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第5話 大呪

三十分くらいして友里の彼氏という小谷雅人さんがきた。日焼けしていて短髪、Tシャツにジーパンというラフな格好が似合っているスポーツマン系。サーフィンでもしているような感じだ。

「おまたせ」

「早かったね!紹介するね!って、綾香は知ってるよね?」

「雅人君ひさしぶり!また焼けたんじゃない?」

「先週海行ったからさ」

「海って、サーフィン?」

「そう!瀬奈よくわかったね!えっと、こちらが私の彼氏の小谷雅人君」

「はじめまして。桂木瀬奈です」

「どうも!小谷です」白い歯を見せて会釈する友里の彼氏、小谷雅人さんは近くにあるハウスメンテナンスの会社に勤めていると言った。この近くで一人暮らしをしていて、友里とはこの町の花火大会で知り合ったらしい。

「へ~、学校の先生!全然イメージじゃないね」

「イメージ?」

「俺が学生の頃の先生って、なんていうか、桂木さんみたいな華やかなイメージないからさ。真面目で厳しい大人っていう印象しかない」

雅人さんはノンアルコールビールを飲みながら笑って言った。

「こんなきれいな先生いたら俺ももう少し授業に身を入れてたよ」

「いつまで馬鹿言ってんのよ」

友里が肘で小突いて苦笑する。


雅人さんは私が東京に引っ越して、また戻ってきたことを聞いたことに関心を示した。いろいろと東京の生活について聞かれた。

「そろそろ行かない?」

「そうね!いこいこ!」

友里に言われて綾香が相槌をうった。


私は友里とその彼氏の雅人さん、綾香と問題の心霊スポットへ向かった。

「昔はたしか右の塀が壊れてて、そっから入れたんだよな」 雅人さんが言うには家の右側の塀、つまり元神社公園の側から入れたらしい。

「みんなはあの家に入ったりしたの?」

「あの頃は鍵かかってたし、管理がちゃんとされてたからね」

「それに人が住んでるときもあったし」 私の問に友里と綾香が答える。

私たちは神社公園の跡地である建売住宅の建設地に着いた。

「ほらな」雅人さんが指した先に半壊した塀があった。

一部だけが真っ暗闇な様はぞっとする。

前に感じた不気味さが蒸し返してきた。

あのときは昼間だったが、今は夜。 気味悪さも段違いだ。

やっぱり入るのは止めとこう。 私は外で待ってることにしよう。 こんな気持ち悪いところに入るなら、まだ臆病さを笑われた方がマシだ。それくらい嫌な感じがした。

「あれ?もしかして先客?」

綾香が塀の脇に止まっている三台の自転車に気がついた。

無防備なことに鍵も挿しっぱなしだし、バッグまで籠に入ったまま。

しかも学生が持つようなバッグだ。

「あっ……これうちの生徒のだ」 バッグにプリントされた校章ですぐにわかった。

「私、やっぱ止めとく。人様の物件に不法侵入とか生徒に見られたら最悪だし」

「それより先に不法侵入してる生徒を注意して外に出すのが先じゃない?」雅人さんが言った。 たしかにそのとおりだ。

もしも生徒がいるなら教師の一人として放置はできない。

怪我をする危険もあるし、事件に巻き込まれることもある。それから、これはあまり考えたくないが悪さをしている場合もある。

「誰かに通報されて補導されたらめんどくさいよね」

友里が私の顔を見て言う。

…… 最悪だ。

せっかく入らない決意を固めた矢先に「入らなくてはいけない」状況になるなんて。

「行くよ先生」 綾香が茶化すように言う。

「やめてよ……」 半ばうんざりしたように返した。


念のために周りを見て見たが、誰もいない。 いるならこの家の中だ。 嫌々だが行くしかない。

腹を括るしかない。

先頭に懐中電灯を持った雅人さん。 その後ろに友里、綾香、私と続いた。 今年の夏は過去最高の暑さらしく、夜になってもムワッとした暑さがある。

いつの間にかじっとりと汗をかいていた。

帰ったらシャワーを浴びないと。

半壊した塀を跨いで敷地に入る。 敷地内には数本の木が生えていたが、いたるとこにいたはずの蝉の声がしない。 周りの離れたところから聞こえるだけだ。

「わりと広い敷地だな」雅人さんが懐中電灯で左右を照らすと腰の高さまで生えた雑草の向こうに塀が見えた。 その手前になにか黒いものがある。

「なにあれ?」私が指さした先を友里の彼氏が照らす。

「祠だ……なんでこんなとこに……?」

「昔からあるよ」

「うん」 友里と綾香が言うには、かなり前からあるらしい。

「ここまでは見たことあるけど、中は入ったことないんだよね」

「そうそう」友里と綾香が周りを見ながら言う。

ここを購入した人たちは気にならなかったのだろうか? ふと疑問が湧いた。


庭に面したところを見ると、雨戸が閉められていて、庭先からは入れそうにない。 どこの窓も厳重に閉まっている。 あの自転車の持ち主が侵入しているとしたら、どっから入ったのだろう?

「やっぱ気持ち悪いね」 「言えてる」 友里と綾香が声を殺して話す。

四人で壁伝いにそろりと歩いていくと玄関の前に出た。

「こっからだな」懐中電灯がドアを照らす。

「あっ……」三分の一ほど開いたドアを見て思わず声が漏れた。 この前と同じだ。

「鍵のところが壊れてる……だから閉まらないんだな」

雅人さんが光をあてるので見てみるとたしかにシリンダーの部分が壊れていた。

ここだけ壊れるなんて自然ではまずありえない。 誰かが壊したと考えるのが妥当だ。

二階を見上げるが、誰かがいるような気配を感じることはできない。

「行くぞ」 開いたドアの隙間から雅人さんがするっと入る。 友里と綾香も続いた。 私も続こうとしたが、一瞬躊躇うと、ドアを全開にして「お邪魔します……」と小さく声を出して入った。

「瀬奈、なに声かけてんの?」

「誰か住んでるとかないから」 友里と綾香がクスクス笑う。 私もなんだか自分で間が抜けてるなと思いながらドアを閉めた。

静かな空間にドアを閉めた音がやたら大きく感じる。 埃臭さが鼻についたと思ったら、どこからか人の声が聞こえてきた。

「誰かきた!」 「マジか?」 「ヤバイ……!」 私たちは顔を見合わせると、玄関を上がって廊下の中程にある階段の上を照らした。

「二階から聞こえたな」

「篠崎中学の桂木です。誰かいるの?」私が呼びかけると後ろで友里と綾香が「先生してる」と茶化す。

上からもひそひそ話すような声がする。 私たちはそのまま二階に上がった。

古い家なのか踏むたびに階段がきしむ。

二階には三部屋あり、順番に中を見ていくと一番奥の部屋に女子二人、男子一人が座っていた。

入った瞬間に異臭がしたが、その正体に私は気がついた。

「あなたたち、タバコ吸ってたの?」 三人はなにも答えない。 手にはなにもないことからポケットに隠したのかもしれない。

「あなた……先生ですか?」 女子生徒が聞いてきた。

「ええ。非常勤講師で今週からあなたたちを教えることになったの」 三人が顔を見合わせる。

朝礼でも挨拶したのに覚えられてないとは。

「俺たちタバコなんて吸ってません」

「じゃあこの臭いは?」 三人は黙ってしまい、私もため息をついた。

「誰かに通報されて、警察が来てたら大変だったよ。あんたら」

「私らが外の自転車に気がついてきたから良かったものの」 友里と綾香が腕を組んで言う。

「自転車の籠に学校のバッグつっこんだまんまだぞ。それでわかったんだけどな」 雅人さんが言うと三人は顔を見合わせてから、一人の男子生徒の頭を叩いた。 やれやれ……。

「これなに?」

友里が壁を指して言う。

「なんだこりゃあ……」「嫌だ……」雅人さんと綾香が絶句する。

懐中電灯で壁を照らした私は言葉を吞んだ。

壁には一面、左右にもスペースがあったと思われる場所に「大呪」という言葉がびっしり書かれている。

「なにこれ?だいのろい?」

友里が首をかしげる。

「たいじゅっていうんだよ」

男子生徒が答えた。

「たいじゅ」という言葉を聞いて背筋がぞっとしたのと同時にもの凄い視線を感じた。

まるで睨まれてるような。

周りを見るも、いるのは私達と生徒三人だけで、私に強烈な視線を送ってくるような者はいない。

「これあなたたちが書いたの?」

「違います。最初からあったんです」

「ここに住んでて森で自殺した高校生が死ぬ前に書いたって言われてるよな」

「そうそう。見ればわかると思うけど大分前に書かれたものですよ」

生徒が口々に言うので近付いて見てみると、たしかにインクは霞んだような個所もあり今書いたようには見えない。

しかし、これが人が死ぬ前に書いた文字と考えるとぞっとしない。

「そうね。これはあなた達が書いたものじゃないみたいね」

私が言うと生徒は「でしょう?」「俺らじゃないって」と、我が意を得たりという感じで言ってきた。

「さあ!わかったから。あなた達がなんにもしてないなら早く帰りなさい」

生徒のペースに巻き込まれないよう手を叩くと強めの口調で言うと「はい……」 と、三人はすごすごと部屋を出て行く。

私たちも偉そうに言った手前、心霊スポット探検なんてできるわけがない。一階に降りたときだった。

「ねえ。あなたたちの他に誰かまだいる?」生徒に尋ねると首をふる。

「どうしたの瀬奈」友里が首をかしげる。

「誰か話してる声が聞こえた気がしたの」とても小さくぼそぼそと囁くような声が聞こえた。

「他に誰かいないか見てくるね。懐中電灯貸して」

「いや。俺が見てくるよ」雅人さんが廊下の奥に進んでいく。

私たちも後に続いた。

トイレ、風呂、和室と私は一々声をかけて扉を開けたが誰もいなかった。

最後に一番奥のリビングに入る。

「いる?誰か」ドアを開ける。

「声かけてるの誰にさ?」女子生徒が後ろでクスクス笑った。

「巴だって玄関入るとき声かけてたじゃん」

「うるさいな」男子生徒が女子生徒を茶化した。

私はどうして声をかけたか?誰かいるような気がしたとは口にしなかった。こういうの生徒はよけいに喜んで広めるから。

「貸して」雅人さんから懐中電灯を受け取った。

耳に入った声からして一番奥、この部屋だと思う。

「いないな……」がらんとした部屋、大きな窓の雨戸も閉まっている。ここがさっき庭から見たところなのか……家具もなにもないし隠れるような場所はない。誰もいないのは一目瞭然だった。空耳だったのかな?

「さあ。行こう」綾香に促されて私たちは家を出た。


建前上、生徒たちには注意をして二度とこうした空き家に入らないようにくぎを刺した。

生徒が自転車に乗って帰るのを見届けてから友里がぼやいた。

「あーあ。せっかくの心霊スポット巡りがしらけちゃったな」

「でもなんにもなかったじゃない。こんなもんだって」

綾香が友里をなぐさめるように言う。

「せっかくだしカラオケでも行くか?」

「賛成!みんな行こう!」雅人さんの提案に賛同する。「いいね!暑いし、早く涼しいとこに行こう!ねっ?瀬奈」

「いいよ。今日はとことん付き合うよ!」

せっかく三人集まったんだし、これでお開きは物足りなかった。

ふと見上げてみると、夜の闇に真っ黒なシルエットをくっきり浮かび上がらせている家は、静かに私たちを見下ろしていた。



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