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45 初詣

 一月二日。僕は渚さんを迎えに行った。


「渚さん、瑠偉です」

「ああ……ちょっとだけ部屋あがらへん?」

「はい。行きますね」


 玄関で僕は、靴も脱いでいないのに抱きつかれた。


「もう……渚さんったら」

「寂しかってんもん」


 今年初めのキス。それはねっとりと長く続いた。


「んっ……ん」

「瑠偉、可愛い」


 このままだと押し倒してしまいそうだ。僕は渚さんをぐいっと引き剥がして見つめた。


「初詣、行きましょう?」

「はぁい」


 僕たちが向かったのは湊川神社というところだった。JR神戸駅から北側にある。渚さん曰く、ここで七五三などをしたので思い入れがあるらしい。


「楠木正成ってわかるかなぁ。その武将祀ってんねん。楠公さんとも呼ばれとう」

「へぇ……」


 賑やかな出店からは食欲をそそる香りがしており、それが気になるのだが、まずはお参りだ。人が多く、ゆっくりと進んだ。今年の干支が描かれた大きな絵馬が見えてきた。賽銭箱にお金を放り込み、僕は手を合わせた。


 ――渚さんが今年一年健康に過ごせますように。


 あまりホイホイと色んなことをお願いしても叶いそうにないだろうから、それにした。健康だけは自分だけの力ではどうにもならないもの。

 そして、おみくじをひいてみた。


「瑠偉! 俺大吉やぁ!」

「僕は……末吉かぁ」


 失せ物のところは「出ない」と書いてあった。去年落としてから、面倒だが財布はリュックサックに入れるようになっていた。今度こそ何も落とさないようにしないと。

 そして、屋台めぐりだ。僕は真っ先にベビーカステラを選んだ。一番大きなものを渚さんに買ってもらった、


「瑠偉、次何にする?」

「あれ! リンゴ飴!」

「甘いもん好きやなぁ。俺は肉食いたい。串焼きにしよ」

「あっ、僕も食べます」


 特に座って食べられるところはなかったので、人気のない隅の方へ行って買ったものを食べた。


「渚さん、タバコ吸えるとこないですかね」

「この辺やったら……駅戻ってドトールいこか」


 先ほどの屋台だけでは物足りなかったので、ミラノサンドを頼んで食べた。


「瑠偉は単位大丈夫そうか?」

「はい。出席もしてますし」

「俺は一回生の時に語学落としてなぁ。瑠偉はちゃんと四年で卒業しぃや」

「はぁい」


 一月末には期末試験がある。講義が始まれば真剣に受ける必要があった。もうライブもないし、学業に専念する時だ。

 でも……今はまだ、冬休みだから。


「渚さん。今日泊まってええっすか」

「ええよ。夜、何食べたい?」

「鍋しましょう。鍋」


 スーパーに寄り、具材を買って帰った。今夜は豚しゃぶだ。


「あっ、瑠偉肉取りすぎ! 野菜も食べぇ!」

「すんません」


 実家では僕が自由に食べるのを両親が黙認しているから、その悪い癖が出たのだろう。我ながら一人っ子らしいと思う。


「渚さんはお兄さんいてるんですよね。ええなぁ、きょうだいおるって羨ましいです」

「……別に、ええことないで」

「あっ……」


 仲がそんなによくないのだろう。今までの話を聞いていれば想像がつくはずだったのに。僕は慌てて話題を変えた。


「大城さんと澄さんは何してるんでしょうね?」

「大城ちゃんは初売り行っとうんちゃうかな。毎年そうや。澄ちゃんは東京ちゃう?」

「あの二人に早く会いたいです」


 タバコを吸って、シャワーを浴びてから、ベッドの上で僕は甘えた。


「渚さん。渚さん。渚さん」

「なんや」

「呼んだだけ」

「もう。こっちおいで」


 渚さんの優しい手つきは、童貞を売ったあの日と変わらないはずなのに、僕の身体は敏感に反応するようになっていた。卑猥な言葉を囁かれ、僕はぴくりと震えた。


「会えへん間、どうしてた……?」

「聞かんといて下さい……」

「ほら、ちゃんと教えて?」


 白状させられ、煽られて。渚さんの濡れた瞳にぞくりとして。僕はこの人の前では全てをさらけ出すしかないのだと思い知らされた。

 服を着て、ベランダでタバコを吸っている時に、僕は打ち明けた。


「うちの親に、渚さんのことバレまして。電話聞かれてました。ただ……渚さんのこと、女の子やと勘違いさせてもて」

「ああ……まあ、しゃあないなぁ」

「いつ本当のこと言えばええんかなぁって思うと……」

「急がんでええよ。まあ、俺は親にカミングアウトする気はないけどな。就職したらバッサリ縁切るし」


 渚さんの家庭事情について、どこまで踏み込んでいいものやら、迷う。明らかに話したくないという空気をかもしだしているから。今はまだ早いだろう、という結論に達した。


「僕は渚さんと、これからもずっと一緒におりたいんです。何があっても」

「まあ……幻滅するようなことがあったら、俺のことなんていつでも捨てたらええんやで。瑠偉は他の人とでも幸せになれる」


 僕は渚さんの手首を掴んだ。


「嫌です。僕は渚さんと幸せになりたいんです」

「……ふふっ。若いなぁ」


 いくら若くても青くてもいい。僕はこの人との未来しか考えていないのだから。


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