渚さんの誕生日前日。ボックスで、大城さんが紙袋を渚さんに渡した。
「はいこれ! あたしと澄ちゃんからです。明日は瑠偉くんと過ごすんですよね? よかったらこれ使って下さい」
「えっ、何? 開けていい?」
「はい!」
それは、ペアのタンブラーだった。シルバーでスタイリッシュだ。
「おおっ! これにビール入れるわ!」
「僕はコーラで……」
当日の昼過ぎに、ケーキを受け取って渚さんの部屋に行った。
「渚さん。誕生日おめでとうございます」
「ありがとうなぁ。俺も二十四かぁ! ヤバっ、もうすぐアラサーやん」
まずはケーキから。一番小さなホールケーキにしてもらったのだが、それでも二人だけだとずいぶんな量だった。
「あかん。満腹や。夜はあっさりしたもんにしよう」
「お寿司でも取ります?」
「ええなぁ」
それから、僕は悩みに悩んだプレゼントを差し出した。
「これ……使わへんかもしれんのですけど……」
「おっ、何やろ」
僕が渡したのは、黒革の名刺入れだった。
「めっちゃええやん! 名刺、使う使う。百均ので適当に済ます気でおってん」
「ほな、よかったです」
「さすが瑠偉やなぁ。俺のこと考えて選んでくれたんやろ。嬉しい……」
ソファに横並びに座って、肩をくっつけ合って。渚さんが僕の手を取り、指を舐めてきた。
「渚さんっ……」
「もう瑠偉のこと食べたくなってきた……」
二人とも夜まで我慢できないのであった。シャワーを浴びて、ベッドに移動して、たっぷりと想いをぶつけた。
終わってから、揃いのネコミミのルームウェアを着て、ベッドに寝転んだ。渚さんはスマホを取り出した。
「そろそろ注文しよかぁ……」
「渚さん、お寿司は何が一番好きですか?」
「断然トロ」
「僕もです」
注文してから、渚さんが僕のフードをかぶせてきた。
「瑠偉、にゃーって言って」
「ええ……」
「ほらほら」
「にゃー……」
「可愛っ!」
すりすりとアゴをさすられ、頬をぷにぷにされ。僕もやり返すことにした。
「ほら、渚さんもにゃーって」
「にゃー、にゃー」
「よしよし」
「にゃー!」
そんなアホなことをしていたらインターホンが鳴った。僕が取りに行ったのだが、うっかりフードをかぶったままだった。まあ……いい。
大城さんと澄さんに貰ったタンブラーで乾杯だ。
「あー! 彼氏と飲むビール、うまっ!」
「僕もお酒いけたらよかったんですけどねぇ」
高いネタを遠慮なくつまんだ。話は渚さんの仕事のことになった。
「早速プロジェクト入ってくれって言われとうねん。四月から忙しなるわ」
「じゃあ……あまり会えなくなりますかね」
「まだわからへん。ただ、これまでみたいにとはいかんなぁ……」
もう、ボックスに行っても渚さんが待っていてくれることはないのだ。あっという間の日々だった。もっと大切にすればよかった、と思うけれど、過ぎた時間は戻らない。
「時々は、泊まりに来ていいですか……」
「うん。俺も瑠偉とおりたいし。もう、そんな泣きそうな顔しなや」
「えっ……そんな顔してます?」
「しとう。瑠偉はすぐ顔に出る。そこが可愛いんやけどな」
片付けをした後、渚さんがノートパソコンを取り出した。
「まださせたことなかったなぁ。同人時代のゲーム」
「あっ、やりたいです!」
どんなものだろうとわくわくしながら起動すると……ガッツリとしたホラーゲームだった。怪現象が起こるビジネスホテルからの脱出を目指すものだ。
「ひっ……!」
「あはっ、ええ悲鳴」
何度も殺されてしまい、とうとう僕はクリアを諦めた。
「これ、難しいっすよ……」
「せやねん。初見殺しが多いやろ」
「四月から作るんもホラーですか?」
「まあそうかな。それにミステリ要素足した感じ」
それからまた、ベッドに行ってもつれ合って。僕は渚さんのお願いを全て叶えた。何度かこうしているうちに気付いたのだが……渚さんは、けっこう虐められるのも好きみたいだ。
そのまま寝てしまおうとする渚さんの身を起こしてルームウェアを着せて。トン、トン、と背中を叩いて眠らせた。僕はまだ起きていたくて、そっとベッドを抜け出した。
ベランダに出ると、強い風が吹きつけてきた。春にはあともう少しだけかかる。でも、着実にその気配は近付いてきている。こんな季節に僕の愛する人は生まれたのだ。
ライターを手で覆い、苦労して火をつけた。吸った側から灰が風で飛んでいった。先ほどの余韻を味わいながらぼおっと突っ立っていると、バタバタという足音がした。
「瑠偉!」
渚さんがベランダに飛び込んできた。
「わっ、起きたんですか、渚さん」
「瑠偉……瑠偉……」
渚さんは僕の胸にすがりついた。
「瑠偉に捨てられる夢見た」
「えっ……」
誕生日だというのに、不吉な夢だ。
「起きたらほんまにおらんかったから……びっくりした……」
「すんません。僕は渚さんを捨てたりなんて絶対しませんよ。一生大事にしますから」
「うん……うん……」
渚さんは、僕にとって最初で最後の恋人だ。渚さん以外考えられない。
「好きですよ、渚さん」
「俺も好き。瑠偉……」
夜風に渚さんの髪が舞った。僕はそれごと強く抱き締めた。