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第4話 女子会

 ここの中学校での勤務初日、祖母の知り合いという校長先生に改めて挨拶に行った。

私が東京に引っ越したあとも祖母は中学で教師を続けていたと聞く。

今の校長先生は祖母の後輩らしく、話している端々に祖母への敬愛を感じた。

同時に教師生活を初っ端から挫折した自分にとって、祖母が目指すべき大きな存在だと改めて思った。

 初日の午前中は簡単に校内を案内された。 案内してくれたのは藤井先生という40代の女性教諭。

「桂木先生はここの卒業生なんですか?」

「いいえ。二年になる前には転校したので」

「ああ、なるほど」 他愛もない質問に答えながら案内してもらう。

廊下を歩いていると旧校舎が見えた。

「どうかされました?」

「いえ、あそこに昔いたもので」 懐かしい。

「あそこ取り壊し予定なんですよね。まだ下の階には生徒がいるので、ほら、あそこにプレハブの校舎があるでしょう?」

「ああ……ありますね」 旧校舎の後ろにシートに囲まれた二階建てくらいの大きさの建物が見える。

「あそこに旧校舎にいる一年生が引っ越すんです。新学期までには完成する予定で、それから旧校舎を取り壊して新しく建てるんですよ」

すぐに東京に引っ越したといえ、思い出してみるといろいろ浮かんでくる。

案内してもらううちに図書室の前まで来た。

「こちらが図書室です」 ガラス張りの観音開き扉。

私がいた頃は木製でガラス窓が着いた引戸タイプの扉だった。

なんだか図書室での思い出が強烈に蘇る。 ここでの思い出で一番鮮烈なものだ。

その後、旧校舎の方にも行って案内は終わった。

「お忙しい中ありがとうございました」

「いいんですよ。なにかわからないことがあったら何でも聞いてください」

穏やかな笑顔にやる気を後押しされたような気がした。

私の受け持つ授業は午後からだった。

最初は久しぶりに教壇に立つので緊張していたが、始まれば緊張する暇もないほどだった。


 そして週末になった。今日は夕方に友里と綾香と飲むことになっている。

何度か授業をすることで昔の感覚がわりと戻ってきた私は授業の時間配分も余裕が出てきた。

 そんなこともあり、週末は授業の最後にこの地方の民間伝承、とりわけ言い伝えられた伝説的なものについて話した。

最初のつかみだから、できるだけ興味を惹けるものが良いと思ったからだ。

話したものは大蛇伝説だった。

「先生、それって都市伝説みたいなものですか?」

生徒からはそんな質問も出た。 私はその度に「怪異な話とかは近いイメージがあるかもしれないけど、民間伝承とは古くから民間に伝わる習俗、諺、伝説、歌謡に舞踊、といった文化遺産の総合的名称なの」 と説明した。

生徒たちも授業より真剣に聞いていたと思う。

各クラスの反応を見ていて余裕があるときは今後これを組み込んでいこうと思った。

ただ、気になる質問があった。

「先生、このへんなら「蛇餓魅」はないんですか?誰か拐われたとか」 という質問だった。

私は笑って、「ごめん。それはないかな~」と、苦笑いして返した。

その件に関する話題を打ち切ると予定していた民間伝承の話に戻した。

 それにしても私は内心驚いていた。 祖母が口にしていたことを、現在の中学生が口にするなんて。

東京にいたときも友達と怖い話をすることはあった。

でも、祖母と同じようなことは誰も口にしなかった。

この地域というか町特有のなにかが絡んだ話なのだろうか? そう考えると背中が薄ら寒い感じがした。


 夕方になり友里と綾香との待ち合わせ場所へ向かった。場所は以前話し込んだファーストフード店の横にあるコンビニの前。そこから裏手にある居酒屋に入ることにした。

パチンコ屋とボウリング場の奥にひっそりと佇んでいるようなこじんまりとしたお店だが赤い看板が目立っている。

「暑かったね―!」

「歩いてくるだけで汗かいたよ」

「やっぱ生き返るね。涼しいところに来ると」

三人で席に着くと暑さに文句を言いながら飲み物を注文した。

「では再会と瀬奈の新しい出版に乾杯!」

友里の音頭で乾杯する。

「どうだった?非常勤講師の感想は?」

「正直、まだ少し不安はあるけど、思ってたよりはあっさりできてるかな」 レモンサワーを一口飲んで友里に答えた。

「最近の中学生ってどうなの?私らの頃とはやっぱ違うでしょ?」 枝豆をいじりながら綾香が聞いてきた。

「そうだね……たしかに何考えてるのかわからないところはあるけど……」

きっと私達を教えていた先生達も同じように思ったのかもしれない。

「でも、そのうちわかるんじゃないかな」

「頑張りなよ瀬奈!」

「ありがとう」 アルコールのせいか、この前話し込んだときよりも会話は弾んだ。


三人とも無防備に自分のことを話す。 私もつい、先日に伊佐山君に会ったことを話した。

「あっ!やっぱ会いに行ったんだ~」

「違うの。調べものがあったから図書館を利用したんだって」

「はいはい。で?どうだった?伊佐山君」

「どうって……まあ、大人になったなあって」

「それだけ?」

「うん」

「彼、落ち着いててカッコイイ感じだけどタイプじゃない?」

「タイプって、まだ会ったばかりじゃない」 私は笑いながら手を振った。

伊佐山君に送ってもらったことは言わなかった。 言ったら酒の肴にさんざん弄られそうだし。

話題を変えないとな…… 「ねえ、あそこの神社公園だけどなくなったんだね」

「ああ~、あそこね」

「よく遊んだよね~。たまに夜はたまったり」 友里と綾香は懐かしむように目を細めた。

「他にも取り壊し予定の家があるし、あの辺は新しい住宅街になるのかな?」

「ああ。蛇餓魅の家ね」

「えっ?なにそれ?」 友里の口から出てきた言葉に驚いた。 友里と綾香は意外そうな顔をする。

「学校の生徒も口にしてたけどなんなの?」

「瀬奈、知らなかったっけ?蛇餓魅のこと」綾香が聞く。

「昔、おばあちゃんが口にしてたのは聞いたことあるけど…… この地域にある大蛇伝説でしょう?でもこの町のは違うとかなんとか」

「そっか……流行りだしたの瀬奈が転校してからだよ!」 「そうだった!」

二人は私も同じように知っていると思っていたようだ。

「ここらではさ……人さらいのことを言うんだって」

「人さらい……」 友里の口から出た言葉を反芻した。だから祖母は昔「連れて行かれる」と言ったのか。

「ようするに戸締りしてないと変な奴が入って来るよって話だと思うんだよね」「隣町の子が当時いなくなったんだっけ?」

「確かそんな噂で一気に広まったよね。先輩の友達から聞いた話とか、いまいち信憑性ないけどさ。当時はみんなけっこう信じてたんじゃない?」

笑ながら話す友里と綾香を見て、私がいなくなってからそんなことがあったのかと思った。

「瀬奈のお祖母さんなんて学校の先生じゃん。そんな嘘を信じてはダメって全校集会でも言ってたよね」

あの祖母が……やはり教師のときと私の祖母というときでは違うんだなと思った。

「蛇餓魅の家っていうのは?」新しい疑問を二人に聞く。

「蛇餓魅が来た家。正確には、蛇餓魅に連れて行かれた子の家ってことね」 私の脳裏に行方不明者のチラシが浮かんだ。 黒く汚れたチラシ。

「それって行方不明になった高校生の子がいた家?」

「そうそう!そこそこ!警察も探したけど、結局は家出じゃないかってことになったのよ……でもね」

「蛇餓魅の森で自殺してるのが見つかったの。一度は探したはずなのに、そのときは見つからなかったって聞いたな」

「その子の学校の生徒も殺されたとか。でも犯人は未だに不明。残された家族も行方不明や自殺とかで大変だったんだって。だから貼り紙もそのまんまなのよ」

「誰か外せば良いのにね」

友里と絢香の話を聞いていて絶句した。そんな事件が起きていたとは。

「あれはびっくりしたよね。一年前だもんね」

「その頃がちょうど神社公園を更地にした頃だったから、私らみたいに「蛇餓魅」を知ってる間では祟りだって噂になったんだよね」

「それが中学校やらにも広まったわけよ」

「前からあの家っていろいろあったみたいだしね」

二人の話を聞いていると、私たちが遊んだ神社公園が関係あるようだ。

そんな事件が起きたところなら、話題に出したときの伊佐山君の表情もうなずける。ここらであそこは「よくない土地」なのだろう。

ではどう関係あるのか?私たちの思い出の場所が。

「ねえ。よくわからないんだけど、あの神社公園がなんか関係あるの?」

「あそこに昔、人さらいの家があったのよ」

「そうなの?全然知らなかった……」

「私らも町内会でお爺さんやお婆さんから聞くまでは、あの公園に曰くがあるなんて知らなかったし」二人は互いに相槌をうちながら続ける。

「すごい昔だけど、この辺は人さらい多かったんだって……子供が一人で留守番してるときに庭の窓とかちゃんと閉めてないと、そこから入ってくるのよ」

祖母の言ったことはまさにこれだと思った。

「詳しいことはみんな話したがらないっていうかね…… 昔は口にするのもダメだったみたい」

「そうなんだ……」 町の歴史には書かれていなかった事件だな…… でも大雑把でも背景がわかったことで自分の中ではスッキリした。

要するに、よくないことを大蛇伝説に絡めたということか。

「でねえ……その行方不明になった子がときどき帰ってきてるみたいよ」 綾香がわざとらしく声を潜めて言った。

「それはないでしょう」 私は笑って返した。 本当ならとっくに警察が保護してる。

「閉まってるはずの窓や戸が開いてるときとからしいね」 友里の言葉にドキッとした。 私がこの前見たときは二階の窓と玄関の扉がわずかに開いていた。

「やめてよ……管理会社や大家さんが閉め忘れたりしたんじゃないの?」

「まあね。真相はそんなもんだろうね。友里」 綾香が友里にふる。

「行ってみない?」 ふいに友里が目を輝かせながら口にした。

「ちょ、ちょっと何言ってんのよ?」

「だって面白そうじゃん!夏だし!」

「でも変な人とかいたら怖いよ」

「大丈夫だって!なんなら用心棒呼ぶから」

「用心棒?だれ?」

「雅人。私の彼氏」

「いや、そういう問題じゃないし」

「行こうよ!瀬奈、綾香」 「やめようよ」

「行こう!」

「行ってみようか!」

「ええ……」

「行こう!」

「決まり!」

「……わかった」なし崩しというか押し切られる形で急遽心霊スポット巡りが決まった。

 それにしても大の大人が空き家に面白半分で入り込むとは……このことは生徒には言えないなと思った。

でも私の中で少し安心したことがあった。

二人の話しだと、あの家はここらで有名な心霊スポットなのだ。

ということは私たちの他にも侵入している人がいるのだろう。その人たちが窓を開けて閉め忘れたりしたのだろうと思った。

幽霊なんていうものがいるわけはない。



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