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第15話 不安と恐怖

今後の対応についての話が終わったのは午後6時を過ぎた頃だった。

教師たちの顔には疲労が浮かんでいる。

重苦しい空気が全員の肩にのしかかっているような雰囲気だった。


学校を出た私は綾香に連絡した後に、伊佐山君に連絡して友里のことや警察が来たことも話した。

友里の彼氏である雅人さんも死んだということも。

「そうなのか……君たちと一緒にいた生徒が自殺……」

「そうなの。それに友里もああいうことになって綾香が不安だろうし、これから綾香に呼ばれて家に行くところ」

すると伊佐山君は少し黙った。

「どうしたの?」

「あまり近付かないほうがいいのかもしれない。桂木さんに何か影響があるかもしれない」

「でも放っておけないよ……それに……」

私は一旦、言い淀んでから続けた。

「私から相談しておいてこういうことを言うのも変なんだけど、本当にこれは祟り、呪いとか幽霊のやっていることなの?こんなに何人も連続で殺したりって……どうも私にはそんな力が存在するっていうことが不思議で……」

「俺にも正直わからない。ただ、話を聞いていると普通じゃない気がする。とにかく俺は叔父にできるだけ早く戻ってくるように頼んでみる」

「お願い。綾香も安心すると思う」

「それから、できることならあまり近寄らないでほしい」

「ごめんなさい。それはちょっと……少しでも綾香の不安を取り除いてあげたいから」

電話の向こうの伊佐山君はしばし沈黙した。

私も心配してくれているのに申し訳ないと思いながらも、そこだけは妥協できなかった。

電話を切った私は綾香の家へ急いだ。


綾香の家に行くと、綾香のお母さんが出迎えてくれた。

「瀬奈ちゃん、ほんとに久しぶりねえ!こんな綺麗になって!」

「いえ、そんなことは」

「あなた、瀬奈ちゃんよ!中学まで綾香と一緒だった」

「ああ!瀬奈ちゃん!戻って来たんだって綾香から聞いたよ!しかも学校の先生だってね」

頭にタオルを巻いた綾香のお父さんが厨房から顔を出した。

綾香のご両親には、友里と一緒にお店のメニューからお昼ご飯を振舞ってもらったりした。

二人とも昔のまんまな明るさは変わらない。

「どうも。ご無沙汰して申し訳ありません」

「そんなかしこまらなくていいって」

お父さんが手を振って言う。

「それより、友里ちゃんのとこはお気の毒にねえ……旦那さん一人残って……なんて言っていいのやら」

お母さんは困ったように眉間にシワを作って肩を落とした。

「はい……実はその件で綾香さんに」

「そうそう!友里ちゃんのことで相当ショックだったみたいでね、部屋に上がったきりなの……瀬奈ちゃんも大変だろうけど話を聞いてやって」

「はい」

綾香のお母さんが厨房の横にあるインターホンで二階へ連絡する。

「えっ……上がってきてって、迎えに降りてくるくらいしなさいよ」

「ああ、いいんです。私行きますから」

「自分から呼んでおいて、まったく…ごめんなさいね」

綾香のお母さんは申し訳なさそうに言うと、私を店の奥にある上がり口へ案内した。

「さあ、どうぞ」

「お邪魔します」

会釈をしてから靴を脱いで上がる。

「綾香の部屋はそこの階段を上がって右側だから」

「はい」

階段を上ると廊下の電気は煌々と照らされていた。

右側にドアが少し開いた部屋がある。

昔の記憶が呼び起されてきた。

あそこが綾香の部屋だった。

「瀬奈」

案の定、その隙間から綾香が顔を出して手招きしながら笑う。

「綾香」

予想と反して笑顔を見せた綾香を見て頬がほころんだ。

そのまま部屋に入って後ろ手にドアを閉めたときだに、自分の周りの空気が動いたような

変な感じがした。

「まいったよね……友里のこと」

私に背を見せていた綾香が振り向いて言った。

「あ、ああ……私もびっくりして」

綾香は私に座布団代わりのクッションに座るように勧めると、自身も色違いのクッションに座った。

「瀬奈のところにも警察来た?」

「うん」

さっきの変な感じの事はとりあえず言わないでおこう。

「その後で瀬奈の学校でも自殺があったんでしょう?」

「うん」

「私、ニュースで見ちゃった……自殺した子ってあのとき私たちと鉢合わせした子じゃない?」

「うん……」

「あれがもしも祟りというなら次は私なのかな?」

さっきまで不通だった綾香の表情が怯えた者に激変した。

「綾香。私はそう思わないよ」

「どうしてそう言い切れるの?」

「だって祟りとか幽霊の仕業なんてなにも証拠がないじゃない?そういう噂がある、あそこにはなにかを感じる人がいるってだけでしょう?」

「感じるっていうのは霊感がある人のこと?」

「ええ。それだって私には……なにも感じる事が出来ない人間にとっては確かめようがないもの」

綾香を精神的に追い詰めないようにするには、恐れている祟りという可能性を否定するしか私は思い浮かばなかった。

仮に祟りということに同調したとして私に何が出来るだろう?

なにもできない。

なにを言っても届かないし、怯える綾香にとっては価値のない言葉になってしまう。

「でも関係者っていうか、みんな死んだりしてるよ」

「綾香。聞いて。友里はだれかに殺された……でも学校の生徒は自殺なの。綾香は祟り思うかもしれないけど、もしかしたら死にたい動機があったのかもしれない。学校ではなにかそうした兆候がなかったか調べるところなの」

「でもね、でもね、瀬奈。聞いてよ。私ね、昼間に変な夢を見たの」

「夢?」

「夢なのかリアルなのか……自分でもわからない……でも見たのよ!」

「なにを見たの……?」

綾香はすっと私の後ろを指差した。

その先にはエアコンがあった。

「急に腐ったような臭いがエアコンから噴出してきて……あの送風口の隙間の奥にいたの……なにかがいて、私のことを話してた」

「なにかって、いったいなに!?」

「わからない……最初は声しか聞こえなかったの…… 小さい子供の声や、他にも中高生くらいの声、そして友里の声…… 次は誰にしようか?誰が行こうか?とか聞こえてきて、奥の方から目が覗いてた……」

私は風呂場でのことを思い出した。

腐臭と不気味な人影…… いろんな人の声。

私も同じだった。

私も綾香と同じような体験をしている。

私と友里や綾香との違いは体にできる痣があるかないかだ。

もし祟りなのだとしたら、あれはどういう意味があるのだろう?

「そこで気を失ったのか……最初から寝てたのかわからないけど、目を覚ましたの……そうしたら、またこれがあったの!!」

綾香はTシャツの裾をまくった。

そこには引き裂かれたか、細いなにかで叩かれたような真っ赤な傷が数本、みみずばれになってくっきりと浮かび上がっている。

冷房が効いているにもかかわらず背中に汗が流れた。

「ねえ?どう思う!?これでも私大丈夫だと思う!?」

綾香は半分笑っているような顔で私にすがるような目を向けた。

かなり不安定に感じる。

「ずっと言わなかったけど日に日に強くなってくるのよ」

「なにが?いったいなにが強くなるの?」

綾香がわなわなと体を震わせながら絞り出すような声を出した。

「恐怖よ……体の中にあるの」

「恐怖が……?」

私はオウム返しにすることしかできない。

綾香の言っていることがとっさには理解できなかった。

「感じるのよ……自分の中にある恐怖が、日に何度か五感をとおして現れるの……息苦しくなったりイヤな汗をかいたり……心臓が押しつぶされそうな感じがしたり……まるで私の中に生まれた恐怖が体の中を食い荒らすみたいな感じなの」

綾香は一旦、間をおいてからすがるような目で私を見た。

「友里は子供の幽霊が現れたって言ってた……なら私のところにも来るかもしれない……でもそれがいつかなんて私にはわからない、今こうしている間に現れるのかも……わかる?現れたら友里のように殺されるかも、突然訪れるかもしれない死が怖くて怖くてたまらないの!」

私は唾をのんでから綾香に語りだした。

「いい?綾香。聞いて」

綾香の両肩をつかんで顔を真正面から見る。

「う、うん」

「今ね、伊佐山君が霊媒師の叔父さんに早くこっちに戻ってこれないか頼んでくれてるの。いろんなこうした依頼を請け負ってきた人なのよ。その道では有名なの」

「そんなにすごいの?」

「うん。もしもこれが綾香の言うようになにかの祟りだとしても、だったらその道のプロが対応してくれるのだから解決の道筋が見えるでしょう?」

こうなったら綾香が安心するのなら何でも言うつもりだ。

とにかくこのままの精神状態ではいけないと思った。

不安と恐怖しかない。

そこに希望を植え付けないと。

そう強く思った。



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