テスト期間は何とか終わった。成績はともかく単位は取れただろう。僕は同級生に彼氏ができたことを打ち明けた。反応は……様々だった。あからさまではなくても、引かれたな、ということもあった。気にせず付き合いを続けてくれようとする人もいてくれたから、それが励みになった。
念願の恋人もできたことだし、もっと遊びたい。誕生日にはプレゼントもしたい。だから、バイトのシフトを増やしたのだが、ある夜退勤すると、喉に違和感があった。
翌日、酷い頭痛で目が覚めた。母に持たされた体温計で熱をはかると、バッチリ三十八度。
「渚さん……」
僕は迷わず電話した。
「おはよう、瑠偉」
「渚さん……風邪ひきました」
「えっ、ほんまか」
「頭痛くて……」
「すぐ行く」
渚さんは本当に急いで来てくれたのだろう。髪がボサボサだった。
「瑠偉、大丈夫かぁ?」
「熱、三十八度ありました」
「インフルエンザ流行っとうしなぁ……内科行っといた方がええわ」
「僕、内科の場所わかんなくて」
「俺が通っとうとこ行こ。立てるか?」
ジャージのまま上にダウンジャケットを羽織り、渚さんに手を引かれて内科まで行った。座っているだけでクラクラしてきて、問診票は渚さんに書いてもらった。
「インフルエンザではないですね。解熱剤と抗生物質出しておきます」
ただの風邪だったようでホッとした。薬局で薬を受け取り、僕の部屋に戻った。
「冷蔵庫の中……何にもないやん……」
「近くにコンビニあるんで……買い置きしてないんですよ」
渚さんは流し台の下もあさりだした。
「鍋も包丁もまな板もないやんけ」
「どうせ自炊しないんで買ってなかったです」
「何か作ったろうと思ってたんやけどなぁ……とりあえずレンチンできるおかゆと、飲みもんとか買ってくるわ」
渚さんは一旦出て行った。僕は天井を見つめた。今夜もバイトなのだが、無理そうだ。連絡をしておいた。
「とりあえず片っ端から要りそうなもん買ってきた! ちょっと待っててやぁ」
渚さんはおかゆを出してくれた。口につけようとしたが、熱くて無理だった。
「うう……」
「ちょっと冷ましてから食べ。あとは水分な。スポドリ買ってきたからそれ飲みや」
時間をかけておかゆを食べきり、薬を飲んでベッドに寝転がった。渚さんがそっと額を撫でてくれた。
「渚さんがおってくれてよかったです……」
「一人暮らしは心細いもんなぁ。俺も一回生の時に風邪ひいて地獄やったわ」
「誰かに頼らんかったんですか……?」
「杉本とかおったけど……気が引けてな。自力で何とかした。瑠偉は素直な子やなぁ。こうやって呼んでくれるんは嬉しいんやで」
撫でられているうちに、まぶたが重くなってきた。気が付くと、西日がさしていた。
「おう、よう寝とったなぁ。気分どうや」
渚さんはソファでスマホをいじっていたようだった。
「頭痛はないです……熱も下がったかも……」
「どれどれ?」
渚さんが自分の額を僕の額にあててきた。
「んっ。大丈夫そうやな。腹減っとう?」
「はい……」
「うどんも買っといてん。俺も一緒に食うわ」
うどんを食べ終えて、僕は言った。
「タバコ吸いたいです……」
「風邪の時はあかん。まあ、普段もあかんけどさ。我慢しぃ」
「はい……」
それから、渚さんが窓を開けた。
「換気しとかなあかんな。それと水分。多めに飲んどき」
「わかりました」
僕はベッドに横たわった。しばらくして、渚さんが窓を閉めてベッドのふちに座った。
「渚さん……三月七日、どう過ごしたいですか?」
身体が弱っているからこそ、楽しいことを考えたくなったのだ。
「せやなぁ……瑠偉とゆっくり過ごしたいな。俺の部屋来てや。二人っきりがええな」
「ふふっ。そうしましょか」
本当は、風邪がうつるといけないし、一緒の部屋にいるのはまずいと思うのだが。僕は渚さんにどうしても帰ってほしくなかった。
「今晩、側におって下さい……」
「えっちなことは無しやで?」
「もう、わかってますよぉ……」
渚さんはごろりとソファに寝そべった。
「渚さん……会社ってスーツですか?」
「いや、私服やで。髪もピアスもこのままでええって」
「そうですかぁ」
もしスーツを着るのなら、プレゼントはネクタイでもいいかと思っていたのだが。もう少し、考える必要がありそうだ。
「誕生日、楽しみにしとって下さいね。ケーキ買ってくるんで」
「うん。彼氏に祝ってもらう誕生日かぁ……あかん、にやけてまうわ」
日中、たっぷり寝ていたので、目が冴えてしまっていた。渚さんがイビキをかきだしたので、僕はこっそりスマホで検索した。もうすぐ社会人になる彼氏にふさわしいプレゼント。いくつか候補を決めたので、風邪が治ったら買いに行くことにした。
幸い、体調はすぐに戻った。まずはケーキの予約。それから、プレゼント。メッセージカードもつけた。当日喜んでくれるといいのだが。