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第13話 連鎖

月曜日。

また知らない男の夢を見た。

今度は少し長い。

庭から侵入してきた男は寝入っている私の顔を凝視して、私が気が付くと連れ去った。

次はいきなり場面が変わって、私と男は同じ部屋にいる。

そこは広くて、襖を取り払い二つの部屋をぶち抜いている。

そして変わっていると言えば窓が一つもないのだ。

男が立ち上がり私に近寄ると、全身が恐怖で硬直してしまい声すらも出てこない。

男が眼前に迫ったところで目が覚めた。

なんともいえない嫌な気分だった。

あの夢に出てくる男はいったい誰だろう?

いくら記憶の隅を探っても出てこない。


土曜日の風呂場で見た以外、私の周りでは友里が遭遇したようなことも、綾香が見せてくれた痣ができるようなこともなかった。

二人が怯えているときに私は伊佐山君と会って楽しんでいたわけだが……。

結果的に二人も伊佐山君の叔父に見てもらえるから喜んでいたけど、私はなんとなく申し訳ない気持ちがあった。


その日は朝から学校に行き、授業をこなし、昼食を終えて、午後からの授業の準備をしていたときに教頭に呼ばれた。

「桂木先生、ちょっといいですか」

「はい」

教頭は周囲の目を気にするように声を潜めて「警察があなたに面会にきています」と、言った。

「警察?」

驚いて私が大声を出すと、周りの先生たちの視線が集まった。

「でも、私これから授業が」

「それはこちらで対応しますから。さあ」

教頭に促されて職員室と同じフロアにある応接室に入った。

「お待たせしました。こちらが桂木先生です」

教頭が二人の男性に私を紹介する。

「こんにちは。篠崎署の前田です」

「葛西です」

ソファーに腰掛けていた二人の男性が立ち上がり挨拶をしながら警察手帳を見せた。

私は警察手帳なんてドラマでしか見たことがない。

「さあ、先生。座ってください」

「はい」

教頭に言われるまま刑事の向かいにあるソファーに腰をおろした。

「では桂木先生、私は桂木先生が担当しているクラスに自習をするように言ってきますから」

「はい」

教頭が出ていくと刑事二人はなにやら話してから手帳に書き込んでいた。

普通にその辺にいる人とは目付きが違う。

なんていうか、プレッシャーみたいなものを感じる。

「警察の方がどういったご要件でしょうか?」

「失礼しました。桂木瀬奈さんでよろしいですね?」

前田と名乗った年配の刑事がにこやかに言った。

「はい」

警察がいったいなんだろう?

「三宅友里さんはご存じですか?」

「はい…… 知ってます」

「どういったご関係で?」

「友人ですが……あのう、友里がなにか?」

私が聞くと葛西と名乗った若い方の刑事が「お亡くなりになりました」と、抑えた口調で言った。

「えっ」

 友里が亡くなった?私は目の前の刑事が言っていることが、この二人の存在が現実ではないのだと一瞬思った。

しかし目の前の二人は消えない。

これは現実なのだ。

「桂木さん?」

葛西刑事の声に我に返った私は二人の顔を見ながら質問した。

「あ、あの……友里が亡くなったって……どうして?」

「それは現在捜査中です」

葛西刑事が抑えた口調で言う。

「捜査中……?えっと……友里は事故かなにかで亡くなったのですか?」

 病死なら警察はいちいち捜査なんてしないだろう。

第一、友里が病気…… それも命に関わるような病にかかっているなんて、本人からも綾香からも聞いてない。

だから友里が死んだのなら、病死以外だと思った。

「ちょっと普通でない亡くなり方でしてね」

前田刑事が言うと、横にいた葛西刑事が咎めるようなことを言った。

が、前田刑事は「いいんだよ」と、柔らかく言ってから私に一枚の写真を見せる。

「この人、知ってますか?」

「あっ」

雅人さんの写真だ。

「はい……友里の彼氏です」

「そうですか……この方と連絡はとりましたか?最近」

「いえ……この前、友里から紹介されただけで私は連絡先を知らないし……」

「そうですか……」

前田刑事は写真をしまうと天井を仰いだ。

会議室の天井には黒いシミがあった。

「ではお会いしたときはなにか変わった様子はありましたか?」

「変わった様子?あのう…… どういうことでしょう?」

葛西刑事に聞き直す。

なぜ警察が雅人さんを?

「実はこの男性、小谷さんなんですがお亡くなりになりました」

「ええっ!」

「昼休みにタバコを吸いに行くとオフィスを出たっきり、戻ってこなかったんです。同僚の方が会社のトイレで小谷さんが亡くなっているのを発見されました」

「雅人さんが?どうして?」

「それは現在捜査中です」

友里の死と雅人さんの死がなんの関連性があるのか、私は計りかねていた。

「私たちは小谷さんと三宅さんがなにかの事件に巻き込まれたのか?お二人の死になにか関連性はあるのか?様々な角度から捜査するつもりです」

「はい……」

私は雅人さんについては何も知らない。

友里の彼氏ということしか。

「あのう……友里とお母さんはどうやって亡くなったんですか?さっき普通じゃないって……」

二人の刑事は顔を見合わせた。

「三宅友里さんのお母さんはショック死です。争ったような形跡も外傷もありません……現段階ではそれしかわかりません……三宅さんについては……全身骨折と内蔵損傷による出血性ショック死です。体にもいくつか外傷が見られました」

「全身骨折……」

なぜそんな状況になるのかわからなかった。

「どこかから落ちたとか……交通事故とか?」

自分で口にしてすぐに違うと思った。

それならすぐに病院に行くはずだ。

自宅で亡くなるわけがない。

「わかりやすく言うと、もの凄い力で全身を締め付けられ……捻り殺されたということです……体が180度捻れていました。小谷さんも同じような死因です」

それを聞いて私は息を呑むしかできなかった。

そんな死に方があるのか……どうしたらそんなふうになるのだろう?

「そ、それは、殺人……殺人じゃないですか?」

「まだはっきりとは断定できません」

私の上ずった問いかけに葛西刑事が沈痛な面持ちで首を横に振る。

「我々があらゆる角度から考えているのはそのためです。事故死にしては異常すぎるし、殺人事件にしても異常すぎる…… 特に殺人だとしたら、こんな殺し方をどうすればできるのか?私は聞いたことがありません…… ただ、殺人事件ということで方向は統一されるでしょうな…… 事故よりも殺人の方がまだ納得できる」

最後の方は自分自身に向けて言っているように聞こえた。

前田刑事はテーブルに置いた両手を組んで続けた。

「現場に誰かがいた形跡はありません……しかし三宅さん宅の玄関のドアは空いていた」

「ドアが空いていた……?」

「こう……20センチから30センチくらいにね」

前田刑事は隙間の幅を再現するように両手を使って説明した。

「外から蛇餓魅がくる!」

祖母の口から聞かされた迷信が私の中で恐ろしい響きをもって蘇った。

でも、そんなことがありえるのか?

ありえない。

そんな馬鹿なことがありえるわけがない。

「三宅さん、なにかトラブルを抱えていたとかそういう話は聞きませんでしたか?」

トラブル……

日曜日に友里は祟りを恐れて取り乱していた。

「そういうの……トラブルとかは聞いたことがありません」

しかし私はそのことを口にしなかった。

幽霊だ祟りだと警察に話してどうなるだろう?

頭がおかしいと思われるだけだ。

しばらく沈黙が続き、前田刑事が三枚の写真を出した。

「この子たちはご存知ですか?」

制服姿の女子が三人。

高校生だろうか。知らない顔だ。

「記憶にないです。この子たちは?」

「一年前くらいに亡くなった篠崎高校の生徒です」

「一年前って、私はまだこの町にいませんでしたから…… どうして私に?」

「ほとんど一緒なんですよ。この三人と三宅さん、小谷さんの死因が。ご遺体の損傷度は一年前の方が酷かったですが…… 因みに一年前の事件はまだ解決していません」

「では、もし殺人なら同じ人間が?」

「その可能性が高いとみています。ですから三宅さんと小谷さんのことで思いあたることがあればなんでもいいから思い出してください」

友里たちと居酒屋に行ったときの会話を思い出した。

「一年前にこの子たちかわかりませんが、高校生が何人か亡くなったという話をしていました」

あれは蛇餓魅の祟りとか呪いとか、そんな話題のときだった。

「他には?」

「あとは…… わかりません」

「わかりました。もしなにかありましたら連絡をください」

そう言って名刺を差し出す。

葛西刑事も同じように名刺を差し出してから、私は住所と連絡先を控えられた。

「またご協力をお願いするかもしれません。失礼します」

前田刑事が挨拶をすると、二人とも礼をして会議室から出ようとした。

「あっ!お送りします」

「いえ、けっこうですから」

丁寧に葛西刑事が断る。

三人で会議室から廊下に出たときに窓の外からもの凄い悲鳴が聞こえた瞬間、窓の外を誰かが落ちていった。

「きゃああああー!」

「前田さん!」

「ああ。行くぞ!」

葛西刑事が走り出すと前田刑事は呆然としている私の肩をつかんで叫んだ。

「先生!先生!」

「は、はい」

「すぐに119番、いいですね!」

「はい!」

私がうなずくと前田刑事は葛西刑事の後を追うように走り出した。



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