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48 一生

 渚さんの誕生日前日。ボックスで、大城さんが紙袋を渚さんに渡した。


「はいこれ! あたしと澄ちゃんからです。明日は瑠偉くんと過ごすんですよね? よかったらこれ使って下さい」

「えっ、何? 開けていい?」

「はい!」


 それは、ペアのタンブラーだった。シルバーでスタイリッシュだ。


「おおっ! これにビール入れるわ!」

「僕はコーラで……」


 当日の昼過ぎに、ケーキを受け取って渚さんの部屋に行った。


「渚さん。誕生日おめでとうございます」

「ありがとうなぁ。俺も二十四かぁ! ヤバっ、もうすぐアラサーやん」


 まずはケーキから。一番小さなホールケーキにしてもらったのだが、それでも二人だけだとずいぶんな量だった。


「あかん。満腹や。夜はあっさりしたもんにしよう」

「お寿司でも取ります?」

「ええなぁ」


 それから、僕は悩みに悩んだプレゼントを差し出した。


「これ……使わへんかもしれんのですけど……」

「おっ、何やろ」


 僕が渡したのは、黒革の名刺入れだった。


「めっちゃええやん! 名刺、使う使う。百均ので適当に済ます気でおってん」

「ほな、よかったです」

「さすが瑠偉やなぁ。俺のこと考えて選んでくれたんやろ。嬉しい……」


 ソファに横並びに座って、肩をくっつけ合って。渚さんが僕の手を取り、指を舐めてきた。


「渚さんっ……」

「もう瑠偉のこと食べたくなってきた……」


 二人とも夜まで我慢できないのであった。シャワーを浴びて、ベッドに移動して、たっぷりと想いをぶつけた。

 終わってから、揃いのネコミミのルームウェアを着て、ベッドに寝転んだ。渚さんはスマホを取り出した。


「そろそろ注文しよかぁ……」

「渚さん、お寿司は何が一番好きですか?」

「断然トロ」

「僕もです」


 注文してから、渚さんが僕のフードをかぶせてきた。


「瑠偉、にゃーって言って」

「ええ……」

「ほらほら」

「にゃー……」

「可愛っ!」


 すりすりとアゴをさすられ、頬をぷにぷにされ。僕もやり返すことにした。


「ほら、渚さんもにゃーって」

「にゃー、にゃー」

「よしよし」

「にゃー!」


 そんなアホなことをしていたらインターホンが鳴った。僕が取りに行ったのだが、うっかりフードをかぶったままだった。まあ……いい。

 大城さんと澄さんに貰ったタンブラーで乾杯だ。


「あー! 彼氏と飲むビール、うまっ!」

「僕もお酒いけたらよかったんですけどねぇ」


 高いネタを遠慮なくつまんだ。話は渚さんの仕事のことになった。


「早速プロジェクト入ってくれって言われとうねん。四月から忙しなるわ」

「じゃあ……あまり会えなくなりますかね」

「まだわからへん。ただ、これまでみたいにとはいかんなぁ……」


 もう、ボックスに行っても渚さんが待っていてくれることはないのだ。あっという間の日々だった。もっと大切にすればよかった、と思うけれど、過ぎた時間は戻らない。


「時々は、泊まりに来ていいですか……」

「うん。俺も瑠偉とおりたいし。もう、そんな泣きそうな顔しなや」

「えっ……そんな顔してます?」

「しとう。瑠偉はすぐ顔に出る。そこが可愛いんやけどな」


 片付けをした後、渚さんがノートパソコンを取り出した。


「まださせたことなかったなぁ。同人時代のゲーム」

「あっ、やりたいです!」


 どんなものだろうとわくわくしながら起動すると……ガッツリとしたホラーゲームだった。怪現象が起こるビジネスホテルからの脱出を目指すものだ。


「ひっ……!」

「あはっ、ええ悲鳴」


 何度も殺されてしまい、とうとう僕はクリアを諦めた。


「これ、難しいっすよ……」

「せやねん。初見殺しが多いやろ」

「四月から作るんもホラーですか?」

「まあそうかな。それにミステリ要素足した感じ」


 それからまた、ベッドに行ってもつれ合って。僕は渚さんのお願いを全て叶えた。何度かこうしているうちに気付いたのだが……渚さんは、けっこう虐められるのも好きみたいだ。

 そのまま寝てしまおうとする渚さんの身を起こしてルームウェアを着せて。トン、トン、と背中を叩いて眠らせた。僕はまだ起きていたくて、そっとベッドを抜け出した。

 ベランダに出ると、強い風が吹きつけてきた。春にはあともう少しだけかかる。でも、着実にその気配は近付いてきている。こんな季節に僕の愛する人は生まれたのだ。

 ライターを手で覆い、苦労して火をつけた。吸った側から灰が風で飛んでいった。先ほどの余韻を味わいながらぼおっと突っ立っていると、バタバタという足音がした。


「瑠偉!」


 渚さんがベランダに飛び込んできた。


「わっ、起きたんですか、渚さん」

「瑠偉……瑠偉……」


 渚さんは僕の胸にすがりついた。


「瑠偉に捨てられる夢見た」

「えっ……」


 誕生日だというのに、不吉な夢だ。


「起きたらほんまにおらんかったから……びっくりした……」

「すんません。僕は渚さんを捨てたりなんて絶対しませんよ。一生大事にしますから」

「うん……うん……」


 渚さんは、僕にとって最初で最後の恋人だ。渚さん以外考えられない。


「好きですよ、渚さん」

「俺も好き。瑠偉……」


 夜風に渚さんの髪が舞った。僕はそれごと強く抱き締めた。


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