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50 今度は

 卒業式当日。僕と大城さん、澄さんは、ボックスで式が終わるのを待っていた。三人でタバコをぷかぷか。いつも通りの光景だが、渚さんが在校生としていられるのは今日が最後だから、なんとなく緊張感があった。


「お待たせぇ! 卒業してきたでぇ!」


 髪をきっちりとまとめ、スーツに身を包んだ渚さんはとても晴れ晴れとした表情をしていた。


「渚さん、おめでとうございます。まあ一服しましょうよ」

「せやな!」


 さらに煙たくなったボックス内。大城さんがぽつりと言った。


「櫻井さん……寂しいです……」

「へっ?」


 見ると、大城さんの瞳は潤んでいた。


「嫌やぁ……もう一年留年して下さいよぉ……」

「大城ちゃん。ほんまに泣き虫やなぁ」


 僕もつられて目頭が熱くなったが、澄さんの方が先だった。


「櫻井さん……一万円の件は根に持ってますけど……本当にいい先輩だと思ってますから……」

「わー、澄ちゃんまで!」


 渚さんはあわあわしてしまったが、僕も涙が止まらなくて、なかなか収拾がつかなくて。大城さんが渚さんに飛びついたのを皮切りに、僕たち四人はぎゅっと抱きしめ合った。


「もう……これからもたまーにボックス来るから。なっ? ほんまに可愛い子たちやねんから……」


 第一印象は悪かった。出会ったその日に童貞を売ってくれと言われて。連絡先もブロックしようと考えていたっけ。けれど、大城さんにここに連れてこられて。やっぱりあれは運命だったのか。

 渚さんが言った。


「最後にスタジオ入ろか! あの五曲やろう!」


 僕たちはようやく、泣き止んだ。

 スタジオは空いていた。一番いいAスタジオが取れた。渚さんはスーツのまま。それでギターを構えているのだからカッコいい。

 大城さんが叫んだ。


「ほな、五曲ぶっ続けでいきましょう! これが最後! 全力やぁ!」


 まだ僕は、渚さんの歌詞を完全に理解できているわけではない。僕に打ち明けてくれていないことは沢山あるだろうから。おこがましいけど、いつか知りたい。本当の意味で櫻井渚という人を僕のものにしたい。

 それが叶う日まで。僕はゆっくりと歩んでいこう。渚さんの手を取って。

 僕はメンバー全員の顔を見回しながら歌った。大城さんは完全に笑顔に戻り、無邪気にリズムを刻んでいた。澄さんもどことなく浮かれていた。そして、渚さんは色っぽく僕を流し目で見てきた。


 ――スプートニクが回る


 渚さんから僕への歌だったけれど。今では、この四人のことかもしれない。そう考えながら歌った。


「ああ、終わってもたなぁ」


 ギターをおろし、渚さんは顔を覆った。大城さんが近寄った。


「櫻井さん、大好き!」


 澄さんも。


「櫻井さん、好きですよ」


 僕はそっと櫻井さんの頭を撫でた。


「渚さん。ずっとずっと、好きですからね」


 こうして、四人だけのステージは幕を下ろした。





 渚さんの部屋に着いてすぐ、僕は寝室に渚さんを連れ込み、ベッドに押し倒した。


「ちょっ……瑠偉っ……」

「スーツ脱がすの……そそりますね……」


 しゅるり、とネクタイをほどき。丁寧にボタンを外して。胸をさらさせて、僕はしゃぶりついた。


「んっ……」

「渚さん、鳴いて下さいよ」


 ちょっと乱暴にしてしまったかもしれない。噛むのはやりすぎた。


「もう! こんなところにつけられたら隠せへんやんけ!」

「ははっ、すんません。おっきいカットバン貼ります?」

「……何それ?」

「あっ、また方言出てました? 絆創膏です」

「俺はバンドエイドやなぁ……って何でもええねん。明日会社に挨拶行かなあかんのにどうしてくれるんや」


 薬局に買いに行かされた。二枚使えば何とかなりそうだった。


「ええじゃないですか。倉石さんは僕の先輩にもなるんでしょ。紹介しといて下さいよ」

「まあ、せやねんけど」


 僕たちはベランダに出てタバコを吸った。


「渚さん。もしできたら、なんですけど」

「ん、どしたん」

「僕が卒業したら、一緒に住みませんか。結婚はできないですけど……せめて同居したいです」

「ほな、神戸で就職するんか?」

「そのつもりです」

「そぅかぁ……うん、そうしよかぁ……」


 タバコを缶の中に入れ、きゅっと抱きしめ合った。


「瑠偉。ずっと俺の側におってな」

「はい。僕はどこにも行きません」


 夜は明ける。雨も止む。変わらないものなんてない。僕たちの在り方もきっと変わっていく。でも、どんなことが起きたとしても。僕はしっかり掴んでいるだろう。小さなこの手を。




 そして、入学式の日になった。僕が渚さんと出会ってから一年が経ったのだ。ボックスでは、新しくサークル長となった澄さんがビラを渡してきた。


「ぼくは体育館前行くんで……大城さんは図書館前。瑠偉くんは、芝生広場前ね」

「了解っ!」

「わかりました!」


 式が終わり、スーツ姿の新入生たちが続々と歩いてきた。僕は大きく息を吸い込み、腹から声を出した。


「軽音サークル、ユービックです! よろしくお願いします!」


 今度は、僕が渦に引き込む側だ。





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