。蛇餓魅になったあの子が」

「ねえ?さっきからなにを言っているの?あなたの知っている蛇餓魅ってなんなの?」

「ここらで言う大蛇伝説とかいうのにかかわりがあるみたいよ。自殺したその子はいじめの怨みを蛇餓魅に託したの。蛇餓魅の森で命を捧げて、蛇餓魅の力で憎いいじめっ子たちを殺した。あの森って呪いの願掛けができるって昔は言われてたんだってね」

「あなたはどうしてそんなこと知ってるの?」

「その子の遺書に書いてあったのを母親が学校に話したんだって。塾とかに行ってるとそういう情報は行ってくるんだよね。詳しくは高校に行っている先輩に聞いたけどね。その先輩も今は死んでる。蛇餓魅の家に行ったから。その人が家から持ってきた日記に書いてあったよ。いろいろと。それさあ、自殺した後の日も書かれてるんだよね。怖くない?まあ、生きている誰か…… 例えばお母さんが書いていたとかもありそうだけどね。そうそう、それでさあ、死んだ先輩は自殺した女子生徒の声が聞こえるって言ってたよ」

頭が軽く混乱してきた。

どういうことだろう?友里と伊藤真一のときは子供の幽霊、巴の言う先輩という高校生には一年前に死んだ高校生の声が聞こえたという。

これが幽霊の仕業なら、二人の下に現れた幽霊は全く別のものということになる。

ダメだ。今は幽霊とか考えないようにしないと聞き取りに集中できない。

頭が混乱するだけだ。

「先生は体に傷ができた?真一も千沙も知らない間に体に傷ができたって言ってた」

巴が私の顔を覗き込むように聞いてきた。

まるで幽霊ごとに思考が傾いた私が、私に落ち着いて切り替える暇を与えないように。

「いいえ」

拒絶しないと。

「私もまだ。私たちのところにはまだアレが来ない。不思議だよね」

「そうやって変な話に関連付けるのは止めなさい」

私は自分の中でふつふつと煮えくり返るような感情を殺しながらようやく言葉を発した。

しかし巴には通じない。

「先生のもう一人の友逹は?」

「その話は関係ないでしょう」

うんざりするような反応を示した私を見て巴はクスクスと肩を揺すった。

「来たんだね」

直前までの笑みを剥がしたような冷たい顔で言う。

「私と先生だけなにも変わらない。どうしてだろうね?それとも最後になってくるのかな?」

そうだ。

もしも本当に呪いというなら、なぜ私は平気なんだろう?

「先生はどんな夢を見る?」

「夢……?」

「私はね、あの家に行ってからしょっちゅう見るの。もうこうして目を閉じただけでも浮かんでくる…… どこか田舎の家で、私が寝ているの。多分昼間。そうしたら庭先から知らない男が入ってくる。着物を着た知らない男が、私が寝ているところに、庭から入ってきて目の前までやってくる。あとは…… たくさん服が合って布団もふかふか、箪笥とか部屋の作りを見ていると、ちょっと古い感じがするけど、広くてきれいな部屋。女の子の部屋みたいなの。だけど窓がどこにもない。そういう部屋」

知らない男が入ってくる夢は、私の見た夢と同じだった。

「私は…… 知らない家で、そこの居間で寝ていたら庭先から知らない男の人が入ってくる…… 半分開いた窓から知らない男が入ってくる夢」

言おうと思って言ったのではない。

巴の話に付き合うつもりなんてなかったのに、なぜかうわごとのように自分の口から洩れてしまった。

「それ、きっと私たちに見せてるんだよ。アレっていうか、蛇餓魅がね」

「どうして私たちに見せるの?」

「さあね。そこは別に興味ない」

巴は毛先をいじりながら話す。

「私と先生は仲間だね。そっちの方が俄然興味がある」

まるで値踏みするような目で私を見た。

もうこの子とは話すのを止めよう。

なんだかどんどんペースに引きずり込まれる。

私は巴に対するヒアリングを切り上げることにした。

「ありがとう。もういいわ」

「もういいの?」

「ええ。廊下で待っている子に入るように伝えてくれない?」

私がそう言っても巴は席を立とうとはしなかった。

逆に話し始める。

「さっき千沙が呪いで殺されたって言ったじゃない。でもガッカリだね。連れて行かれるのは時間の問題だと思っていたら、本当にあっさり連れて行かれた。私が残念なのは死ぬとこが見れなかったこと。ずっと貼りついているわけにはいかないもんね。でも、まさか昨日の今日で死ぬとはね」

私は自分を抑えることが限界に達した。カッとなり思わず巴の白い頬を叩いた。

「なんなのあなたは!!どういうつもりなの!?なにを考えてるのよ!?人が死んでいるのよ!!」

激高した自分を抑えることができなかった。

巴は叩かれた頬を抑えながら、怒る私のことを見上げると、薄桃色の唇の端をつり上げて白い歯を見せた。

その瞳に涙を蓄えながら。

私が叩いたからなのか?その前からなのか?その涙が意味するものを考える前に、口許の笑みが私の中の怒りを余計に煽った。そのはけ口を求め再度手を振り上げたときに教室のドアが開いた。

「桂木先生、なにしてるんですか?」

「田中先生……」

ドアを開けたのは田中先生という、私と同じ歳の数学を担当する男性教諭だった。

「怒鳴り声が聞こえたけど、もしかして体罰ですか?」

「あっ……」

自分の手を思わず抑える。

「違います。そういうんじゃありません」

意外にも私をかばったのは巴だった。

「私がふざけすぎたんで怒られました」

「いや、でもなあ」

田中先生が最後まで言い終わらないうちに巴が立ち上がった。

「桂木先生、ふざけてすみませんでした」

礼儀正しくお辞儀をすると長い髪がバサッと前に落ちる。

そして頭を上げると今度は田中先生の方を見た。

「体罰とかそういうんじゃないんで。私は大丈夫ですから」

「でもおまえ、ほんとうに大丈夫なのか?」

田中先生の巴に向けた言葉には過度に労わるというような印象を受けた。

「大丈夫」

巴が薄く笑う。

「そ、そうか……わかった。桂木先生、時間が押していますから」

「はい。すみません」

納得しかねるような不満を顔に出しながら田中先生がドアを閉めようとしたときに、巴が呼び止めた。

「先生。ありがとう」

「お、おお……」

田中先生は曖昧な感じを漂わせてドアを閉めたが、その表情にはどこか喜びがあった。

巴に感謝されたことが嬉しかったかのように。

田中先生を呼び止めたときの巴は、さっきまで私に対峙していたのとは全く違う「女性」のそれだった。

対象を搦めとるような色香をまとっている。

「子供に対してああいう猫なで声を出すような大人より、先生の方が信用できる。生意気なガキは引っ叩いたほうがいいんだよ」

巴は田中先生が閉めたドアを見ながら憎々しげに言った。

この言葉で巴は田中先生のことを下に見ているように感じた。

本当に、この子はいったいどういう子なのだろう?

興味はわくのだが、今はあまり関わりたくないという気持ちの方が強い。

それは理解できないというのが主な理由だった。

なにを考えて、なにをするのか理解ができない。

同じ人間のはずなのに、全く別の生き物に感じてしまう。

私も十代のときは、これほどにないにせよ似たようなものだったのだろうか?

「先生。なにかわかったら連絡しましょうか?塾とかほかの友逹にも聞いてみますから。真一のこと」

「え、ええ。そうね。お願いするわ」

私は手帳のページを破ると、電話番号を書いて渡した。

「次の子、呼んできますね」

そう言って笑顔を見せるとお辞儀して巴は教室から出て行こうとした。

ドアを開けようとした巴がこちらに振り返る。

「先生」

「どうしたの?」

「さっきの。貸し一つだからね」

端正な顔に狡猾そうな笑みを浮かべる巴の表情に絶句した。

私がなにか言おうかと立とうとしたとき「失礼します」と、再度お辞儀するとドアを開けて出て行った。

巴が教室のドアを閉めたとき、私は気が抜けたように大きく息を吐くと、不可解な相手から解放されたような安堵を感じた。

なんだろうあの子は。

私に恩を売ったつもりなのだろうか。全く理解できない。

でも…… なぜ私と巴には何も起きないのだろう……?

これが呪いでないのだとすれば、そこに大した問題はない。

だが、もしも、万が一呪いだとしたなら、そこに重要な秘密があるのだと思った。

いやいや、これは違う。

呪いとかそういった人知が及ばない超常現象ではない。

当事者がそう思ったとしても、周りにいる人間が軽々にその方向に流れるわけにはいかないのだと自分に言い聞かせた。



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