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47 風邪

 テスト期間は何とか終わった。成績はともかく単位は取れただろう。僕は同級生に彼氏ができたことを打ち明けた。反応は……様々だった。あからさまではなくても、引かれたな、ということもあった。気にせず付き合いを続けてくれようとする人もいてくれたから、それが励みになった。

 念願の恋人もできたことだし、もっと遊びたい。誕生日にはプレゼントもしたい。だから、バイトのシフトを増やしたのだが、ある夜退勤すると、喉に違和感があった。

 翌日、酷い頭痛で目が覚めた。母に持たされた体温計で熱をはかると、バッチリ三十八度。


「渚さん……」


 僕は迷わず電話した。


「おはよう、瑠偉」

「渚さん……風邪ひきました」

「えっ、ほんまか」

「頭痛くて……」

「すぐ行く」


 渚さんは本当に急いで来てくれたのだろう。髪がボサボサだった。


「瑠偉、大丈夫かぁ?」

「熱、三十八度ありました」

「インフルエンザ流行っとうしなぁ……内科行っといた方がええわ」

「僕、内科の場所わかんなくて」

「俺が通っとうとこ行こ。立てるか?」


 ジャージのまま上にダウンジャケットを羽織り、渚さんに手を引かれて内科まで行った。座っているだけでクラクラしてきて、問診票は渚さんに書いてもらった。


「インフルエンザではないですね。解熱剤と抗生物質出しておきます」


 ただの風邪だったようでホッとした。薬局で薬を受け取り、僕の部屋に戻った。


「冷蔵庫の中……何にもないやん……」

「近くにコンビニあるんで……買い置きしてないんですよ」


 渚さんは流し台の下もあさりだした。


「鍋も包丁もまな板もないやんけ」

「どうせ自炊しないんで買ってなかったです」

「何か作ったろうと思ってたんやけどなぁ……とりあえずレンチンできるおかゆと、飲みもんとか買ってくるわ」


 渚さんは一旦出て行った。僕は天井を見つめた。今夜もバイトなのだが、無理そうだ。連絡をしておいた。


「とりあえず片っ端から要りそうなもん買ってきた! ちょっと待っててやぁ」


 渚さんはおかゆを出してくれた。口につけようとしたが、熱くて無理だった。


「うう……」

「ちょっと冷ましてから食べ。あとは水分な。スポドリ買ってきたからそれ飲みや」


 時間をかけておかゆを食べきり、薬を飲んでベッドに寝転がった。渚さんがそっと額を撫でてくれた。


「渚さんがおってくれてよかったです……」

「一人暮らしは心細いもんなぁ。俺も一回生の時に風邪ひいて地獄やったわ」

「誰かに頼らんかったんですか……?」

「杉本とかおったけど……気が引けてな。自力で何とかした。瑠偉は素直な子やなぁ。こうやって呼んでくれるんは嬉しいんやで」


 撫でられているうちに、まぶたが重くなってきた。気が付くと、西日がさしていた。


「おう、よう寝とったなぁ。気分どうや」


 渚さんはソファでスマホをいじっていたようだった。


「頭痛はないです……熱も下がったかも……」

「どれどれ?」


 渚さんが自分の額を僕の額にあててきた。


「んっ。大丈夫そうやな。腹減っとう?」

「はい……」

「うどんも買っといてん。俺も一緒に食うわ」


 うどんを食べ終えて、僕は言った。


「タバコ吸いたいです……」

「風邪の時はあかん。まあ、普段もあかんけどさ。我慢しぃ」

「はい……」


 それから、渚さんが窓を開けた。


「換気しとかなあかんな。それと水分。多めに飲んどき」

「わかりました」


 僕はベッドに横たわった。しばらくして、渚さんが窓を閉めてベッドのふちに座った。


「渚さん……三月七日、どう過ごしたいですか?」


 身体が弱っているからこそ、楽しいことを考えたくなったのだ。


「せやなぁ……瑠偉とゆっくり過ごしたいな。俺の部屋来てや。二人っきりがええな」

「ふふっ。そうしましょか」


 本当は、風邪がうつるといけないし、一緒の部屋にいるのはまずいと思うのだが。僕は渚さんにどうしても帰ってほしくなかった。


「今晩、側におって下さい……」

「えっちなことは無しやで?」

「もう、わかってますよぉ……」


 渚さんはごろりとソファに寝そべった。


「渚さん……会社ってスーツですか?」

「いや、私服やで。髪もピアスもこのままでええって」

「そうですかぁ」


 もしスーツを着るのなら、プレゼントはネクタイでもいいかと思っていたのだが。もう少し、考える必要がありそうだ。


「誕生日、楽しみにしとって下さいね。ケーキ買ってくるんで」

「うん。彼氏に祝ってもらう誕生日かぁ……あかん、にやけてまうわ」


 日中、たっぷり寝ていたので、目が冴えてしまっていた。渚さんがイビキをかきだしたので、僕はこっそりスマホで検索した。もうすぐ社会人になる彼氏にふさわしいプレゼント。いくつか候補を決めたので、風邪が治ったら買いに行くことにした。

 幸い、体調はすぐに戻った。まずはケーキの予約。それから、プレゼント。メッセージカードもつけた。当日喜んでくれるといいのだが。


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