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49 城崎

 卒業旅行の日がやってきた。心配していた天気も何とかなり、青空が広がっていた。バスに乗って出発だ。


「あー! またやってもたー!」


 後ろの席から大城さんの叫び声が聞こえた。澄さんのうんざりしたような声も。


「もう……ぼくが拾いますからね……」


 どうやらまたお菓子をこぼしたらしい。僕は隣の渚さんと顔を合わせて吹き出した。

 城崎温泉には七つの外湯があるらしい。大城さんは制覇するのだと息巻いていた。一旦旅館に荷物を預け、大城さんとは別行動だ。


「渚さん、澄さん、どこ行きます?」


 澄さんが旅館から取ってきた紙の地図を見ながら言った。


「ここからだと……御所の湯が近い……」

「ほなそこ行こかぁ!」


 髪の長い二人は結んでおり、渚さんはさらにヘアクリップで留めているという格好だった。湯につかりながら、僕は渚さんに尋ねた。


「なんでそんなに髪伸ばしてるんですか?」

「ロバート・プラントが好きでなぁ……さすがにパーマあてるんはやりすぎやからやめたけど」

「誰ですかそれ」


 澄さんが補足してくれた。


「レッド・ツェッペリンのボーカル……」

「あっ……すんません、わかりません」

「瑠偉は洋楽聴かんもんなぁ。まあちと古いし」


 僕は二人に言った。


「もっと音楽知りたいです。教えて下さいよ」


 澄さんがちゃぷり、と湯を弄びながら言った。


「次の年度からは……洋楽やるのもアリかもね……色々教えてあげる……」


 それから、一の湯、柳湯を巡り、もう満足してしまった。旅館に戻ってきたが、大城さんはまだだった。


「大城さん、夕飯間に合いますかね?」

「まあ、大城ちゃん食い意地も張っとうから大丈夫やろ」 


 今回、部屋は僕と渚さん、大城さんと澄さんで分かれていた。気を遣ってくれたのだろうか。時間ギリギリに大城さんがきて、食事処へ向かった。


「おおー!」


 並んでいたのはカニのコース。こちらではズワイガニのことを松葉ガニというらしい。三月はカニが食べられる最後の季節だった。

 それを堪能した後は、大城さんと澄さんが僕たちの部屋に来て酒盛り。僕はサイダーを飲んだ。

 僕たちは今までのことを振り返った。初めて四人でスタジオで合わせた日。中ステ。オリフェス。そして何より、僕と渚さんが付き合ったこと。

 もっと喋りたい、という時に、大城さんがお開きにしようと言ったので、思いの外、早く終わった。渚さんが言った。


「内風呂入ろか。狭いらしいけど」

「そうですね」


 誰もいなかったので、浴槽で僕は渚さんにぴったりとくっついた。


「この甘えん坊」

「えへへ……」


 この旅行が終われば、渚さんは卒業してしまう。けれど、僕との関係は続く。続けてくれる。


「渚さん……たっぷり、しましょう?」

「あんまり大きい声出しなや?」


 浴衣を完全に脱がずにはだけた状態で楽しんだ。髪を振り乱して動く渚さんはとても艶っぽくて。くっきりと頭の中にその姿を焼き付けた。

 二日目は城崎マリンワールドだ。水族館なんてほとんど行ったことがなかったので、僕は興奮してしまった。


「ショーは行きましょう! 絶対!」


 時間をしっかりチェックしておいて、展示を回った。タイミングよくペンギンの散歩を見ることができた。大城さんはしゃがんで写真を撮りまくっていた。


「やーん、めっちゃ可愛い! ぺちぺちしとう!」


 僕もじっとペンギンを見た。目が……合ったような気がした。僕は渚さんの腕を掴んだ。


「なんか、目はこわいっすね」

「そうかぁ? つぶらで可愛いけどなぁ」


 ショーは最前列で見た。まず出てきたのはアシカだった。それからイルカ。呼吸を合わせて華麗なジャンプを決める様子は、音楽のライブにも似ていると思った。


「瑠偉、子供みたいやったなぁ。ずっと前のめりやったで」


 渚さんが言うので照れてしまった。


「だって……迫力あったんですもん」

「今度は須磨の水族館も行くかぁ?」

「ぜひ!」


 その後、アジの釣り堀に行った。釣ったアジは揚げてもらって食べられるらしい。


「あかん、全然釣れん……」


 空っぽのバケツ。この様子じゃ一匹も無理かな、と思っていたら、澄さんが次々と釣り上げていた。


「澄さん、夏合宿の時といい……釣りの才能あるんじゃないですか」

「そうなのかな……釣りなんてほとんどやったことなかったけどね……」


 揚げたてのアジを食べ、残りの展示を見て終わりだ。帰りのバスの中で、僕は渚さんにもたれかかった。


「瑠偉、重いー」

「疲れてしもうたんですぅ」


 後ろから、大城さんと澄さんのヒソヒソ声が聞こえてきた。


「見事にバカップルになりましたね……」

「両方とも初彼氏やもんなぁ。しゃあないんちゃう?」


 それからも、何やら二人は話していたようなのだが、僕はそのまま眠ってしまった。


「瑠偉、着いたで。起きやぁ」


 旅は無事に帰るまでがセットだ。バスを降り、電車に乗って自分の部屋まで無事にたどり着いた。洗濯機に服を放り込んで、僕はベッドの上で渚さんに電話をかけた。


「渚さん……」

「なんや瑠偉、どうしたんや」

「声聞きたくて」

「さっきまで会っとったやろ!」

「だって、だって」

「もう、この寂しがり。今晩うち来てええで」

「洗濯物干したら行きます!」


 足りない。全然足りない。渚さんとは一秒でも長く一緒に過ごしていたい。もう僕は、渚さんにどっぷりつかっているのだ。


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